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#4 Tunrning Point
ep.35 待ち合わせに遅れて
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「誰かいるのか」
橙色のぼんやりした明かりが徐々に近づいてくる。窓から光が漏れて、カンテラらしきものを持ちながら歩き回る男の影が窓ガラスに映る。
屈んでやりすごそうとする。
「こっちの方から聞こえてきたんだけどな」
警備の男は独り言を漏らす。
男がうろうろする度に、ゆらりゆらりと橙色が動いていく。逆を向いた瞬間に、カートは胸にしまっていたペンを男とは反対方向に投げた。ペンは板張りの廊下に当たり、軽い音を立てて、ころころ転がっていく。
コツーンと響いた、わずかな音でも男は聞き逃さなかった。
音がしたな、と息巻いて振り返り、暗闇に向けてカンテラを差し向ける。だが、ペンのようなちいさなモノは目に入らなかったようで、首をひねりながら、のっしのっしと歩いていく。
明かりはやがて見えなくなり、また暗闇と静けさが戻ってきた。
遠くからは仕分け所にいる荷役たちのかけ声が聞こえる。
ふう、と安堵のため息をつく。
その後は順調であった、車両区まで簡単にたどり着く。。
軋んでいる扉をゆっくりと半開きにし、カートは隙間を通った。
車両区に出ると、視界が開けて、だいぶ緊張感が抜ける。
一気に車両まで駆け抜ける。
レールにつまずくなよ、と自分自身にアドバイスした。
車両まで再びたどり着くと、連結している車両をわずかな明かりを頼りに探し出す。いくらか物色して、見つけた。十両以上繋がっている。明るくなった時、機関車と繋がるだけの車両とカートは目星をつけた。ただ、その肝心の機関車が現れるのが午後から、夕方から、というのはよくある話で、時間は読めない。
カートは例の鍵開け道具で乗務員用の車両を開けて、個室を確保した。シーツのひいてないベッドがあった。堂々とベッドで寝るには気が引ける。 廊下に足を投げ出して座り込み、壁によりかかる。
結局、雨風がしのげるだけで野宿と対して変わりない。
窓から月が見える。
耳をすませば、どこからか虫の声が聞こえる。穏やかな夜だった。
考え事をしようかとじっと月を眺めていると、すぐにうとうとしてしまった。
鳥のさえずりで目が覚めた。
窓から差し込む朝日が眩しい。
どこからか、男たちの声が聞こえてくる。
危機感を感じ、惚けた頭を無理矢理起こす。
車両の窓際から外の様子を窺うと、物見台から指示を飛ばす男がいた。整備員と乗務員が持ち場につこうと事務所からばらばらと流れてくるのを、あっちへ行け、こっちへ行けと指示している。
交通整理で忙しいようだ。
ただ、一人一人に指示しているわけではないので、整備員の振りをして移動することはできるだろう。木を隠すなら森だ。
あくまで自然の動作で車両から降りて、目的の車両まで移動する。機関士がなにやら緑のツナギと打ち合わせをしている。
――メンバーズか。
輸送管理官の代わりに乗務員として、車両に乗り込む男たち。噂に聞くと、ほとんど仕事がないらしい。車両の連結と切り離しを手伝うだけとも聞いた。単に悪口が広まっているだけかもしれないが、実際のところ、積み荷の細かい調整までは口を出さないようで、車両丸ごと目的の駅まで届ければ任務終了らしい。
立ち話をしているところにわざわざ近寄り、車両の凹凸の影に隠れて内容を聞き取る。
「時間通りに出発する」
「燃料補給は何回だ」
「一回だ。ノースフラートで一度だけな。北側からだから、ファイナリアまで走行距離は短い。十分だろう」
話を聞くに、ファイナリア行きの北周りルートに間違いなさそうだった。
砂利を踏みしめ、音がしないように、忍び足でその場を離れる。
ステップをそっと登り、貨物車両の外廊下にしゃがんでしばらくやりすごす。
出発前チェックもザルだなと仕事内容をチェックする。
そうだろうと思ったが、思った以上だ。
汽笛が響き始めた。蒸気の立ちこめる量も増えてきた。外にいるとやや煙いがそれは我慢する。
車輪がじわりと動き始める。
さて、出発時刻だが――。
ミストは本当に来るだろうか。
あの人のことだから、こういうところにひょっこり姿を現すと勝手に信じ込んでいた。
――そんな簡単なことじゃないか。
どうやら独り旅になりそうだ。それならそれでいい。機動性が求められるからと独りで納得した。
加速が鈍く、まだ人の駆け足で追いつけた。
辺りを見渡しても、それらしき人はいない。
仕方ないかと進行方向から後方まで職業病のように確認していた。もう一度進行方向を向くと、線路と車両の頭上を跨ぐ橋、いわゆる跨線橋があった。そこに人影がある。
まさか、と思った。
すぐに手すりに足をかけ、天井にしがみつき、腕力だけでよじ登る。
貨物車両の天井は見晴らしがよかった。
徐々に跨線橋の人影に近づいていく。
後ろから、怒鳴り声がわずかに聞こえた。
物見台の男がカートの所行に気づいたようだ。だがもう、車両は動いていた。停止の指示は簡単には伝わらない。
物見台の男はいつまでも怒鳴っていたが、いつしか聞こえなくなった。
それよりも――
跨線橋の欄干に腰掛けた、青い髪の女。背中に大きな剣があった。
カートを見つけて、手を振っていた。
のんきなものだ。
跨線橋の下を機関車が通過し、青い髪の女は機関車のまき散らす煤煙にまみれて、姿が消える。カートは眉をひそめた。
次の瞬間、塊になった煙の中心部分に穴があく。円筒状に風が流れ、カートの車両めがけて冷気が伝わる。
青いワンピース姿が空から落ちてきた。
剣をむき出しに、大上段から打ち下ろされる。
カートの後ろを通り過ぎ、一両後ろの車両の屋根に突き刺さる。木製の屋根に剣が深々と突き刺さり、それを支えにしたミストの軽い体はなんとか剣にしがみついていた。
車両を飛び越えて、ミストのそばに寄ると、ススだらけの顔が迎えてくれた。
着地の衝撃で手が痺れたようで、両手をぶらぶらさせている。
あはは、と照れたように笑う。
カートが無言で手をさしのべると、彼女はその手をがっちりとつかんで身を起こしていた。そして、深々と屋根に突き刺さった剣を軽々と引き抜く。
細い腕にそんな力が、と疑問に思ったが、ミストの胸に鎮座する宝玉が淡く光っている。
どうも特殊な事情があるようだ。
そういえば、そんな話を聞いたことがある。
アイスブループリンセスと呼ばれる由縁。あえて問うことはせず、逆に屋根から降りるように誘導する。
ミストに屋根から降りるための足を引っかける場所をレクチャーしてもうまく伝われず、彼女はついに面倒くさくなったのか、車両の外廊下へおもむろに飛び降りた。
カートは正式な手順に従って、段取りよく降りた。
スムーズな足運びをミストは褒めたが、そんなところで褒められてもうれしくないと一蹴する。
「どこか隠れられるところを探そう、次の駅で降りるぞ」
緑のツナギが様子見に来るかもわからない。揉め事は面倒くさい。
実力行使でなんとかできるが、あまりそれをしたくない。
貨物車の鍵を針金一本で開錠すると、車両の中はコンテナが積まれていた。椅子にちょうどいい高さで、二人そろって腰を下ろす。
屋根には穴が空いていた。
日の光が一条の線となってさしこんでくる。
「あたしを呼び出すとはそれなりの情報掴んだ?」
話を切りだしたのはミストだった。
「財団の御曹司とレコンキスタ・メンバーズの代表が結婚だそうだ」
しばしの沈黙。
「……聞いた」
「早いな」
なんだ、とカートは肩を落とした。
せっかくの大スクープにも反応が薄い。
「でも、時間と場所がわからない」
不満そうにミストがつぶやく。
「ああ、それなら……」
と、カートは一通の手紙をおもむろに取り出して読み上げる。
さすがにびっくりしたのか、じっとカートの顔を伺ってきた。
「それ、ほんと?」
カートの手にあった手紙をミストがかっぱらう。
手早く読んで、うーんとうなる。
「偽物ではなくて、嘘情報でもなさそうだけど、にわかに信じられない。どこで手に入れたの?」
「郵便車から勝手に持ってきた」
と言っても、眉間に皺が寄るだけだった。
「郵便を運ぶ車両があるだろ、その中にあった。それを持ってきた」
そんな簡単に出来るのかという問いに、いかにして侵入し、鍵をあけて、手紙を探しあてたかを一から説明する。
「へえ……やるじゃん」
「これっきりにしたいね」
カートの言葉に返事もしないで、ミストはもう一度、真剣な眼差しで手紙を読み込む。青い瞳が文字を一心不乱に追いかけている。読み終わっても、しばし、腕を組んで考えていた。
「うーん。この情報が正しいかどうかわからないけど」
と前置きして、
「ここに書いてある伯爵って名前は聞いたことあるし、ちゃんとした手紙に間違いない。内容も嘘が書いてあるとも思えないし……こんな大事なこと、よく使者立てなかったね」
宮廷にいた本物のお姫様が言うのだから、間違いないのだろう。
「あのコだったら、評判まで知ってるけど、あたしはそういうの興味なかったからよく知らない。この人は本当に存在する人物だから、この手紙はしっかりした情報源になる。そっかあ、こういう手もあったのか」
「新しい時代はいちいち人を使わないのかもな」
ミストの言う、こういう手、というのは手紙泥棒のことだろうが、そこはあえて触れずにいきたいと話題をさりげなく変える。
――俺も後ろめたいと思ってるんだな。
自分自身の新たな発見である。
「使者を立てると単純にお金が掛かる。定期便に託せば、その分経費が浮くとか? 特に付き合いの薄い人には手紙を出せるだけだして、アピールしてるんでしょ。仲間にひきこめれば儲けもんくらいのつもりかなあ。本人の字じゃないし」
「筆跡とかわかるのか」
「何回か手紙見せてもらったことある。こんな綺麗な字じゃないよ。サインだけ本物」
「なるほど、効率重視か。そんなんで大丈夫なのか」
「利害関係が一致すれば、あんまり関係ないかな。安売り情報聞いたら、お店に買い物いきたいでしょ」
「その例えはわからないが、お知らせだけで心が動くもんなら、そういうもんなんだろう。俺の知らない世界だからな」
「まだまだメンバーズも組織作りがうまくいってないんじゃない?」
「……だろうな。それで、どうするつもりだったんだ」
ミストはきょとんとした。
「当たり前のことを訊くね」
「当たり前か?」
「当たり前じゃん」
「そうか。単身で乗り込むのか」
うんとミストは笑顔で頷く。
迷いのない笑顔にカートは顔を覆う。
「きっと警備が厚いぞ。かなりの武器が搬入されるみたいだ」
「でも、逆に一人なら」
「そうやって一人で行動するから、メリーが乗り気にならないんじゃないのか」
「……」
ミストは黙ってしまった。
さっきまでの笑顔が消えてしまい、うつむいてしまう。
「相談してみればいいだろ、ファイナリアに」
仲間がいるはずだ、と続ける。
「そっか……時間、あるかな」
ファイナリアに戻って、目的地までたどり着く時間。
焦っていると、どんなに物理的に間に合う日数があっても、短く感じる。
「たぶんな、この手紙が本当なら、まだ二週間先だ。それに、ファイナリアの方が情報を持ってるだろ」
実はカートはファイナリアのあの人のことをよく知らない。ファイナリアを仕切っている女性。ミストの親友ともいえる人物。
「どうかな」
うつむいたまま。青い瞳に力がなかった。
わかっていたら、ここには来なかった、そう言いたげだ。
「ところで、本人はどう思っているんだろうな」
本人? ふと顔を上げて、どういうことかと聞いてくる。
青い瞳に向かって、あんたの妹だと答える。
「財団の御曹司? 会ったことあるはず。あのコはパーティならけっこう顔出してるから、有名な人だったらだいたい見たことはあるはず」
「評価は?」
良いはずがないだろうが、聞いてみた。
「評価は悪いよ。絶対に嫌がってる。どんな理屈をつけても、財団の御曹司って、どうにもならないくらい品がなくて、イヤミな男の子だから。メリーが一番嫌うタイプ。ウィリアムもどうかと思うときがあるけど、比べものにならないくらい、いい男に見える」
「本人の意思は関係無いようなもんか」
政略結婚に乗り気でいるメリーというのが逆に信じられないという意見で一致した。
「まあそうだね。それにリュミエールが傍にいないんじゃないかな。そんな気がする」
ミストの推理にカートは同意した。
「俺もそう思う。特務の男がリュミエールを探していた。おそらくというか、間違いなく、別行動だ。理由はわからない」
「そっか。やっぱりそうなんだ。噂によると、リュミエールはあたしを探しているらしい」
たどり着くところは同じ、姉のミスト。
「もし、リュミエールに行くところがなくて、最終的に辿りつくところはどこだ」
「あたしの居たところを辿るとなると、おそらくファイナリアかな」
「そうか……理由は」
「協力者たちがそう言う風に話すことになってる」
なるほど、とカートはうなずく。ファイナリアなら手が出しにくく、クッション代わりになる。それでも本当に必要な人はファイナリアに行くだろう。そこまでたどり着けば、意外と簡単に接触できる手はずになっているとミストは説明する。
「なら簡単だ。ファイナリアへ行けばいい」
あっさりカートは言い放つ。
「俺も最後まで仕事がしたい」
さらっと言いながらも、鼻の頭を掻いた。
橙色のぼんやりした明かりが徐々に近づいてくる。窓から光が漏れて、カンテラらしきものを持ちながら歩き回る男の影が窓ガラスに映る。
屈んでやりすごそうとする。
「こっちの方から聞こえてきたんだけどな」
警備の男は独り言を漏らす。
男がうろうろする度に、ゆらりゆらりと橙色が動いていく。逆を向いた瞬間に、カートは胸にしまっていたペンを男とは反対方向に投げた。ペンは板張りの廊下に当たり、軽い音を立てて、ころころ転がっていく。
コツーンと響いた、わずかな音でも男は聞き逃さなかった。
音がしたな、と息巻いて振り返り、暗闇に向けてカンテラを差し向ける。だが、ペンのようなちいさなモノは目に入らなかったようで、首をひねりながら、のっしのっしと歩いていく。
明かりはやがて見えなくなり、また暗闇と静けさが戻ってきた。
遠くからは仕分け所にいる荷役たちのかけ声が聞こえる。
ふう、と安堵のため息をつく。
その後は順調であった、車両区まで簡単にたどり着く。。
軋んでいる扉をゆっくりと半開きにし、カートは隙間を通った。
車両区に出ると、視界が開けて、だいぶ緊張感が抜ける。
一気に車両まで駆け抜ける。
レールにつまずくなよ、と自分自身にアドバイスした。
車両まで再びたどり着くと、連結している車両をわずかな明かりを頼りに探し出す。いくらか物色して、見つけた。十両以上繋がっている。明るくなった時、機関車と繋がるだけの車両とカートは目星をつけた。ただ、その肝心の機関車が現れるのが午後から、夕方から、というのはよくある話で、時間は読めない。
カートは例の鍵開け道具で乗務員用の車両を開けて、個室を確保した。シーツのひいてないベッドがあった。堂々とベッドで寝るには気が引ける。 廊下に足を投げ出して座り込み、壁によりかかる。
結局、雨風がしのげるだけで野宿と対して変わりない。
窓から月が見える。
耳をすませば、どこからか虫の声が聞こえる。穏やかな夜だった。
考え事をしようかとじっと月を眺めていると、すぐにうとうとしてしまった。
鳥のさえずりで目が覚めた。
窓から差し込む朝日が眩しい。
どこからか、男たちの声が聞こえてくる。
危機感を感じ、惚けた頭を無理矢理起こす。
車両の窓際から外の様子を窺うと、物見台から指示を飛ばす男がいた。整備員と乗務員が持ち場につこうと事務所からばらばらと流れてくるのを、あっちへ行け、こっちへ行けと指示している。
交通整理で忙しいようだ。
ただ、一人一人に指示しているわけではないので、整備員の振りをして移動することはできるだろう。木を隠すなら森だ。
あくまで自然の動作で車両から降りて、目的の車両まで移動する。機関士がなにやら緑のツナギと打ち合わせをしている。
――メンバーズか。
輸送管理官の代わりに乗務員として、車両に乗り込む男たち。噂に聞くと、ほとんど仕事がないらしい。車両の連結と切り離しを手伝うだけとも聞いた。単に悪口が広まっているだけかもしれないが、実際のところ、積み荷の細かい調整までは口を出さないようで、車両丸ごと目的の駅まで届ければ任務終了らしい。
立ち話をしているところにわざわざ近寄り、車両の凹凸の影に隠れて内容を聞き取る。
「時間通りに出発する」
「燃料補給は何回だ」
「一回だ。ノースフラートで一度だけな。北側からだから、ファイナリアまで走行距離は短い。十分だろう」
話を聞くに、ファイナリア行きの北周りルートに間違いなさそうだった。
砂利を踏みしめ、音がしないように、忍び足でその場を離れる。
ステップをそっと登り、貨物車両の外廊下にしゃがんでしばらくやりすごす。
出発前チェックもザルだなと仕事内容をチェックする。
そうだろうと思ったが、思った以上だ。
汽笛が響き始めた。蒸気の立ちこめる量も増えてきた。外にいるとやや煙いがそれは我慢する。
車輪がじわりと動き始める。
さて、出発時刻だが――。
ミストは本当に来るだろうか。
あの人のことだから、こういうところにひょっこり姿を現すと勝手に信じ込んでいた。
――そんな簡単なことじゃないか。
どうやら独り旅になりそうだ。それならそれでいい。機動性が求められるからと独りで納得した。
加速が鈍く、まだ人の駆け足で追いつけた。
辺りを見渡しても、それらしき人はいない。
仕方ないかと進行方向から後方まで職業病のように確認していた。もう一度進行方向を向くと、線路と車両の頭上を跨ぐ橋、いわゆる跨線橋があった。そこに人影がある。
まさか、と思った。
すぐに手すりに足をかけ、天井にしがみつき、腕力だけでよじ登る。
貨物車両の天井は見晴らしがよかった。
徐々に跨線橋の人影に近づいていく。
後ろから、怒鳴り声がわずかに聞こえた。
物見台の男がカートの所行に気づいたようだ。だがもう、車両は動いていた。停止の指示は簡単には伝わらない。
物見台の男はいつまでも怒鳴っていたが、いつしか聞こえなくなった。
それよりも――
跨線橋の欄干に腰掛けた、青い髪の女。背中に大きな剣があった。
カートを見つけて、手を振っていた。
のんきなものだ。
跨線橋の下を機関車が通過し、青い髪の女は機関車のまき散らす煤煙にまみれて、姿が消える。カートは眉をひそめた。
次の瞬間、塊になった煙の中心部分に穴があく。円筒状に風が流れ、カートの車両めがけて冷気が伝わる。
青いワンピース姿が空から落ちてきた。
剣をむき出しに、大上段から打ち下ろされる。
カートの後ろを通り過ぎ、一両後ろの車両の屋根に突き刺さる。木製の屋根に剣が深々と突き刺さり、それを支えにしたミストの軽い体はなんとか剣にしがみついていた。
車両を飛び越えて、ミストのそばに寄ると、ススだらけの顔が迎えてくれた。
着地の衝撃で手が痺れたようで、両手をぶらぶらさせている。
あはは、と照れたように笑う。
カートが無言で手をさしのべると、彼女はその手をがっちりとつかんで身を起こしていた。そして、深々と屋根に突き刺さった剣を軽々と引き抜く。
細い腕にそんな力が、と疑問に思ったが、ミストの胸に鎮座する宝玉が淡く光っている。
どうも特殊な事情があるようだ。
そういえば、そんな話を聞いたことがある。
アイスブループリンセスと呼ばれる由縁。あえて問うことはせず、逆に屋根から降りるように誘導する。
ミストに屋根から降りるための足を引っかける場所をレクチャーしてもうまく伝われず、彼女はついに面倒くさくなったのか、車両の外廊下へおもむろに飛び降りた。
カートは正式な手順に従って、段取りよく降りた。
スムーズな足運びをミストは褒めたが、そんなところで褒められてもうれしくないと一蹴する。
「どこか隠れられるところを探そう、次の駅で降りるぞ」
緑のツナギが様子見に来るかもわからない。揉め事は面倒くさい。
実力行使でなんとかできるが、あまりそれをしたくない。
貨物車の鍵を針金一本で開錠すると、車両の中はコンテナが積まれていた。椅子にちょうどいい高さで、二人そろって腰を下ろす。
屋根には穴が空いていた。
日の光が一条の線となってさしこんでくる。
「あたしを呼び出すとはそれなりの情報掴んだ?」
話を切りだしたのはミストだった。
「財団の御曹司とレコンキスタ・メンバーズの代表が結婚だそうだ」
しばしの沈黙。
「……聞いた」
「早いな」
なんだ、とカートは肩を落とした。
せっかくの大スクープにも反応が薄い。
「でも、時間と場所がわからない」
不満そうにミストがつぶやく。
「ああ、それなら……」
と、カートは一通の手紙をおもむろに取り出して読み上げる。
さすがにびっくりしたのか、じっとカートの顔を伺ってきた。
「それ、ほんと?」
カートの手にあった手紙をミストがかっぱらう。
手早く読んで、うーんとうなる。
「偽物ではなくて、嘘情報でもなさそうだけど、にわかに信じられない。どこで手に入れたの?」
「郵便車から勝手に持ってきた」
と言っても、眉間に皺が寄るだけだった。
「郵便を運ぶ車両があるだろ、その中にあった。それを持ってきた」
そんな簡単に出来るのかという問いに、いかにして侵入し、鍵をあけて、手紙を探しあてたかを一から説明する。
「へえ……やるじゃん」
「これっきりにしたいね」
カートの言葉に返事もしないで、ミストはもう一度、真剣な眼差しで手紙を読み込む。青い瞳が文字を一心不乱に追いかけている。読み終わっても、しばし、腕を組んで考えていた。
「うーん。この情報が正しいかどうかわからないけど」
と前置きして、
「ここに書いてある伯爵って名前は聞いたことあるし、ちゃんとした手紙に間違いない。内容も嘘が書いてあるとも思えないし……こんな大事なこと、よく使者立てなかったね」
宮廷にいた本物のお姫様が言うのだから、間違いないのだろう。
「あのコだったら、評判まで知ってるけど、あたしはそういうの興味なかったからよく知らない。この人は本当に存在する人物だから、この手紙はしっかりした情報源になる。そっかあ、こういう手もあったのか」
「新しい時代はいちいち人を使わないのかもな」
ミストの言う、こういう手、というのは手紙泥棒のことだろうが、そこはあえて触れずにいきたいと話題をさりげなく変える。
――俺も後ろめたいと思ってるんだな。
自分自身の新たな発見である。
「使者を立てると単純にお金が掛かる。定期便に託せば、その分経費が浮くとか? 特に付き合いの薄い人には手紙を出せるだけだして、アピールしてるんでしょ。仲間にひきこめれば儲けもんくらいのつもりかなあ。本人の字じゃないし」
「筆跡とかわかるのか」
「何回か手紙見せてもらったことある。こんな綺麗な字じゃないよ。サインだけ本物」
「なるほど、効率重視か。そんなんで大丈夫なのか」
「利害関係が一致すれば、あんまり関係ないかな。安売り情報聞いたら、お店に買い物いきたいでしょ」
「その例えはわからないが、お知らせだけで心が動くもんなら、そういうもんなんだろう。俺の知らない世界だからな」
「まだまだメンバーズも組織作りがうまくいってないんじゃない?」
「……だろうな。それで、どうするつもりだったんだ」
ミストはきょとんとした。
「当たり前のことを訊くね」
「当たり前か?」
「当たり前じゃん」
「そうか。単身で乗り込むのか」
うんとミストは笑顔で頷く。
迷いのない笑顔にカートは顔を覆う。
「きっと警備が厚いぞ。かなりの武器が搬入されるみたいだ」
「でも、逆に一人なら」
「そうやって一人で行動するから、メリーが乗り気にならないんじゃないのか」
「……」
ミストは黙ってしまった。
さっきまでの笑顔が消えてしまい、うつむいてしまう。
「相談してみればいいだろ、ファイナリアに」
仲間がいるはずだ、と続ける。
「そっか……時間、あるかな」
ファイナリアに戻って、目的地までたどり着く時間。
焦っていると、どんなに物理的に間に合う日数があっても、短く感じる。
「たぶんな、この手紙が本当なら、まだ二週間先だ。それに、ファイナリアの方が情報を持ってるだろ」
実はカートはファイナリアのあの人のことをよく知らない。ファイナリアを仕切っている女性。ミストの親友ともいえる人物。
「どうかな」
うつむいたまま。青い瞳に力がなかった。
わかっていたら、ここには来なかった、そう言いたげだ。
「ところで、本人はどう思っているんだろうな」
本人? ふと顔を上げて、どういうことかと聞いてくる。
青い瞳に向かって、あんたの妹だと答える。
「財団の御曹司? 会ったことあるはず。あのコはパーティならけっこう顔出してるから、有名な人だったらだいたい見たことはあるはず」
「評価は?」
良いはずがないだろうが、聞いてみた。
「評価は悪いよ。絶対に嫌がってる。どんな理屈をつけても、財団の御曹司って、どうにもならないくらい品がなくて、イヤミな男の子だから。メリーが一番嫌うタイプ。ウィリアムもどうかと思うときがあるけど、比べものにならないくらい、いい男に見える」
「本人の意思は関係無いようなもんか」
政略結婚に乗り気でいるメリーというのが逆に信じられないという意見で一致した。
「まあそうだね。それにリュミエールが傍にいないんじゃないかな。そんな気がする」
ミストの推理にカートは同意した。
「俺もそう思う。特務の男がリュミエールを探していた。おそらくというか、間違いなく、別行動だ。理由はわからない」
「そっか。やっぱりそうなんだ。噂によると、リュミエールはあたしを探しているらしい」
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「もし、リュミエールに行くところがなくて、最終的に辿りつくところはどこだ」
「あたしの居たところを辿るとなると、おそらくファイナリアかな」
「そうか……理由は」
「協力者たちがそう言う風に話すことになってる」
なるほど、とカートはうなずく。ファイナリアなら手が出しにくく、クッション代わりになる。それでも本当に必要な人はファイナリアに行くだろう。そこまでたどり着けば、意外と簡単に接触できる手はずになっているとミストは説明する。
「なら簡単だ。ファイナリアへ行けばいい」
あっさりカートは言い放つ。
「俺も最後まで仕事がしたい」
さらっと言いながらも、鼻の頭を掻いた。
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その甲斐あって試験の順位は毎回一位を死守しているのだが、二位にも毎回、同じ男の名前が並ぶ。
侯爵令息エドゥアルド・ロブレスーー学園の代表、文武両道、容姿端麗。
学園の貴公子と呼ばれ、なにごとにも完璧な男だ。
地味なフランシーナと、完全無欠なエドゥアルド。
接点といえば試験の後の会話だけ。
まさか自分が、そんな彼と取引をしてしまうなんて。
夢に向かって突き進む鈍感令嬢フランシーナと、不器用なツンデレ優等生エドゥアルドのお話。
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