鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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恋って、どんなもの?

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「……それってさ、やっぱり鮫嶋くんのことが好きなんじゃないの?」

「は!? なんでそういうことになるの!?」

「必死に否定するから、逆に信憑性高まる」

 昼休み、最近胸がざわざわすることを思い切って飛鳥ちゃんに話したら、こうなった。
 周りを見渡して、飛鳥ちゃんの声が誰にも届いていないかを確認する。

「大丈夫だって。こんな校庭のすみっこ誰もこないよ」

 ふう、と息を漏らす。飛鳥ちゃんってときどきデリカシーないんだから。

「でも、みんなが鮫嶋くんと仲良くなってくれたらいいなって思ってたのに、なんでこう……変な気持ちになるんだろう」

「だから好きなんだって。友達としてじゃなく、恋愛的に!」

 飛鳥ちゃんはずいずいと顔を近づける。

「ていうか愛奈、もしかして初恋って……」

「そういうの、経験したことない」

 正直に話すと、飛鳥ちゃんは固まっていた。

「今どき中学校2年で恋したことない子、珍しいかも……」

「だから恋愛的に好きとかどうとか、わからないんだよ。好きだからなにかしろってもんじゃないでしょ……?」

「そりゃそうだけどさー……好きならアピールしないと。とられちゃうよ?」

「とられるってものじゃないんだから!」

 私は笑ったけど、飛鳥ちゃんは真顔のままだった。

「とられるよ。恋愛ってそういうものなの」

 飛鳥ちゃんは淡々と話す。もしかしたらそういう経験があるのかもしれない。

 恋ってなんだろう。マンガや映画でありふれたものなのに。それがなにか……あやふやで、はっきりしない。よくわからない不安になることが『恋』なの?


 答えなんて見つかるはずもなくて。
 そのとき、聞こえてきたのはまるで鈴を転がしたような声だった。

「いたいた! 白魚さーん、探しちゃったよぉ」

「兎沢……さん」

 小走りでこちらに近づいてる兎沢桃さん。栗色の毛先がそのたびに揺れて、太陽の陽射しを浴びてきらめいている。その可愛らしい仕草は、女の子でもドキッとしてしまう。

「ちょっと聞きたいことがあってぇ」

 乱れた髪を耳に掛けて、上目遣いでこちらを見る。私が男子ならイチコロで、きっとどんな質問にも答えてしまうだろう。

「なんかあった?」

「んーとねぇ、白魚さんと鮫嶋くんって今一緒に住んでるんだよね?」

「……? うん。ちょっとおばあちゃんが入院してるから、その都合で」

「そうなんだぁ、大変だね。白魚さんと鮫嶋くんは、付き合ってるの?」

「ま、まさか! ただの友達だよ」

「……そっかぁ~。それなら、なにも問題ないね」

 風が吹いて、グラウンドの砂が舞う。兎沢さんは、前髪を流すように整えた。
 なんだか、また胸にざわりとした感覚が襲ってくる。

「な、なにが問題ないの?」

「……あたしが鮫嶋くんにアプローチしてもってことっ。そうだよね?」

 返事ができない。でも、頭ではわかる。私にそれを止める権利なんてないことも。
 
「――兎沢さん、鮫嶋くんのことが好きなの?」

 兎沢さんはくすっと笑う。大きな目が2回瞬きすると、その瞳のなかには星が光っているようにも見えた。

「気になってるの。それより、兎沢さんて呼ばなくていいよ! みんなみたいに『桃ちゃん』でいいから。あたしも愛奈ちゃんって呼ばせて。ね? いいでしょ?」

「う、うん……じゃあそうするね」

 ぐいぐいと来る兎沢さん……桃ちゃんの圧に押されてしまっている。

「良かった~! 草間さんも気軽に『桃ちゃん』って呼んでいいからね。それじゃ、またねぇ!」

 くるっと回って校舎に戻っていく桃ちゃん。
 その後ろ姿を見ると、スカートの位置でスタイルの良さがわかる。学校指定の制服でも、その腰の細さまで想像できてしまう。

「愛奈、兎沢さんあんなこと言ってるけどいいの!?」

「いいもなにも、私がなにか言う権利もないし……」
 
「……好きなら、ちゃんと後悔しないように行動しなきゃダメだよ」

 飛鳥ちゃんに返事はできなかった。どうしたらいいのかわからない。
 この胸のなかのざわめきの、消し方も私は知らない。
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