鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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朝ごはん、作ります!

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 スズメの鳴き声が聞こえはじめて、私は布団から飛び起きた。
 まだ朝の6時前。おばあちゃんのお見舞いで移動が多かったから疲れてないと言ったら嘘になる。
 だけど、今日はどうしても挑戦したいことがあった。
 まだ薄暗い廊下を歩き、顔を洗う。ちょうど朋子さんも洗面台に来たところだった。

「おはようございますっ」

「愛奈ちゃん? 今日はいつもよりだいぶ早くない?」

「実はその、お願いがあって……」

 朋子さんは不思議そうな顔で私を見つめている。私は一呼吸置いて、頭を下げた。

「今日の朝ごはん、私に作らせてもらえませんか!?」

 ――昨日、おばあちゃんが言っていた言葉を思い出す。

「愛奈ちゃん、男は胃袋を掴むんが大事や。愛奈ちゃんが心を込めて作った料理は、きっと相手の心にも届く。今一緒に住んでるんなら、やってみて損はないんちゃう?」

 正直、料理の腕に自信があるわけじゃない。だけど、鮫嶋家に来てから朋子さんの料理の手伝いをして、だいぶ慣れてきたとは思う。だいたいの作り方も頭に入ってる。ただ、朝食はみんなにとって大切なもの。そして、鮫嶋家では朋子さんが担っている重大な仕事だ。そんな大役を、私に任せてもらえるかどうか……。

 ぎゅっと目を閉じて、朋子さんの返事を待つ。

「いいわよー」

 あまりにも軽い返事に、思わず転んでしまいそうになる。

「い、いいんですか!?」

「むしろ助かるわよ。愛奈ちゃんが不安かもしれないから一応台所にはいとくけどね。冷蔵庫のものなんでも使っていいから。モーニングコーヒー飲みながらゆったりさせてもらうわね」

 朋子さんはどこか嬉しそうにして洗面所に入って行く。

 ……良かった。おいしい朝ごはん作って、喜んでもらわなくちゃ!


 朋子さんが見守る中、私は朝ごはんの準備を始める。鮫嶋家の朝ごはんは和食がほとんどだ。まずはいつものメニューを用意する。ご飯は炊いてあるから、鮭を焼きながらお味噌汁とサラダを作る。鮫嶋くんのお父さんは納豆も食べるから、事前に納豆を混ぜて器に入れる。薬味は多めだ。そして今日はもう一品、おばあちゃんから教えてもらったレシピ「秘伝の卵焼き」を作る!

 普段の鮫嶋くんのおうちの卵焼きは甘い。もちろんそれもおいしいんだけど、実は私の家の卵焼きはしょっぱめのだし巻き卵なのだ。おばあちゃんからお母さんへ受け継がれたその味。今日はその味を作りたい。

 おばあちゃんからもらったメモを見ながらだし巻き卵を作る。アクセントにネギも入れた。形は少しだけ崩れちゃったけど、焦がさずに作ることができた。失敗しなくて良かった……。

 少しだけ味見をしてみる。

 ――うん、バッチシ! この味付けを気に入ってくれるといいんだけど……。

 バタバタとしていたら鮫嶋くんが起きてきた。

「お、おはよう!」

「おはよ。愛奈、朝から目ぱっちしだな」

 細い目をしてこちらを見る鮫嶋くん。今さら、朝ごはんを作ったことが恥ずかしいことのように思えてきた。朋子さんが作った料理の方がおいしいに決まってるのに。

「恭介、今日の朝ごはんは愛奈ちゃんがひとりで作ったのよ!」

「……マジで? 急いで顔洗ってくる」

 鮫嶋くんは早歩きで洗面台に向かっていった。

 私は高鳴る胸を落ち着かせるように、何度も深呼吸を繰り返した。
 鮫嶋くんが食卓に座ると同時に、修一さんも起きてきた。

「おはよう。ん、今日の朝ごはん、いつもと感じが違うような……」

 修一さんは食卓と私を何度も見比べ、ニヤリとする。

「もしかして、愛奈ちゃんが作ったのか? そうかそうか! いや~それは楽しみだなぁ」

「ごめんなさい、でしゃばったことを……。お口に合えばいいんですけど」
 

 しばらくして、全員が食卓に座り「いだだきます」と手を合わせた。
 白い湯気がどの料理からも出ている。大丈夫、冷めていない。
 私はドキドキしながら、鮫嶋くんを見つめる。
 最初に手をつけたのは、だし巻き卵だった。

 鮫嶋くんより先に食べた修一さんが声を上げる。

「お、このだし巻き卵うま――」

「まだ修一君は黙ってて!」

 感想を言おうとしてくれたのに、朋子さんがそれを止めた。正直に言うとありがたい。最初の感想はできるなら……鮫嶋くんに言ってもらいたい。

 鮫嶋くんはお箸使いがきれいだ。その所作をじっと見つめる。鮫嶋くんの薄い唇が開いて、私が作っただし巻卵が入っていく。

「……どう、かな?」

 気が早ってしまう私は、つい感想を求めてしまった。
 鮫嶋くんはごくんと喉を鳴らすと、微笑んだ。

「すっげー、うまい。めちゃくちゃご飯に合いそう。毎日でも食べたいくらいだ」

 鮫嶋くんのその言葉、その表情に嬉しい気持ちが胸から込み上げてくる。

「良かったー! これ、おばあちゃんから教えてもらったレシピなの」

 見守っていた朋子さんと修一さんもにっこりしていた。

「愛奈ちゃん、これほんとおいしいわよ。この出汁がいいわねぇ」

「ほんとほんと、もしかしたら朋子のよりうまいかも――」

「ちょっと修一君!?」

 朝から元気いっぱいの夫婦漫才を見ているようで、心がぽかぽかしてくる。

「……また、作ってくれよな」

 小声でそう言った鮫嶋くんに、私は小さく頷いた。
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