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#1 Transporter

ep.06 掃除の途中

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 ファイナリアシティの駅舎は天井が高い三角屋根だ。
 ホームと平行した壁に時計が設置されている。
 時刻通りの到着のようだ。
 列車が停止するとすぐさま荷役がとりつき、荷降ろし作業にかかる。
 黙っていても、ある程度は進めてくれるほど、ファイナリアの荷役は作業の段取りがされている。輸送管理官としてもやりやすい駅の一つだ。空になった誤着のコンテナを運び出す時、気づかれるのが唯一の気がかりだ。
 メリーに対して、もう一度箱に入るかと尋ねてみたが、力いっぱい抵抗され、拒否された。

「私は二度と、あの箱には入らない」

 黒いカツラを振りかざし、これで危機を乗り切ったと主張されると弱いところだ。ファイナリアは比較的安全だから、最終的によし、とした。

「食堂車で働いたし、その報酬ってことにしよう」
「なによ、偉そうに」

 キャプテンにも報告すると、殿下の言うとおりだなと笑っていた。
 そんなことよりも通常業務が忙しくなる時間帯だ。
 荷降ろしが順調なのを見計らって、事務所に顔を出す。
 ここの事務所も書類整理がしっかりと出来ていて、時々しかやってこない輸送管理官でもだいたいドコの棚にどんな資料があるかすぐわかる。
 すばらしい事務所だとキャプテンはいつもほめたたえる。
 恒例の引き取り確認のサインを要求し、書類の束を提出した後、それらが返ってくるまで整然とした名簿棚から最新のものを引っ張り出し、受け取り人を確認する。輸送管理官のルーチンワークだ。

 カートの眉がぴくりと動く。

「……貨物の方か」

 ある名前を見つけて、思わず独り言。
 貨物の引き取りは今夜だ。他方への荷捌きが終わって、ファイナリアシティ行きのものだけ寄せ集めが終わるのが夕方。さらにチェックが入って、夜。そこで引き渡しだ。
 例のコンテナには半日も閉じこめられるのはイヤだと言っていたのを思い出す。
 だが、受け取る方はそうは思っていない。
 予定通りに貨物の受け取り所へやってくるだろう。
 そこへ連れて行けばいいが、そう簡単に行くだろうか。
 しばらく逡巡し、この受取人名簿を借りていくことにした。
 カートの提出した書類も返ってきたことで、まとめて担いで列車に戻る。
 貨物ホームは事務所に比べて、にぎやかだ。
 男たちの叫び声や怒鳴り声、この駅独自に設置されている滑車がやかましい。

 書類を抱えて、個室に戻ろうと車両の扉を開けると、三角巾とエプロン姿で廊下をモップ掛けする青い髪の少女がいた。
 いきなり現れたカートの姿に面食らった様子でバランスを崩して転倒する。

 モップが引っかかって、バケツをもひっくり返して、水浸し。

 カートは頭を抱えた。

「なにやってんだ……」

「うるさいわね、脅かさないでよ、んもー」
「ちょっと待ってろ」

 一旦、部屋に戻って名簿や書類をおいて、雑巾やらタオルやらで床を拭く。

「なにもできないってバカにしてるでしょ」
「いや。失敗することはあるだろ」

 カートがフォローしても、メリーはふくれっつらのままだ。

「パステルさんにいって、雑巾もらってくるよ。ちょっと待ってろ」

 そう言い残して、食堂車へ急ぐ。経緯を話して、雑巾を両手いっぱいにもらう。
 仕事が増えたな、なんて言っちゃだめよ。
 パステルおばさんからそう諭された。
 これ以上不機嫌になられるのも困りものだ。確かに言葉には気をつけなければならない。

 寝台車に戻る途中、足が止まった。
 まさか、と思った。

 帽子こそかぶっていないが、ぱりっとしたコートで身を包んだ背丈のある女がカートの前に立ちふさがった。

「……早かったな、ローズ」

 市民憲兵として立ちふさがったローズがもう、ファイナリアにいた。

「貨物の南回りルートは三日、旅客の北回りルートは一日って教えたくれたのはカートじゃない」

 先日よりも穏やかにローズは語る。

「その気になれば国境だって、越えられるのよ。上層部の心がけしだい」

 ファイナリアに行けば安全、というわけではないようだ。

「それで」
「わかってるでしょ、皇女はどこ?」

 目の前の車両で掃除をしていると、言おうとして口をつぐんだ。

「黙っててもだめ。いることはわかってるのよ。私がわからない場所に隠したってこともわかってる」
「仕事中だ、あとにしてもらえないか」

 両手いっぱいに抱えた雑巾の束でアピールする。

「なによそれ、掃除でもするの」
「まあな」

 しばらくお互いが沈黙して、ローズが先に口を開いた。

「わかった。じゃあ仕事が終わるまで待ってるわ」
「観光でもしてきたらどうだ」
「そんな余裕があると思ってるの?」

 首を傾げて、車両のステップに足をかけた、その時。
 扉が蹴飛ばされるように目の前で開いた。
 三角巾姿のメリーの真剣な顔があらわれた。
 ローズが後ろにいる。マズイとメリーを止める、彼女はお構いなしに口を開く。

「どうして……言ってくれなかったの」
 嗚咽混じりに。 

「お姉さまが……迎えに来てるじゃない」

 手元には先ほど事務所から借りてきた名簿があった。

「貨物受け取り口ってどこ、私行ってくる」

 はずした三角巾とエプロンを両手がふさがっているカートに押しつけ、走り出す。
 カートが待て、落ち着けと叫んだところで、聞く耳はもっていなかった。
 突然の出来事に、ローズがようやくメリーがどこのだれかに気づいて、大声を上げる。

「ちょっとこれ持っててくれ」

 両手で抱えていたもの全部を無理矢理ローズに預け、カートはメリーの走った方向へ追いかけていく。

「どうするのよ、これ!」

 ローズの叫び声は届かない。


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