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#5 Save the Princess
ep.37 お迎えに参りました
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澄んだ青空を小振りな雲が泳ぐ午後。
西南の方向の窓から差し込む陽射しが強くなってきた。緩やかな風がそよぎ、レースのカーテンが揺れる。
窓から見渡す景色は、緑豊かで雄大にそびえる山脈と裾野に広がる田園地帯。牛に荷を引かせた農夫を確認できる。
古城の塔からだと、人の影を豆粒程度にしか見えないが、道路沿いに点々と人が歩いているのもわかる。
毎日、変わり映えしない、いたってのどかで平和な光景。
今日も何事もないのだろうと、窓から部屋に視線をうつす。
鏡の中にいる青い髪の少女の表情を窺う。
もっと明るい顔をしないと言い聞かせるため、ぺちぺちと頬をたたく。
質素な生地で編まれたワンピース。指輪にネックレスもなければティアラもない。アクセサリーなんてひとつもなかった。
同じように、鏡の前で向かっている自分の姿を覚えている。
最高級の生地で編まれたドレス。宝石がきらめくアクセサリー。専属の化粧係や仕立屋からこの世の傑作とまで言われた、少女の姿。
産まれたときから、ずっと皇女だった。
でも、もう、皇女ではない。
今、身につけている服と同様に、どこにでもいる年頃の女の子。
いいや、と首を振る。
――私はロイヤルブルーだ。
だからこそ、こんな辺鄙なところに閉じ込められている。
塔の生活には慣れた。運動不足で太るかと思ったが、食事が質素なせいで、体型が変わってしまうことはなかったのは救いだ。
同じような光景、同じような食事、同じような毎日。
この塔の部屋にやってきてから何日が経ったのか、わからなくなった。
同じ景色が続くと、わからなくなってしまう。
少しずつ、四季の移り変わりを感じれるようになってきたのは最近だ。日が昇って、沈むまでの一日を見届ける生活にはとっくに飽きていた。
悔しくて寂しくて悲しくて、ただひたすら泣いたりしても、なにも変わらない。
最近では、泣くのも飽きた。気分を変えて、ペンを持つようになっていた。
思い出す限り、なんでも書くようにした。
昔のことを思い出して、感極まって涙が出てくる時もあったが、一日のノルマを決めてなんでも思い出して書くようにした。楽しかった。
毎日が何も起こらない、のんびりとした生活の中でゆるみがちになる、頭のねじを巻き戻すにはちょうどよかった。
――私が産まれた時、世の中はどうなっていたかしら。
予想は出来るが、資料がない。帝国の歴史の授業は嫌いではなかったが、身を乗り出して講義をうけていたわけではなかったので、記憶の欠片を必死で探しだし、つなぎあわせていく。
産まれたときのことなんて知る由もないが、それは身分柄、すべて記録に残っている。
物心ついたころから、スタイリストをとっかえひっかえしたり、社交場で年下の貴族の男の子を泣かせたなんて記録も残っていて、成長したときに記録を閲覧し、恥ずかしさに真っ赤になってしまったこともある。
焼却処分にしろと記録係にせまったが、今となってはそれこそ革命政府によって、薪の燃料にされている。
懐かしく思いながら、閲覧した記憶をまさぐる。
そもそも、なぜ、産まれたときの記録を閲覧したのか。
メリーは母の顔を知らない。
お母様はどんな方だったのだろう。
当たり前の疑問が彼女を動かした。
お花が好きでどんなものにも笑顔で振る舞う慈愛の女神と称えられたと記録にある。サンフラワープリンセスとあだ名され、その名の通りにひまわりのように明るくとある。が、しかし、皇室伝統のブルーの名が入っていないことに気づいてしまった。
メリーはスカイブループリンセス、姉であるミストでさえもアイスブルーの二つ名を持つ。皇太子殿下はアイアンブルーとその強さを象徴された名前だった。すべてに皇室の伝統であるロイヤルブルーをイメージさせる青が刻まれているが、母だけは花の名前であった。
理由がある。
サンフラワープリンセスと言う名前は素敵な名前だとメリーは今でも思ってる。
でも、その名の由来はもちろん、明るい笑顔だが、そもそも邸宅に引きこもり花畑で土いじりばかりしている様子を皮肉った名前であると噂で聞いた。そして、メリーを産んでからは野に下ってしまったという。政治的な駆け引きがあるにしても、捨てられたんだという印象が幼いメリーに強く残った。
ただ、花好きは遺伝し、メリーが花畑を引き継いだ。いつか帰ってくる母を想い、花畑は残した。メリーや母であるリーナが花を大事にしたことからそのエピソードを火種に、生花ブームをじわりと湧き、街角には花屋が増え、女性も頭飾りに花を差すことが日常になった。しかし母は姿を現さず、母の代わりにやってきたのは、姉のミストであった。
気持ちが乗りすぎたのか、筆圧で指が痛くなり、筆休めとばかりにペンを置く。
母のことを想い、泣くことはなくなった。
それでも、一度母には会いたかった。
書きたい気持ちが強くなって、またペンを握り出す。
姉の口からはすでに母は亡くなっていると話された時、この初めて会う姉が憎らしくなった。
そのときの印象を何ページにもわたって書き出す。あれもひどい、これもひどい。
でも、と最後に付け足す。
――私にとっては優しい人だった。
どんなにつっけんどんな態度をとっても、人前で馬鹿にしても、私のことを心配してくれた。
あなたは私のお母様じゃないと怒鳴ったこともあった。傷ついたことだろう。怒鳴り散らした日を数えることはできないくらいだ。逆に謝った回数は片手で数えるくらいしかない。
私だけじゃない、と付け足す。姉のミストは特殊な能力を持つせいで、余計にはみ出しもの扱いであった。
どれだけ嫌われていても、いつでも味方でいてくれた。
革命が起こった時が典型的だ。
姉に素直に従っていれば、父を失わずにすんだだろう。私がわがままばかりいうから、家族に迷惑がかかる。少なくとも、父は生き残れたはずだ。
――生き残れ。新しい時代を。
父はそう言い残した。
あまり仲がよい家族ではなかった。
でも、と、想い、急に涙が出てきた。
おかしい、泣き尽くしたはずじゃなかったのか。
雫が頬を伝い、顎から膝に落ち、薄手のワンピースに染みる。
ここから書きたいことが山ほどあるのに、と想いながら、うまくペンが進まない。
今日はこれ以上ダメかな、そう考えながら、窓に目をやると西の空に橙色のグラデーションが映える。山脈に沈む夕日はいつ見ても、美しかった。この光景だけはここに来て、はじめて感動した。
その時、階段の方から音がしたように思え、振り返った。
気のせいかも知れない。
まだ夕食の時間には早く、様子見のメイドや執事がやってくる時間でもない。
ああ、気のせいだろうと窓に戻り、夕焼けを楽しもうとした。
コンコンとノックの乾いた音が響く。
どきりとする。
なんだろう、いつもと違う感覚。
妙な不安を覚える。鍵はこちらから掛けることはできない。外から鍵をかけられているため、訪問者が勝手に入る仕組みになっているはずだが、一向に入ってくる気配がない。
「……どうぞ」
許可を待っているのか、と試しに口に出してみると、案の定、その言葉を待って、がちゃがちゃと鍵を回す音がする。
いつもと違う。それだけが不安かきたてる。
分厚い木製の扉がきしみをあげながら、開く。
そこには、羽根付き帽子をかぶった男がいた。丈の長い派手な柄付きコートに銀色のネックレスが光る。
一歩室内に入るなり、帽子をとって、ひざまずく。
無精ひげを生やし、頬がこけているが、メリーをこの塔に追いやった張本人だ。
「……ウィリアム!」
思わず大きな声を出してしまった。
ひざまずくウィリアムの前で腰に手をかけ、仁王立ちする。
よくもこんなところに!
と、罵倒したい気持ちを抑えて、
「……ひさしぶりね」
感情を抑える。声音が自然に低くなった。
「お元気そうで何よりでございます。姫様におかれましてはこのような窮屈なところに押し込まれ、このウィリアム=サドラーへ大変なお怒りかと存じます」
「あなたはずいぶん疲れているようだけど」
「いえ、私のような者の疲れなど、姫様のご苦労に比べれば」
ウィリアムもこの生活は大変だというのは承知の上だという。今までの不満がみるみるうちにあふれていくのを感じていく。爆発するのも時間の問題だった。
「……それで」
精一杯気持ちを抑え、重大事を伝えようとするのを急かす。
「はい、このたび、ここから別の邸宅へ移ることが出来るようになりました。そのために私がお迎えにあがった所存です」
「えっ」
ずいぶんな展開だと呆気にとられる。
「はい、ただし、条件付きです」
「どんな?」
瞬間的に返事をした。
ただ、その答えに運命というものを恨みたくなる。
「財団の一族との縁談です」
今度こそ、メリーは握り拳で机を叩いた。
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