鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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鮫嶋くんが選ぶ、ベル

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「野獣役はどうせ鮫嶋くんに決まりだよなぁ」
「これ、実際鮫嶋くんがどっちを劇のパートナーにしたいか聞いてるのと一緒だよね」

 クラス中が息を呑んで鮫嶋くんがどちらに投票するかを見届けようとする。

 ――鮫嶋くんは黒板の前に立ち止まり、少し考えたあと……。


 桃ちゃんの名前の下に線を引いた。


 まるで積み木がガラガラと崩れていくような感覚が、頭のてっぺんからつま先まで落ちてくる。

「なん……で……」

 鮫嶋くんを一方的に好きでいたことを思い知らされる。
 告白をする前から、フラれたようなものだった。

 桃ちゃんは高い声を上げながら、鮫嶋くんのもとへ走っていった。

 頭がクラクラしてくる。きっと鮫嶋くんも、桃ちゃんのことが気になってるんだ。

「愛奈、大丈夫?」

 飛鳥ちゃんが心配してくれて、私の席まできてくれた。
 その声を聞いた瞬間、涙がぼろぼろと溢れ始めた。

「あっ……ごめん。こんなタイミングで泣いたら、私……ごめんなさい!!」

 静まり返る教室。いたたまれなくなった私は、教室から飛び出した。


 他のクラスは授業中。廊下では誰ともすれ違わない。
 学校の廊下、校庭が見える窓、玄関と下駄箱。全部が涙で滲んでいく。いくら拭っても拭っても涙が溢れる。
 ……これが失恋ってことなのかな。こんなに辛いなら、苦しいなら、やっぱり恋なんてしなきゃよかった。
 身体中がバラバラに引き裂かれるみたい。苦しいよ。

 目が熱い。何度も涙を拭ったからか、目尻のあたりがヒリヒリとしてきた。
 いっそこのまま帰りたいけど鞄も教室に置いてきちゃってる。
 家の鍵も鮫嶋家の鍵もない。
 どこまで私はバカなんだろう――。

 いきもの係でお世話をしている生きもの達の姿が浮かぶ。
 ウサギ小屋やニワトリ小屋は校舎から見えるし、ちょっと行きにくい。
 私は、校舎から離れた場所にある池……クサガメの場所に行くことにした。

 ふらつく足取りで池の前に屈む。クサガメは池の中心にある大きな岩で日向ぼっこをしていた。
 
「クサガメさん……私、フラれちゃったみたい」

 そうポツリと呟いてみるけど、クサガメは空に向かってぐぐっと首を伸ばしただけだった。

 クサガメは空を見つめている。私もこうやって、上を向くように気持ちを切り替えないといけないのかもしれない。だけど、また前のときみたいに辛い場所から逃げ出して、逃げ出して……。こんなことばかり繰り返している私。あのときは鮫嶋くんが私を見つけてくれた。だけど、もうそれは叶わない。

 恋をすると、人間ってこんなに弱くなるものなんだ。

「――愛奈ちゃん?」

 私に声をかけてきたのは、玲央先輩だった。

「先輩、なんでここに……」

「教室から、愛奈ちゃんがこっちに来たの見えたんや。えらいふらついてるから、心配になって……泣いてたんか?」

「いや、これは、その……」

「悲しいことあったら、言うてみ。ぼくがなんぼでも聞いたるから」

 おばあちゃんを思い出させるそのやさしい喋り方。堰を切ったかのように、私の涙がまた溢れ出す。

「なんや、辛いことあったんやな。おいで」

 玲央先輩は私の肩を抱く。そのまま先輩の肩に甘えて、しばらく泣いてしまった。

 

「……落ち着いたか?」

「はい、すみません……」

 ひとしきり泣いてすっきりしたら、途端に恥ずかしくなって私は先輩から体を離した。

「そのままでもよかったのに」

 先輩は悪戯をしている子どものように笑った。
 その奥に玲央先輩の優しさが見える。強引だけど、悪い人ではないのだと思う。

 私はつい……鮫嶋くんのことを話してしまった。

「――それで、鮫嶋くんが桃ちゃんを選んだことがショックで教室を飛び出してしまって。いや、鮫嶋くんも桃ちゃんも悪くないんですけど、その場にもう、いられなくて……」
 
「……そうか。愛奈ちゃんほんまに、アイツのことが好きやったんやな。それはそれでショックやけど。ぼくならそんな思いさせへんで」

 玲央先輩が真剣な瞳で見つめてくる。

 その熱ささえ感じる瞳は、まっすぐに私を捉えていた。

 玲央先輩なら……私だけを見てくれるかもしれない。
 そんな考えがふと頭をよぎる。

 先輩の細くて長い指が、私の頬に触れた。

 これ、もしかして……。


 先輩の形のいい唇が、私に近づく。

 やっぱりこれってそういうこと⁉ 玲央先輩はかっこいいし、私に好意を向けてくれる。きっと他の女の子からしたら、羨ましいことだろう。先輩と恋ができたら、苦しい思いもしなくて済むのかもしれない。

 でも――

「ごめんなさいっ!」

 私は先輩の体を押し退け、背を向けた。

「ぼくじゃあかんの?」

 玲央先輩がどんな表情をしているのかはわからない。だけど、今ここで……苦しいから、不安だからって先輩とキスするのは違う気がする。私が好きなのは……鮫嶋くんだから。

 そのとき、校舎の方から鮫嶋くんが走ってくる姿が見えた。私、鮫嶋くんのことを考えすぎてとうとう幻でも見てるのかな? 今頃、クラスで劇について話し合っているはずなのに。

「愛奈!!」

 幻じゃなくて、本当の鮫嶋くんなの?
 鮫嶋くんは息を切らせながら、私の前に立った。

「なんや、お前来たんか。自分で愛奈ちゃん泣かせたくせに、どんな面下げてきてんねん?」

 玲央先輩は私の肩を抱こうとする。さっきのことを思い出し、ビクっとしてしまう。

 玲央先輩の手が肩に触れる前に、私は体ごと引き寄せられる。
 気づいたら、私は鮫嶋くんの体にぴったり寄り添うような形になっていた。

「……さ、鮫嶋くん?」
 
 耳元から、どくんどくんって心臓の音が聴こえる。鮫嶋くんの音なのか、私の音なのかはわからない。体がどんどん熱くなってくる。


「愛奈、ごめん。俺、やっぱり……」

 私は息を呑んで、言葉の続きを待つ。
 

「愛奈を、先輩に渡したくない!」
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