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やっぱり届かない?

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 二順目の攻撃。
 打席が廻ってきたが、相変わらず打てる気がしない。
 尻上がりに調子をあげてきたのか、みどりんのボールは勢いが増していた。
 あっという間に三振。
 
 タイミングもコースも、スイングはついていかなかった。

「もっとよくボール見て! 腰を落としてしっかり構えて!」

 各バッターにアドバイスしているが、本当に全打席アドバイスしている。
 盛り上げるために、みんなのためにと思ってやっているのだろうが、聞いてない連中も多いが、それでも止めない彼女の行為が健気過ぎる。ずっと見ていているとなんだか泣けてくる。

 ――次の回は絶対に塁に出るぞ。

 彼女のアドバイスを無駄にしたくない。活かしたい、その気持ちは冗談じゃない。
 が、大島がこのタイミングで二塁打を打って、またしても二塁を譲ってしまった。
 あいつと並ぶと雪姫は小さく見える。それがなにかイヤだった。

 俺だったら、対等なのか?
 バットを強く握り、ふと疑問に思う。

 最終回、二アウト。
 そして俺の三打席目。ランナーなし。
 ピッチャーは変わらず。
 だが、一球一球の間隔が長くなっている。彼女だって疲れているのだ。
 それはそうだ。
 六回を一人で投げているのだから。男のピッチャーはすでに三人代わっている。なんてヘタレどもだ。

「あと一人だよ、ガ・ン・バ・レ!」

 セカンドの雪姫が声を出してピッチャーの緑を勇気付けている。それに応えるかのように汗をハンカチで拭う緑はうなずく。
 二対一。
 ヘタレピッチャーどものおかげで女子チームがリード。

 この回、俺が出て、二塁まで辿り着ければ、次は調子のいい大島。

 同点の可能性は充分にある。

 試合の展開としてまずはなんとしても、塁に出なければ。
 別に雪姫がいるからって塁に出たいわけじゃないと言い訳する。

 一球目、外れてボール。
 二球目、高め外れてボール。四球狙いいけるか?
 三球目、ワンバウンドのボール球。お、これは待ちだな。
 四球目、ど真ん中、ストライク。絶好球見逃し。
 五球目、低めの球、イケル、空振り。
 フルカウント。

 ごくりとつばをのみこむ。

 手についた汗をジャージにこすりつけながら、拭き取る。
 ボール球を待つか、素直に打ちに行くか。

 ここは、打ちに行くべきだ。四球狙いで待ってストライクがきたらアホすぎだ。

 ――空振りだったら、ゴメンナサーイ!

 大きな空振り。
 だが、ボールはキャッチャーのミットに納まらなかった。

「走れ!」

 雪姫の声が響いた!
 それが合図。

 キャッチャー後逸。
 キャッチャーの坂上がキャッチできなかった
 ボールがホームベース裏にて転々としている。
 ようするに振り逃げだった。細かいルールを決めてなかった手前、まあこれもありということで一塁到達。もう、二塁は目の前だ。目の前にあの白雪姫が立っていた。

「さんきゅ」

 と、ちょっと遠いが声をかける。

「やっぱ足速いね」

 なんて言っていた。頭を掻きながら適当に受け応えする。

「さて、面白くなってきたね。逆転のチャンスだよ」

 なぜならバッターは今日二打数二安打の大島。長打が出れば勝敗はわからない。
 そして、俺が二塁に進めばその可能性も大きく傾く。
 ちらりと二塁に目を向ける。雪姫がこっちを見ていた。慌てて反らす。
 だめだ、どうしても目がいってしまう。
 そこじゃないんだ、ベースを見たいんだ。

 俺の今日のゴール板、それはあのセカンドベース。
 あいつのいるセカンドベース。

 今、第四コーナーを抜けて、直線を走っている気分だ。最後の打席でようやく廻ってきたチャンス。追い込み馬のごとく、最後の最後で見せ場を作るのだ。

 心に鞭を入れる。行くぞ! と。

 ピッチャー初芝緑の投球モーションが始まった、その瞬間、スタートを切る。

「みどりんっ!」

 雪姫の慌てたような声が響いた。

「俺は二塁に行くんだっ!」

 俺もそう、叫んだ。まったく意味がわからないが。
 そういえば、キャッチャーは野球部の人間だったってことをすっかり忘れていた。

 結果は、タッチアウト。

 頭からとびこんだ結果、顔は砂まみれ。
「心意気はよしっ! でも、宮坂君が向かうのは二塁じゃないよ、ホームだよ。それを忘れないでね。それに、普通、二塁は頭から突っ込んでいくもんじゃないよ? それとも、ムリしてでもあたしに会いに来たかったのかなあ?」

 そう言って、細い指先で俺の顔の砂を払ってくれた。
 冗談に聞こえない。

「ソフト部のホープである白井雪姫を……その、攻略したいと思ってね」

 へえ、と彼女は目を丸くする。どういう意味で受け取ったのか、わからないが。

「なおさら、二塁で満足してたらダメだよっ! ランナーはチームの期待と希望を背負ってるんだよ。無謀な走塁がどれだけのリスクかわかってる? ランナーはホームに辿り着くのがまずなによりの目標! 攻略対象が違う!」

 びしっと指差して持論並べる。

 確かに俺の走塁が勝敗を決した。俺がアウトになったことで負けたのだ。

「そこまで勝敗にこだわるような試合じゃないだろ? 俺にもこういったことが出来るってことをアピールしただけだ。そういうことを見る今日の試合だろ?」
「アウトになればゲームセットっていう場面でアピールするべきじゃないよ、今の走塁は」

 そうとう気にいらないらしい。

「じゃあ、不適合者ってことは俺は選抜落ちかな」
「!? なんでそう極論になるの?」

 少し、残念そうな顔で。それがちょっとわからない。

「状況判断に劣ってソロプレーにハマるやつは邪魔だろ?」

「そうじゃない。ダイビングキャッチはよかったよ、あの思い切りのよさはとてもいいと思う。ああいうプレーはまた見たいと思う、けど、その反対に思い切りのよさが災いして失敗することがあるの、今みたいな走塁で」

 その思い切りのよさの原動力がなんだかわかっているのだろうか。

「そこの二人、いつまでもしゃべってないで、こっちこい、ゲームセットの挨拶だ」

 大島の声が響いて、我に返る。二塁ベース上で二人で何を討論していたんだろう。

「いこ、みんな待ってる」

 雪姫は俺をうながす。

「正直、あのダイビングキャッチみたいなプレーはまた見たいと思う。実はあたし、ああいうプレーできないんだよね、失敗怖くて、けっこうこうみえても堅実な性格なんだよ」

 小声でそんなことをつぶやいた。

「俺の場合、失敗して責められることの方が多いけどな」

 そうだね、と雪姫は笑っていた。

「でも、個人的にはトライ&エラーを何度も繰り返し出来る人って、正直、憧れるな」

 その言葉に俺はおもしろいことを思いついた。
 別に野球に限ったことじゃないんだよな、それは。



 その後、俺は選抜メンバーに選ばれなかった。
 なんでも雪姫は俺を押したらしい、やっぱり最後の暴走が響いたらしい。あれがなければ次の打者は当たっている大島だったし、まだ試合はわからなかった。
 他の男子たちから悔しさの八つ当たりとして俺は最適だったわけだ。学校代表で望む一戦、目立ちたいとか思う奴は他にもいるのだ。
 だから、一人でも消す理由があれば使わない手はない。

 もっとも、俺はやりたいことはすでに決まっていた。

 必勝ハチマキを巻いて、他校から借りてきた学ランを着こみ、白手袋。

「次、白井雪姫の応援いきます!」

 と、音頭をとりながら、他クラスの生徒と有志のブラスバンドを率いた俺に、彼女はどんな顔をするだろうか。

 二塁までの塁間距離は27メートル半、その距離は近いか遠いか。

 俺にはまだわからない。



おわり
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