上 下
6 / 39
#1 Transporter

ep.06 掃除の途中

しおりを挟む

 ファイナリアシティの駅舎は天井が高い三角屋根だ。
 ホームと平行した壁に時計が設置されている。
 時刻通りの到着のようだ。
 列車が停止するとすぐさま荷役がとりつき、荷降ろし作業にかかる。
 黙っていても、ある程度は進めてくれるほど、ファイナリアの荷役は作業の段取りがされている。輸送管理官としてもやりやすい駅の一つだ。空になった誤着のコンテナを運び出す時、気づかれるのが唯一の気がかりだ。
 メリーに対して、もう一度箱に入るかと尋ねてみたが、力いっぱい抵抗され、拒否された。

「私は二度と、あの箱には入らない」

 黒いカツラを振りかざし、これで危機を乗り切ったと主張されると弱いところだ。ファイナリアは比較的安全だから、最終的によし、とした。

「食堂車で働いたし、その報酬ってことにしよう」
「なによ、偉そうに」

 キャプテンにも報告すると、殿下の言うとおりだなと笑っていた。
 そんなことよりも通常業務が忙しくなる時間帯だ。
 荷降ろしが順調なのを見計らって、事務所に顔を出す。
 ここの事務所も書類整理がしっかりと出来ていて、時々しかやってこない輸送管理官でもだいたいドコの棚にどんな資料があるかすぐわかる。
 すばらしい事務所だとキャプテンはいつもほめたたえる。
 恒例の引き取り確認のサインを要求し、書類の束を提出した後、それらが返ってくるまで整然とした名簿棚から最新のものを引っ張り出し、受け取り人を確認する。輸送管理官のルーチンワークだ。

 カートの眉がぴくりと動く。

「……貨物の方か」

 ある名前を見つけて、思わず独り言。
 貨物の引き取りは今夜だ。他方への荷捌きが終わって、ファイナリアシティ行きのものだけ寄せ集めが終わるのが夕方。さらにチェックが入って、夜。そこで引き渡しだ。
 例のコンテナには半日も閉じこめられるのはイヤだと言っていたのを思い出す。
 だが、受け取る方はそうは思っていない。
 予定通りに貨物の受け取り所へやってくるだろう。
 そこへ連れて行けばいいが、そう簡単に行くだろうか。
 しばらく逡巡し、この受取人名簿を借りていくことにした。
 カートの提出した書類も返ってきたことで、まとめて担いで列車に戻る。
 貨物ホームは事務所に比べて、にぎやかだ。
 男たちの叫び声や怒鳴り声、この駅独自に設置されている滑車がやかましい。

 書類を抱えて、個室に戻ろうと車両の扉を開けると、三角巾とエプロン姿で廊下をモップ掛けする青い髪の少女がいた。
 いきなり現れたカートの姿に面食らった様子でバランスを崩して転倒する。

 モップが引っかかって、バケツをもひっくり返して、水浸し。

 カートは頭を抱えた。

「なにやってんだ……」

「うるさいわね、脅かさないでよ、んもー」
「ちょっと待ってろ」

 一旦、部屋に戻って名簿や書類をおいて、雑巾やらタオルやらで床を拭く。

「なにもできないってバカにしてるでしょ」
「いや。失敗することはあるだろ」

 カートがフォローしても、メリーはふくれっつらのままだ。

「パステルさんにいって、雑巾もらってくるよ。ちょっと待ってろ」

 そう言い残して、食堂車へ急ぐ。経緯を話して、雑巾を両手いっぱいにもらう。
 仕事が増えたな、なんて言っちゃだめよ。
 パステルおばさんからそう諭された。
 これ以上不機嫌になられるのも困りものだ。確かに言葉には気をつけなければならない。

 寝台車に戻る途中、足が止まった。
 まさか、と思った。

 帽子こそかぶっていないが、ぱりっとしたコートで身を包んだ背丈のある女がカートの前に立ちふさがった。

「……早かったな、ローズ」

 市民憲兵として立ちふさがったローズがもう、ファイナリアにいた。

「貨物の南回りルートは三日、旅客の北回りルートは一日って教えたくれたのはカートじゃない」

 先日よりも穏やかにローズは語る。

「その気になれば国境だって、越えられるのよ。上層部の心がけしだい」

 ファイナリアに行けば安全、というわけではないようだ。

「それで」
「わかってるでしょ、皇女はどこ?」

 目の前の車両で掃除をしていると、言おうとして口をつぐんだ。

「黙っててもだめ。いることはわかってるのよ。私がわからない場所に隠したってこともわかってる」
「仕事中だ、あとにしてもらえないか」

 両手いっぱいに抱えた雑巾の束でアピールする。

「なによそれ、掃除でもするの」
「まあな」

 しばらくお互いが沈黙して、ローズが先に口を開いた。

「わかった。じゃあ仕事が終わるまで待ってるわ」
「観光でもしてきたらどうだ」
「そんな余裕があると思ってるの?」

 首を傾げて、車両のステップに足をかけた、その時。
 扉が蹴飛ばされるように目の前で開いた。
 三角巾姿のメリーの真剣な顔があらわれた。
 ローズが後ろにいる。マズイとメリーを止める、彼女はお構いなしに口を開く。

「どうして……言ってくれなかったの」
 嗚咽混じりに。 

「お姉さまが……迎えに来てるじゃない」

 手元には先ほど事務所から借りてきた名簿があった。

「貨物受け取り口ってどこ、私行ってくる」

 はずした三角巾とエプロンを両手がふさがっているカートに押しつけ、走り出す。
 カートが待て、落ち着けと叫んだところで、聞く耳はもっていなかった。
 突然の出来事に、ローズがようやくメリーがどこのだれかに気づいて、大声を上げる。

「ちょっとこれ持っててくれ」

 両手で抱えていたもの全部を無理矢理ローズに預け、カートはメリーの走った方向へ追いかけていく。

「どうするのよ、これ!」

 ローズの叫び声は届かない。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

八十年目の恋〜タイと日本の大福餅〜

十夢矢夢君(とむやむくん)
恋愛
太平洋戦争末期、一人の日本の陸軍軍医と駐屯地で出会ったタイ人女性が、ひょんなことから日本の和菓子『大福餅』を通して織りなす愛と友情の物語。彼らが生きた時代から八十余年を経て、その絆は今、新たな形で再び紡がれる――物語の舞台は第二次世界大戦の最中と現在のタイ王国。「二つの国を繋ぐ絆」と「新たな人生への挑戦」過去と現在が交錯する中で描かれる心温まる実話を基にしたヒューマンストーリー。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...