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#5 Save the Princess
ep.41 ドレスアップ
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面会は出来ません。
ホテルの受付で何度も断られた。
フレア=ランスもとい、ファイナリアの王女フィンの指定してきたホテルの受付で待つこと数時間。カートはラウンジのソファであくびをしていた。
ソファに腰を沈めていると、たばこをくわえる高級スーツ姿の中年男性がカートの姿を目に留めて眉をひそめる。
それもそのはず、ホテルは高級ホテル。ソファも一級の革張りで従業員の態度も厳かで、制服に乱れもなく、歩き方や仕草ひとつとっても隙はない。照明なんて時代を先取りした電灯、ガス灯、それにランタンとシャンデリアを場所によってつかいわける贅沢仕様。シャンデリアが吊された三階までの吹き抜けラウンジは喫茶店も併設し、ホテル客はもちろん、実業家たちの商談や打ち合わせにも使われることが多く、ハンチング帽にチェックのシャツにジーンズという出で立ちでくつろいでいる姿は奇異に見えるのだろう。だが、カートは気にせず、両手を広げて、足を組みながら、ラウンジに陣取っていた。
「お客様」
黒のロングスカートでエプロンドレスの女性従業員が声をかけてきた。
鬱陶しそうに顔をあげると、そこには蒼い瞳があった。
青い髪が肩口でカットされ、あたまをカチューシャで止めていたはずが、ヘッドドレスで飾っている。
思わず口をあんぐり開けてしまった。
女性従業員の姿をした女性は、口元を人差し指で押さえ、
「お待ち合わせの方がいらっしゃいました。こちらへよろしいでしょうか」
棒読みの台詞で、フロントへ誘導してくる。
「あんた、なにやってんだ」
小声でたずねた。
「フィンに、させられた。あんまり意味はない」
もう一人の帝国皇女ミストは淡泊に答える。
フロントを経由し、階段を上り、ある一室に案内される。
部屋に入る。ふと違和感。誰もいない。
ミストに訊ねる。
「ここは?」
「待ってて。今呼んでくるから」
そう言って、違う部屋へ走る。まるで本当にメイドさんのつかいぱしりだ。
頭をかかえるが、そうさせたフィンも同罪だ。
カートとしては、言葉には敬称をつけないが、小間使いをさせるには抵抗があった。
悶々と考えていると、扉が開かれ、何人もよくわからない出で立ちの人がやってきた。道具箱や衣装を担いでいる。
最後に入ってきた、真っ赤なイブニングドレス姿のフィンがぱんぱんと手をたたく。
「次はこの子ね、立派な士官に仕立て上げて~」
新しいおもちゃを見つけたように目を輝かせていた。
抵抗など出来なかった。
大型の馬車に揺られ、ファイナリア軍の士官服の若い男はため息をついた。
御者に目を向けると、ごほんと咳払い一つ返ってきた。続いて馬に鞭がうたれる。
席の後ろに目を向けると、赤い髪のフィンは赤いイブニングドレスにケープを羽織っていた。青い髪のミストは、肩を出し、胸元を開けたところまでは変わらないが、細かいフリルスカートが大きく膨らんだ水色のワンピースドレス。フィンとお揃いの柄で色違いのケープを肩から掛けていた。今さら、ミストは白手袋を身につけている。少し不満そうだ。
「手伝おうか?」
「いい」
「ごめんね、遊んでたら、あんまり時間なくなっちゃった」
言葉では謝っている割に、顔は笑っていた。
「あんなカッコさせるから」
やっぱりミストがエプロンドレス姿だったのは、フィンの差し金であり、ただの遊びであった。厳密に言えば、賭けに負けたらしい。
どんな賭けを行ったかは二人の秘密というわけで、教えてくれなかったが、もしも賭けに勝っていたのがミストだったら、迎えにきたのはフィンだったろう。あの格好で。
「私も着たかったな」
化粧ののったばかりのミストの頬を指先でつつく。フィンはおどけた口調で、ミストを冷やかす。
「それじゃあ、罰ゲームの意味ないじゃん」
ぷくっと頬を膨らませて、ミストは反論した。
そんな二人の、どうでもいい会話を聞き流しているうちに、汽笛の音が聞こえてきた。
近づいてきた。
お姫様二人も気づいた様子で、途端に空気が変わった。
「とうとう、きたわね」
おどけた感じの声ではなかった。
「迷ってはダメよ」
カートもミストもうなずいた。
「本人には断られた件についてはいいのか」
留意事項を口にして、すぐにミストに睨まれた。
「あんたが下手うつから、面倒なことになったんでしょ」
虫の居所が悪いミストから辛辣なコメントが飛んでくる。
「でも、土壇場でなんとかする」
それでも、ミストは言い切った。
見込みはあるのか、とあえて問うことはせず、わかったとだけ答えた。
カートは目的地を視認し、ごくりと唾を飲み込んだ。
駅舎を飲み込むほど大きい、豪奢な屋敷、いや宮殿だ。
財団がメンツをかけて建てたと言われる、通称駅上宮殿。駅舎を内蔵し、階上にホールとレストランを用意し、高級ホテルがあり、展望台と屋上庭園を行き来できるという。
使い慣れない装飾付きの高級ハンカチで額の汗を拭いた。
巨大な建物はこちらを見下してくるようだ。
ファイナリア軍士官用の堅い帽子を目深にかぶり、余計なモノを見ないようにした。
ホテルの受付で何度も断られた。
フレア=ランスもとい、ファイナリアの王女フィンの指定してきたホテルの受付で待つこと数時間。カートはラウンジのソファであくびをしていた。
ソファに腰を沈めていると、たばこをくわえる高級スーツ姿の中年男性がカートの姿を目に留めて眉をひそめる。
それもそのはず、ホテルは高級ホテル。ソファも一級の革張りで従業員の態度も厳かで、制服に乱れもなく、歩き方や仕草ひとつとっても隙はない。照明なんて時代を先取りした電灯、ガス灯、それにランタンとシャンデリアを場所によってつかいわける贅沢仕様。シャンデリアが吊された三階までの吹き抜けラウンジは喫茶店も併設し、ホテル客はもちろん、実業家たちの商談や打ち合わせにも使われることが多く、ハンチング帽にチェックのシャツにジーンズという出で立ちでくつろいでいる姿は奇異に見えるのだろう。だが、カートは気にせず、両手を広げて、足を組みながら、ラウンジに陣取っていた。
「お客様」
黒のロングスカートでエプロンドレスの女性従業員が声をかけてきた。
鬱陶しそうに顔をあげると、そこには蒼い瞳があった。
青い髪が肩口でカットされ、あたまをカチューシャで止めていたはずが、ヘッドドレスで飾っている。
思わず口をあんぐり開けてしまった。
女性従業員の姿をした女性は、口元を人差し指で押さえ、
「お待ち合わせの方がいらっしゃいました。こちらへよろしいでしょうか」
棒読みの台詞で、フロントへ誘導してくる。
「あんた、なにやってんだ」
小声でたずねた。
「フィンに、させられた。あんまり意味はない」
もう一人の帝国皇女ミストは淡泊に答える。
フロントを経由し、階段を上り、ある一室に案内される。
部屋に入る。ふと違和感。誰もいない。
ミストに訊ねる。
「ここは?」
「待ってて。今呼んでくるから」
そう言って、違う部屋へ走る。まるで本当にメイドさんのつかいぱしりだ。
頭をかかえるが、そうさせたフィンも同罪だ。
カートとしては、言葉には敬称をつけないが、小間使いをさせるには抵抗があった。
悶々と考えていると、扉が開かれ、何人もよくわからない出で立ちの人がやってきた。道具箱や衣装を担いでいる。
最後に入ってきた、真っ赤なイブニングドレス姿のフィンがぱんぱんと手をたたく。
「次はこの子ね、立派な士官に仕立て上げて~」
新しいおもちゃを見つけたように目を輝かせていた。
抵抗など出来なかった。
大型の馬車に揺られ、ファイナリア軍の士官服の若い男はため息をついた。
御者に目を向けると、ごほんと咳払い一つ返ってきた。続いて馬に鞭がうたれる。
席の後ろに目を向けると、赤い髪のフィンは赤いイブニングドレスにケープを羽織っていた。青い髪のミストは、肩を出し、胸元を開けたところまでは変わらないが、細かいフリルスカートが大きく膨らんだ水色のワンピースドレス。フィンとお揃いの柄で色違いのケープを肩から掛けていた。今さら、ミストは白手袋を身につけている。少し不満そうだ。
「手伝おうか?」
「いい」
「ごめんね、遊んでたら、あんまり時間なくなっちゃった」
言葉では謝っている割に、顔は笑っていた。
「あんなカッコさせるから」
やっぱりミストがエプロンドレス姿だったのは、フィンの差し金であり、ただの遊びであった。厳密に言えば、賭けに負けたらしい。
どんな賭けを行ったかは二人の秘密というわけで、教えてくれなかったが、もしも賭けに勝っていたのがミストだったら、迎えにきたのはフィンだったろう。あの格好で。
「私も着たかったな」
化粧ののったばかりのミストの頬を指先でつつく。フィンはおどけた口調で、ミストを冷やかす。
「それじゃあ、罰ゲームの意味ないじゃん」
ぷくっと頬を膨らませて、ミストは反論した。
そんな二人の、どうでもいい会話を聞き流しているうちに、汽笛の音が聞こえてきた。
近づいてきた。
お姫様二人も気づいた様子で、途端に空気が変わった。
「とうとう、きたわね」
おどけた感じの声ではなかった。
「迷ってはダメよ」
カートもミストもうなずいた。
「本人には断られた件についてはいいのか」
留意事項を口にして、すぐにミストに睨まれた。
「あんたが下手うつから、面倒なことになったんでしょ」
虫の居所が悪いミストから辛辣なコメントが飛んでくる。
「でも、土壇場でなんとかする」
それでも、ミストは言い切った。
見込みはあるのか、とあえて問うことはせず、わかったとだけ答えた。
カートは目的地を視認し、ごくりと唾を飲み込んだ。
駅舎を飲み込むほど大きい、豪奢な屋敷、いや宮殿だ。
財団がメンツをかけて建てたと言われる、通称駅上宮殿。駅舎を内蔵し、階上にホールとレストランを用意し、高級ホテルがあり、展望台と屋上庭園を行き来できるという。
使い慣れない装飾付きの高級ハンカチで額の汗を拭いた。
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