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#1 Transporter

ep.08 危機一髪

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 貨物の受け取り口はまだ準備中で、コンテナから出された麻袋や木箱が山になっていた。受取人用の窓口には係員の配置さえされていない。周囲を伺うが、青い髪はどこにも見当たらない。

「ここに、青い髪の女の子が通らなかったか」

 荷役に問うと、見たという声が多く返ってきた。だが、行き先ははっきりしない。訳ありですか? と冷やかす声は無視して、聞き込みを続けると、わかったことが一つあった。

 ここにはどうやっていくの?
 持っていた紙を見せ、そう尋ねてきたというのだ。

 あの名簿には住所を書く欄があったかもしれないとカートは思い当たった。

「外に行ったの?」
 悠々とした様子でローズが追いついてきた
「だったら、気をつけた方がいいわよ。私と一緒に殺し屋の男が来てるから」
 さすがに冷や汗が走った。最悪の状態を想像してしまう。

「俺は探しに行く、おまえはキャプテンに伝えてくれ」
「冗談じゃない、私も行くわよ」
「勝手にしろ」

 駅舎の通用口から走って飛び出した。
 ローズもそれに続く。

「行き先はわかってるの?」
「わかるわけないだろ、俺だって知らない」

 駅の正面からメインストリートが延びていた。
 並列して新しい建物が軒を連ねる。忙しい実業家たちが出入りしているのがよくわかる。新市街地というところだとカートは知識を呼び起こした。アテがあることをローズに伝え、もう一つのストリートに向かう。
 線路と平行に走るサイドストリート、奥にはツタの絡まった城壁がそびえていた。旧市街区だ。
 旧市街区の入り口は城壁の門跡だ。かつてあった門がなくなり、誰でも内と外を出入り出来る。門跡の碑が残っていて、そこにはフィーナル王国時代の栄光が色々書いてあるが、今のカートにそれを読む余裕はなく、碑の隣で営業している花屋の女に声を掛けた。

「急いでいるんだ、フレアさんにつないでくれ」

 いきなり言われて、花屋の女性は少し驚くも、すぐに奥にくるようにと手招きする。
「ローズ、ちょっと待っててくれ」
 ローズを外で待たせ、店の奥で花屋の女性と会話する。

「妹の方が迷子だ、刺客も潜んでいるらしい、早急に手配を頼む」

 カートの要請に女性は便箋に一筆メモし、傍らで遊んでいた子供に使い走りをさせる。
 花屋を後にしてすぐ、ローズが疑問を投げかけてきた。

「フレアって誰?」

「この辺を仕切っている人だ」
「ふうん、よくわからない答えね。知り合いなの?」
「間接的に世話になった。会ったことはない」
「え、会ったことないの? それでよく頼れるわね……」
「困ったときには、どんなコネでも使えるなら使うだろ」
「そう? 試験ももしかしてそうだった?」
「試験は自力で突破したじゃないか」
「それは私だって知ってる。そうよね、カートは不正をしないもの」

 昔話をしている場合じゃないとわかっていたが、久々のまともな会話だった。
 しばらく住宅街を歩きながら、二人だけのおしゃべりを続ける。
 輸送管理官の制服にはじめて袖を通した時のこと、その姿を母に見せることができなかったこと。二人でお墓参りをしたこと。落ち着いた回想が二人の世界にあった。
 お互いに切羽詰った仕事があるにも関わらず、道路にかかる橋の欄干に背中を預けて、空を仰いだ。わずかに雲が流れているだけの快晴だ。

「まったく、厄介な荷物を預けてくれたもんだ」
「でも、それを請け負ったのはあなたでしょう?」
 手を挙げたわけではないが、カートが引き受けると返事をしたことに違いはなかった。
「出来ないとは言いたくない。政治的な理由なんてどうでもいい、頼まれた荷物を引き渡す、俺はそれだけだ」
 ローズはカートの手をぎゅっと握った。
「カートはやっぱりトランスポーターなんだわ。私、帝国陸運の人はロイヤルブルーを尊敬しているって聞いてたの。だから、あなたもそうだと思って。でも違った。荷物として預かったからには任務に忠実になるというだけの話ね」
「そう簡単に解釈しないでくれ」
「でも、そうじゃないの? 私があの子を確保したら、取り返しに来るでしょう?」
 そういう事態がないとは言い切れなかった。
 たとえどんな状況だろうと、カートの行動の結論は一つだ。
「それはその通りだな」
「でしょう? カートはそれで正しいのよ。私がしたことは私の中では間違っていない。だから、カートは私の敵ではない。もっとも、同志、というには違うけど」
「考え方は色々あっていいだろ。帝国主義がどうとか、どうでもいい。俺は俺の仕事をするだけだ」
 その答えに、ローズは満足したのか。

「じゃあ、私も私の仕事をすることにする」

 明るい声で、吹っ切れたように。表情も晴れやかだ。

「どっちが先に見つけられるかな」
「勝負ね、恨みっこなしよ」

 呑気な会話をするのは久しぶりだ。
 だが、珍客によって、その空気は破られた。

 抜身の槍を携え、甲冑を身に着けた兵士が二人で、カートとローズの前に立ちはだかる。赤色の髪、赤色の瞳。ファイナリアの地元の人間なのは一目でわかる。鎧にも火の玉の紋章。ファイナリア軍の兵士だ。

「鉄道輸送管理官のカート=シーリアスだな」

 カートは輸送管理官の上着を着ている。まずわかるだろうが、あえて確認をしてきた。

「そうだが、なにか」
「案内するように言われている」
 誰に呼ばれているか、すぐにわかった。だが、ローズは訝しげに兵士を見ている。

「俺は行くが、どうする?」

 ローズとは同じ立場ではない。必ずしも行動を共にとる必要はない。仮にも敵地に飛び込んできているわけである。
 だが、あえてローズにも声をかける。
 ためらいながら、静かに頷いていた。



 兵士の案内で旧市街の中心部にある噴水広場までたどり着いた。たいした距離ではないものの、武装した男に囲われて移動するというのは口を重くさせる。それはローズも同じようだった。
 彼女が革命軍所属の市民憲兵だと名乗ろうものなら、この兵士に取り押さえられて事情聴取が待っている。ただの実業家の娘の一般旅行者として、旅券を政府が発行している以上、下手なことは言えないのがローズの実情であった。本来の姿を晒していいのは、協力者の前だけだ。
 カートも、その事に気づいていた。だからこそ、どうする? と尋ねたものだが、ローズはついてきてしまった。
 なにがあっても黙っていろよと思うものだが、今それを口にはできない。
 そんなことを考えているうちに兵士が集まってきた。
 中心にはローブを着た髪の長い、若い女がいた。
 頭にバンダナを巻いて、兵士たちから報告を受け、指示を与えているようだった。その女がふとカートに気づいた。

「素早い通報をありがとう。今、全力で探している」

 自分は誰かとお互い名乗らずも、わかっている、そう言いたげに必要なことだけをカートに告げる。
 その赤い髪の女があまりにも美人だからか、誰? とローズがカートの背中をつつく。

「フレア=ランス。ファイナリア元総督マーカスの秘書だ」
「ファイナリア総督の秘書?」
「知らないか?」
「マーカス総督は知ってる。ファイナリア独立の英雄。帝国にいながらも革命にもっとも近い男と呼ばれた人よ」

 革命軍の養成所で偉大なる先達だという教育を受けたとローズは話す。

「俺もよく知らないけど、その人の辣腕秘書というか右腕みたいな人だ。この町のことはなんでも知ってるそうだ」
「まだ若いのに」

 年はローズよりも少し上だが、意志の強そうな瞳に、鋭い眼差しと健康的な肌艶、はっきりした受け答えに若さというより活力感がある。

「私、ああいう人、目指したかった」
 ぼそっとローズはつぶやいた。

 想像できるが、うまくいっていないだろうと言えずに頬をぽりぽりと掻く。ローズはフレアをずっと見つめていた。
 視線に気づいたのか、フレアが今度はローズに興味を持った。カートは身分がはっきりしているが、ローズを見ればファイナリアの民ではないのは髪の色、瞳の色を見ればすぐわかる。

「あなたは旅行者?」

 問いただされると反射的に一瞬、姿勢を正してしまい、慌てて口を開いた。

「そうです」
「旅券を拝見」
 兵士が催促する。
 ローズは自然な動作で鞄から旅券を出し、躊躇なく渡す。
 兵士はフレアにその旅券を渡す。
 政府発行のニセ旅券という、カートからしてみたら不正だと言い張りたくなる逸品ではあるが、フレアはすぐに納得して、丁寧にローズに手渡す。

「疑ってごめんなさい。殺し屋がうろついてるって話を聞いて」

 殺し屋。ローズはすぐに誰のことかわかったようで表情を変えない。

「おい、すこしは驚けよ、殺し屋だぞ」
 カートはローズの肩を叩いてみる。

 殺し屋がうろついていると聞いて、無表情の観光客がどこにいるとその手は語る。状況がわかったのか、ローズは慌てて、作り笑いでごまかす。

「ごめんなさい、なんのことかよくわからなくって。それで警備をされているのですね? 何事もなければいいけれど、心配だわ」

 逆に質問して、はぐらかそうという手だ。

「警備というには心もとない人数だけど、今すぐ動けるのはこれだけだったから」
「それで、俺は駅舎にすぐ戻れそうか」

 カートのぶしつけな質問にフレアは苦笑いで答える。

「そうね。お探しのモノは遠くへ行っていないみたい」
「そりゃよかった」
「ところでお二人はどういう関係?」

 輸送管理官と旅行者がそろって街をうろつくということに疑問を持つのは当然だろう。だが、そこを問われて、カートは答えに困った。

「私は、彼を追っかけてきたんです。いつまでたっても仕事ばかりで家に帰らないものだから」
 事実に間違いないが、カートは憮然としてローズの主張を聞くだけにした。
 その話を聞いて、フレアは目を丸くして、やがて破顔する。
 輸送管理官を追っかけての痴話ゲンカとは思いもしなかったようで、大笑いしてした。

「ごめん、笑いすぎたね。でもそれ本当なの? それなら、私があれこれ聞き出すことじゃなさそうね」

 本当ではないが、嘘でもない。
 カートとしても否定をしなかったが、いったい何の話をしてるんだと、不満をあらわに悪態をつく。しかも、フレアは詳しく教えろといわんばかりに、次の句を探している。
 そんな折、走りこんできた兵士の一言で、場に緊張が走る。

「見つかりました! こちらです」

 全員で走り出す。
 すぐについた。

 そこは、水はけの悪い、舗装されていない裏通りだった。
 路地裏に案内されて、一同が止まった。
 細身だが骨格のしっかりした男が、青い髪の少女の手首をつかみ、片手で首元に刃物をあてている。その少女は他でもないメリーだ。

 しかし、男と対峙する、もう一人の青い髪の少女がいた。

「……お姉さま」

 恐怖に震えるメリーが口にした、お姉さまという言葉。
 そう、もう一人のロイヤルブルー。
 厳つい男を前にして、たじろぎもせず、一歩ずつ歩み寄る。

「ちょうどいい、ロイヤルブルーが二人も。俺にも手柄を立てる機会がやってきたようだ」

 男はメリーの姉の後ろに兵士が並んでいるのにも、気づいたようだ。そして、カートとローズの姿も。

「役者はそろったな」

 メリーの姉は振り返りもせず、もう一歩、二人に歩み寄る。水溜りをサンダルで踏み、水滴が跳ねる。町娘がよく着るワンピースには不釣合いの大きな鞘から剣を抜く。
 柄の部分の珠から、青白い光が零れていた。

「何考えてる、俺が少しでも力を込めれば、こいつは死ぬぞ」

 涙を溜めたメリーの目に誰もが注目していた。

「まずは剣を捨てろ」

 言われたとおり、水溜りのある足元に突き刺す。

「怖い顔するなよ。交渉しようって言ってるんだ。まずはだな……」

 男が条件を出そうというところで、フレアが口を挟んだ。

「交渉は不要よ、ミスト……」

 ミスト、と呼ばれたもう一人の青い髪の少女は振り向かずに、うんと頷いた。

「なんだとっ、状況がわかってないのか!」

 男は叫んでいたが、ミストはまったく聞いていない。冷徹な瞳が男を捉えて離さない。
 彼女を中心として、冷気と風が周囲を包む。
 その後ろでフレアが指を鳴らす。
 空気の渦が鳴いていた。
 谷底から吹く、吹きさらしの風の音に近い。
 男がなんだ? と疑問を口にした、次の瞬間には悲鳴を上げた。一瞬にしてナイフが温度変化を起こしたのだ。握っていた手は火傷寸前になり、反射的にナイフを手放す。極度の熱量をもって、人の手には持てない温度になっていた。
 熱い、と驚いているうちにもう一つの波がきた。風に乗って、氷の刃が男の右肩を民家の壁に釘付けにした。男は衝撃と痛みに嗚咽をあげ、メリーはその瞬間に力いっぱい男を突き飛ばした。だが、その後は尻もちをついて、動けない。
 男はすでに戦闘不能だった。ミストは地面に突き刺した発光する剣を、男の喉元に向ける。

「……化け物どもめ」

 男は吐き捨てるように、ミストとフレアへ悪態をつく。
 ミストは突き刺そうとしていた剣を置き、男の肩に刺さる氷の刃に手をやった。青白い光が満ち、氷は溶けていくも、男の腕がぶるぶると震え、青白く染まっていく。

「殺しはしないよ」

 男を背中から蹴り飛ばして、フレアへ突き出した。
 厳しい表情続きだったミストも少し表情を緩ませる。
 フレアに向かって、これでいい? と確認してきた。
 やれやれとばかりにフレアは男の回収を兵士に命じる。
 それを見届けて、ミストはメリーに手を差し伸べた。

「……立てない」

 か細い声で腰を抜かしてしまったとアピールするメリーへ合わせるように屈みこみ、ゆっくりと抱きしめた。メリーの泣き声はカートの耳にまで届く。
 ほっとしたのも束の間、男は意識があるようで、わめきたてていた。
 そして、ローズを見つけて、

「おまえ、いいのか? 次はないんだぞ」

 と、はっきりと言った。
 兵士が一斉に注目してくる。ローズはひるんだ。あとずさり、首を振る。

「その男を連れていきなさい」

 フレアが厳しい声で指示をして、兵士はそれに従う。
 ローズは焦り、周囲を見回す。カートは落ち着けと肩を叩いた。疑いの視線があちこちから向けられるのだから、落ち着けるわけがないとローズは首を振る。

「この女性は彼とは所縁のない旅行者よ。私が確認した」

 旅券を確認したということだろう。フレアの号令に兵士は返事をして、攻撃的な視線が一斉に外れた。

 驚いたのはローズだ。口を開けて、パクパクしていた。

 涼しい顔をしているフレアの横顔を見ながら、余計なことを言うまいとカートは黙って見守った。
 青い髪の姉妹は静かにお互いの肩を抱いていた。
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