14 / 39
#3 Love Letter
ep.21 手紙
しおりを挟む#03 Love letter
――ねえ、世界は変わった?
――帝国は倒れ、歴史は変革の時代を迎えた。
手紙を書こうと思った。
いざ書き出すと、過去の思い出が言葉として溢れてくる。
年表か、あるいは歴史の教科書のように。
たった一行で一連の事件をまとめてしまうことに抵抗を感じつつも、集大成として、次の言葉を紡ぎ出す。
――そう、わたしたちが世界を変えた。
――わたしたちは歴史の証人。
ちらりと横目で、ベッド脇のテーブルを見る。
そこには、美しい筆記で書かれた手紙が置いてあった。
ローズとはまるで真反対の環境で育った少女の手紙。
育った環境が違うから、わたしはあんなに美しい字は書けないけれど、と独り言をこぼす。
はたして環境のせいかな、カートなら、そう言いそうだなと勝手に想像する。
手紙の書き出しすら可愛らしい挨拶に出来ないのも、それもまた自分らしいと自分勝手に納得する。
この手紙の主と唯一同じなのは、自らの気持ちを文字に委ねることだ。
皇女といえど、彼女も人間なのだ。
口には出しにくいこと、離れていては伝えられないこと、それらを素直な言葉を文字として伝える。
いい方法だと思った。
思わず筆を執ってしまった。
顔を合わせれば、どうせ口喧嘩になってしまう。
だったら、手紙に託せばいい。
――わたしたちの革命で、帝政は倒れた。これから新しい世界になるって二人で話したよね。
ある時、新しい世界とはなんだ、と彼はつぶやいた。批判的な言い回しではなかった。単なる素朴な疑問なのだろう。ただ、当時の自分はどうだったろう。言葉尻に不満を感じて、すぐ喧嘩になった。
信頼有る同志諸氏の指導に不満があるならわたしが代わって教育する。我々の歴史は必ずや我々の行動を肯定する、と意気込んでいた。
そのときを思い出すと、思わず赤面してしまう。
恥ずかしい。
指導部の受け売りじゃないか。
新しい世界なんて、想像できるわけがなかった。
新しい考え方、新しい価値観、新しい技術、新しい生き方。わかるわけがなかった。現状を変えたいという気持ちだけが先走って、新しい世界がどういうものかなんてわからないのだ。カートには素朴な疑問があったのだろう。これからどうなるかがわからないことを、わかっていたのだろうか。
――わたしは意見を持っていなかった。組織に身を委ねていた。それでわたしは生きる勇気を得ていたのかもしれない。でも、わたしが革命運動にのめりこむほど、あなたはわたしを煙たがった。
マーカスの仕事で見聞きした世界は、鉄道で変わった社会だ。帝国軍人を辞めて農夫になったものもいた。誰もが今のようなことになるなんて想像できなかった。帝国軍人から農業を勤しみ、それでファイナリアの独立を後押しという、ローズから見れば支離滅裂的な行動である。
きっとあの人たちは社会の変わりようにいち早く気づき、そこで暮らしていく――自分たちの幸せをつかむためのあり方を見つけたのではないか。あるいは生計を立てるため、商売を成功させるために。
そういうものなのだろうか。
立派な教育を受けていたのならともかく、読み書きと数学を少しかじった程度のアタマに社会の変革が自分の生活にどう関わってくるのか、なにもわかっていなかった。
でも、なにもわからなくたって、社会に適応し、新たな人生を歩むものもいた。そういう人たちは自分にはなにが必要か見えていたのだろう。
――でも、わたしは革命運動に参加したことを、後悔していない。
仲間とともに、帝政を打倒し、抑圧されない社会をつくろうと地下運動に躍起になっていたのも一年も前じゃない。
あの運動はたくさんの人々を巻き込み、やがてクーデターが起こり、帝政が打倒された。
――あなたはわたしが変わったと言うけれど、わたしは本当に変わった?
帝都に始めてやってきたころ、最初はカートのお母さんに救われたのだ。なんの当てもなく田舎から飛び出してきたローズに手をさしのべてくれた中年女性。それがカートの母だった。
頼るところもなく、荷物やお金は強盗に奪われ、無一文になっていた。成功を信じて上京してきたのにも関わらず、あっという間に財産を失い、今夜のパンや寝床も考えられなかった。ただひたすらショックだった。
自分の見通しが甘かったという反省ももちろんあったが、それにしても、都会とはこうも人に冷たく、生きにくいところだったのか。
うつろな表情で、ふらふらと橋を渡っていたところで声をかけられた。川に飛び込むと思われたらしい。
つらつらとそのときの気持ちを便せんに書き連ねていく。
――カートは弱っていたわたしをぶっきらぼうに励ましてくれた。赤の他人なのに。
それからずっと一緒にいた。
――お母さんが亡くなったとき、わたしは実の親が亡くなったみたいに泣いた。とても優しい方だった。
カートのお父さんは知らないけれど、カートが目標にするくらいだから、かっこいい人だったに違いないと思っていると続ける。
革命運動に参加したのはその後だ。象徴的だったのは赤い帽子。
――赤の帽子がよく似合うって、カートが言ってくれたのがきっかけ。
カートの言葉の意味もよく分からず、その世界に飛び込み、友達もできた。
空っぽの自分にやりがいのある目標を提示され、それを目指した。
――昔話をしちゃったね。最近のことも書くね。
ファイナリアにきてから、マーカスという偉い人の下で働いていたことを書いた。フレアのことも。
そして、旧友であるシエロの言葉。誘い。
リュミエールの間抜けっぷり。
そして、最大のお節介も。
――きっと言葉ではなかなか言えないかもしれない。
これからの私の行動にあなたは反対するでしょう。でも、わたしはやってみたい。やりとげてみせる。
――だから、この手紙に託します。
わたしを信じてほしい。
社会がどんなに変わっても、あなたの味方だから。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
八十年目の恋〜タイと日本の大福餅〜
十夢矢夢君(とむやむくん)
恋愛
太平洋戦争末期、一人の日本の陸軍軍医と駐屯地で出会ったタイ人女性が、ひょんなことから日本の和菓子『大福餅』を通して織りなす愛と友情の物語。彼らが生きた時代から八十余年を経て、その絆は今、新たな形で再び紡がれる――物語の舞台は第二次世界大戦の最中と現在のタイ王国。「二つの国を繋ぐ絆」と「新たな人生への挑戦」過去と現在が交錯する中で描かれる心温まる実話を基にしたヒューマンストーリー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる