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#4 Tunrning Point
ep.31 キャプテンの誘い
しおりを挟む地方都市シャーリーハイツは快晴の日が続いた。
青空というキャンバスに、灰色の蒸気で一条の筋が引かれていく。
蒸気をまき散らしながら、轟音とともに貨物専用ホームに侵入してくる列車があった。車輪にブレーキがかかり、辺りをつんざく金切音。レールから火花が散っていた。
漂っている蒸気は五階立て相当の三角屋根の吹き抜けめがけてたちのぼり、やがて消えていく。
見上げている暇などない。
定刻通りに到着した便へ、荷役たちが次々ととりついていく。コンテナにトロッコレールを接続し、次々とちいさな箱が流れていく。
箱の仕分けを担当していたカートはタグと呼ばれた荷札を確認する。荷札には、行先を示す番号が大きく書かれている。その番号の下には内容物についての取扱い情報が細かく記載されている。タグは時間をかけて見ることは出来ない。次々と荷物がやってくるからだ。
番号のみを横目で確認して、レールのポイント切替機を操作し、仕分け先に流していく。
たまたま目に留まったタグに眉をひそめる。
明細を思わず読んでしまう。
つい、目に入ってしまったのだ。
火薬、弾丸。朱色で火気厳禁とも書かれている。
食料が積み荷の場合、特によくあるのは芋だ。
芋の場合、どこの産地がうまいかなどと冗談を言いながら、荷物を流していく。とても平和的で気楽なノリである。
逆に武器。特に銃火器が荷物の場合、荷役はぴりぴりする。誰かの煙草の不始末でもあれば、事故だって起きるかもしれない。そういった大問題を起こす原因でもある。
それに、やはり戦争の臭いがすると、行き先が気になるのである。誰かの故郷だということがわかると、その者は悲しげに天を仰ぐ。
カートは積み荷の全体状況を把握しようとしてしまう。気になるのだ。休憩時間にきょろきょろとして、同僚にさりげなく荷物の中身を聞いてみたり、行き先を推測する。
天気予報ならぬ、積み荷予報は荷役の間で毎日の酒の肴だ。
以前の喧嘩騒動のあたりから、カートを毛嫌いする連中もいれば、逆に話しかけてくる仲間も多くなった。
カートにケチをつけた男たちを嫌う人間がカートの周りに集まってきたのだ。災難だったなと簡単な一言だって、そのときはうれしかった。
味方はいないのかとも思われた時に、手をさしのべてきた荷役の男たちと仲良くしていた。
気づけば、この職場で働いて三ヶ月が過ぎていた。
カートの積み荷予報を楽しみにする荷役仲間もいるくらいに人間関係が良好になっていた。
曰く、同じ働く仲間としては仕事内容を熟知している人間の方がやりやすいという。
「どんな同情できる事情があっても、使えねえクソ野郎じゃ、しょうがねえ」
ということであり、カートは仕事のできる人間とみなされた。
嫌う人間がいる一方で、評価してくれる人間がいるのもまた事実であった。
仕事中の私語も増えた気がする。
「今日の予報はあまり聞きたくねえな」
「ああ、みんなもわかってるだろう」
銃火器が多い。とはいえ、行き先が気になった。
「一カ所に集中してる……しかも、これは……」
前線に送られるなら話もわかる。
行き先がレコンキスタ・メンバーズの本拠地ともいえる地域に集中してる。
「自分たちの首都に武器を集めてなにする気なんだ」
「俺に言われてもわからん」
休憩中の話には割と情報が多い。特に自称事情通が口を必ず挟んでくる。休憩所の灰皿の前で男が煙草を吹かせながら、気をつけろという。
「カート、おまえ、トランスポーターだっただろ」
「ああ」
思わず警戒した。難癖でもつけてくるかという、いつものパターンに似ていた。
「気をつけろ、あちこちで元トランスポーターが捕まっているらしい」
話題は少し違った。心配してくれているといった体だ。
「よく話題になるよ。トランスポーターに石を投げれば、汚職かスパイに当たるって……俺がスパイでもしたっていうのか?」
あの夜、カートに浴びせられた侮蔑の言葉を思い出す。
悪いことをしているのが当たり前の管理職というイメージ操作があるようだ。
「おまえのことは知らねえ。ただな、よく憲兵があちこちの駅で摘発してるってよ」
光景が目に浮かぶ。容疑はわからないが、やりそうなことだ。
「まったく。首にしておきながら、今度はスパイか。俺たちが相当嫌いなんだな」
ローズの顔がふと浮かんだが、関連性ないだろうと一瞬で意識から消して。
「いや、そうじゃねえ。メンバーズの積み荷に協力していると思ってるらしい」
「どういうことだ? なんで、メンバーズの積み荷なんかに?」
「いつもやってるだろ、どこにどんな荷物が行ってなにが起こるか推測したり、賭けをしたり。あれだよ、あれ。なんでもトランスポーター特有の勘みたいなものは特殊らしい」
「わからないな、だったらメンバーズを取り締まればいい」
「それだけグランドユニオンにあとがないってことだろ。取り締まりに理由を選ばなくなっていやがる。だからお前も気をつけろ」
「ああ、わかったよ」
わからない話ではないが、グランドユニオンの特務部はそれなりに優秀だ。にわかには信じられない。やってることが支離滅裂だ。
所詮は噂程度の話かとため息をつく。
ちょうど、休憩終了のベルが鳴る。
だが、その音が耳に入らない出来事がおきた。
カートの前に手をあげてやってきた男がいた。
白髪交じりに片めがねの壮年の男。輸送管理官の制服ではないし、制帽もない。白いシャツに安っぽいベルトで止めたスラックスが煤で汚れていた。
「キャ、キャプテン……」
かつての尊敬する上司を前に、思わず敬礼してしまった。
仕事を切り上げ、いつもの安酒場に足を運んだ。
ジョッキを片手に、カートは興奮気味にまくしたてた。
「まさかキャプテンに訪ねていただけるとは思いませんでした」
かつてカートと同じ車両で何度も大陸を駆けめぐった。
若輩者を優しく見守る穏やかな眼。だいぶ衰えて今では眼鏡を欠かせない。背筋を伸ばして姿勢がいい。職務外とはいえ、歩く姿には貫禄がある。
「私の席もなくなったよ」
寂しげに笑う。
「しかし、キャプテンは厳密に言うと、輸送管理官ではないのでは……」
「貨物部門は全滅だ。いまや鉄道公社とメンバーズはほぼ同質といってもいい、ゆくゆくは吸収するだろう。輸送管理官は帝国の流れを汲みながらも、現実にはグランドユニオンの役人だ。そして、鉄道輸送をいまやメンバーズが握ろうとしている。だが、輸送管理官を解任させたのはグランドユニオン議会だ。当局は自ら、鉄道を明け渡した」
「矛盾していませんか?」
「そこだ、ねじれて一周している」
普通の荷役ならそこで上層部はバカだなと笑って終わる。
だが、この二人は笑わない。
「なにが起きてるんです?」
「議員もメンバーズに肩入れしている者が多い。秤にかけているのだよ」
「ウィリアム=サドラーは鉄道輸送は商売であると断言していました。そのようなことになれば、トランスポーターの精神は失われ、地方は飢え、力を失います」
「メンバーズの主力は都市部なのはわかっているな。地方は名目上、グランドユニオンの傘下だ。だが、鉄道輸送に頼っていた手前、いまさら駅馬車時代に戻るのかというと、そのような整備をする余力もない。メンバーズにすり寄っていくのも時間の問題だ」
「兵糧攻めみたいなものですか」
「そして、メンバーズの代表は皇女殿下だ。建前や大義名分が揃っているのなら、肩入れするのも楽なものだ。その実、食糧確保に走るわけだが」
「大きな戦になりそうですか?」
「あちこちで小競り合いが起きているよ……グランドユニオンは負け続けだが」
急拵えの政府とはいえ、国家である。圧倒的な規模の兵力を動員出来るはずであった。数に任せた戦いをすれば、地方国家を乗っ取った程度の私兵集団など相手にならないはずである。
それが負け続けという。
メンバーズが手強いとみるべきか、グランドユニオンに戦略的失敗があったのかはここでは判断できず、ただその事実だけが残る。
「負け続け……積み荷に銃火器が増えてきています。それが影響しているのでしょうか」
新型の銃火器、見たこともないような新兵器があれば戦況は変わるかもしれない。新しい時代、という言葉に酔いしれるウィリアムなら画期的な方法を取り入れるかもしれない。
「わからん。気になるのは、おまえのように荷役に職を変えた元輸送管理官たちは口を揃えて、近いうちにメンバーズの首都フラッグタウンでなにか大きい動きがあるらしい、と言うのだ。モノとヒトの動きが大きくあるとの予報だ」
予報、という言葉に、カートは苦笑した。
「……俺もその予報を支持します」
今日も銃火器が大量にあった。先日も偏った荷物であった。高級服飾品が同じところに一挙に。
荷物の偏りは政治的な動きに左右される。一過性のブームであるとは思えない。輸送管理官としての警鐘、とでも言うか、元・輸送管理官もという意見に同意できるという、カートは自分の心に驚いた。
「なるほど……やはり、君もトランスポーターの心を失ってはいないか」
キャプテンは満足げにビールをあおる。しかし、カートとしては苦笑してしまう。
ウィリアムの言葉が自然に口をつく。
「たかがトランスポーター風情が世界を変えられるとは思っていません」
キャプテンは不思議そうな顔をする。
「いや、なにを言う。世界を変えてきたのはトランスポーターだ。少なくても君はその一人だろう」
断言されて、息を飲む。
毎日の仕事でその自覚はあった。
そして、メリーの不満そうな顔が浮かんだ。
彼女を荷物として任されて、時代は大きく変わった。仕事としての意味は違うが変えてしまったのは間違いない事実だ。
「我々は時代を変えられる人間だ。引退した老いぼれが橋渡しなんてのをやっているが、君に手を貸してもらいたいことがある」
「俺が、ですか」
「そうだ、君が、だ」
「なにを……」
「ファイナリアと我々をつないでほしい」
ぎょっとした。思わずキャプテンの顔を見返したが、飄々としている。
「場所を変えましょう。ここでその話は……」
「かまわんよ。誰も聞いてない。各々が自分たちのおしゃべりに夢中だ」
キャプテンの胆力に合わせるのは大変だと苦笑せざるを得ない。
「キャプテン。今日、元・輸送管理官が捕まってるって話を聞きました。もしかしてそれは」
「ああ、そのことか。彼らは今、集結している。一人では門前払いされるが、集団ならば相手は話を聴かざるをえない。かつてのギルドのようなものだ。条件さえ折り合えば、大量のベテラントランスポーターが職につくことができ、それにより、円滑に物資を管理できる」
「しかし、ウィリアム=サドラーは輸送管理官を必要としない輸送をすると話していました」
「方便だな、輸送管理官の最大の強みは拠点間の情報を運ぶことだ」
「最近では電信やラジオというものが発達してます……」
「音声だけではヒトとヒトの繋がりはわからんよ。物流と情報をトランスポーターの手に取り戻すことこそ、安定した輸送による、国家の下支えが出来るというものだ」
期待しているのはそういう返事ではない。石橋を叩いて渡ろうとしたのに、キャプテンは石橋の強度とは異なる音を伝えてきたとカートは感じた。
「……なぜ、ファイナリアと?」
「ファイナリアのフィン王女殿下はまだ地下運動でかなり強い力を持っている。今後第三勢力として浮かび上がってくるだろう。トランスポーターの新たな道をつくることができるかもしれない。そのためには王女殿下の知恵をお借りしたいのだ」
知恵だけじゃない。コネと資金力と人材と、武器。情報。
そして、フィン王女の盟友はもう一人のロイヤルブルー、ミスト。
キャプテンの描く未来は、カートとは違うようだった。
――じゃあ、俺は未来になにを描いている?
たかだかトランスポーター風情が語る立場ではないとウィリアムは叫んでいた。もちろん身分だけで考えたら、その通りで、間違いないだろう。
だが、他のトランスポーターたちと違うところはなにか。
それは、
「あの方と俺なんて」
取り次げる資格なんてないと思っている。
「いや、君には出来るさ。そのために君は輸送管理官になったのではないかね?」
青い瞳の少女を思い出す。
彼女に自分の夢を自慢げに語ったこと。
そして彼女がそれを応援したこと。
それが他の輸送管理官と唯一異なり、また、他に類を見ない、圧倒的な強みであった。
カートと、ミストとキャプテン、三人だけの過去だ。
「……少し、考えさせてください」
カートとしても言葉を濁す。
「よい返事を期待しているよ、君になら出来る」
キャプテンの断言にカートは言葉を失った。
否定したい言葉を酒と一緒に飲み込む。
酒を二人であおりながら、お互いに次の言葉を探していた。
「ところで……殿下とはあれからお会いしたかね?」
「……いえ……」
カートは首を横に振った。
つい、嘘をついた。
「そうか、この街に立ち寄ったとのことだったが」
「あの方もよくわからない方ですから」
と否定しつつも一番わかりやすいではないか。
妹を守りたいだけだ。
それ以上もそれ以下もない。
ただ、それがどうしても政治的なところに結びついてしまうのが残念なところだろう。
「キャプテン、ここはまだグランドユニオンの息がかかってる街です」
「わかっている。遅くならないうちに帰るよ」
「お送りします」
「いやいい、君はもう少し飲んで自分の考えをまとめたまえ」
ポケットからくしゃくしゃに折られた紙幣にといくらかの小銭を取り出し、テーブルにまとめて置いた。これで飲めということらしい。金額はともかく、その心意気に打たれ、カートは軽く頭をさげた。
「……俺の考えですか」
「そうだ、決めかねているのだろう? それでもいい。だが、君はトランスポーターだ。そのことを忘れないで欲しい」
ただの荷役です、とは言い返せず、うつむきながら見送った。
「またくるよ」
優しく肩を叩いていった。
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