イリヤとミーナ〜ある王子と捕虜の女〜

桃華

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 次の日の朝…といってももう昼前だ。目が覚めると隣ではミーナがぐっすり眠っていた。
 その光景があまりに幸せで顔が自然とほころぶ。ミーナがそばにいる。それだけで幸せな気持ちになる。
 離れている間も忘れたことなんて一度も無かった。ミーナの全てを愛してる。
 そんなことを思いながらしばらく見つめていると、ミーナがゆっくりと目を開いた。

「おはよう。今度こそ朝だよ?」

「ん…。おはよう…」

 視線に気付いたのか、見ないでと呟いて恥ずかしそうにブランケットで顔を隠した。行動がいちいち可愛い。

「起きてたなら起こしてよ…」

「起きた瞬間から可愛いなぁ…って」

「そういうこと、恥ずかしげも無く言わないで」

そう言って、身体を起こそうとするミーナにガバッと覆い被さって、微笑みかけた。

「慌てて起きなくても…仕事休みでしょ?」

 何で知ってるの?と、言いたそうに、目を見開いたまま固まってしまっている。
 沈黙の中で、お腹の鳴る音が響いた。そう言えば、2人共昨日の朝から何も食べてない。顔を赤らめて俯いているミーナに「お腹空いたよね?」と、笑いかけた。

「何か食べに行こうか?」

「ダメだよ…。イリヤは目立ちすぎちゃうから」

「平気だよ」

「…もし、私といることがバレてしまったら?」

(ああ、なんだ。そういうことか…)

ミーナも同じように不安で堪らないんだ。きっと、また離れ離れになるのが嫌なんだ。
 寂しそうな顔をするミーナも新鮮でまたニヤけてしまう。

「そうだね。誰かに邪魔されたくはないね。…今日は部屋ですごそうか?」

そう言うとミーナの顔が真っ赤に染まっていく。返事をする代わりに、ミーナは僕の背中に腕を回して抱きついてきた。そんな、最大限の照れ隠しが愛おしくて仕方なかった。

「…今日が最後かもしれないから…」

ミーナは僕の胸に顔を埋めながら、ポツリと呟いた。不安そうにしているミーナの額に口付けると強く抱きしめた。

「最後なんかじゃないよ」

 神の導きなんて信じて無かったけどミーナと出会ってからは、あるんじゃないかと思えた。
 僕にとってこの国なんてどうでも良かった。不自由な生活。頭の悪い重鎮達。 
 
 バカバカしい『純血主義』を貫く限り、こんな脆い国は近いうちに潰れる。 
 そう何度も進言したけれど、誰も真剣に考えることはなかった。
 所詮何も知らない子供の戯言だって鼻で笑われてた。何を言っても無駄だ…なんて諦めてた。
 でもミーナと出会って全てが変わった。敵だらけの状況でたった1人で諦めずに戦ったミーナを見て、僕も本気で戦うことを決めたから。
 きっと神が『この国を守れ』と、伝える為に僕を引き合わせたんだろう。なんて思えた。
 まだまだ道の途中だけれど…。だからこそ、僕達は離れたりなんかしない。僕達は神に導かれたんだから、もう離れることは無い。だから子供もきっと授かると確信していた。

「…子供の名前はもう決めてあるんだ」

目を丸くしているミーナに微笑みかけた。

「男でも女でも『シュウ』にする」

「シュウ…?」

「『光』って意味を持ってるんだ」

「気が早いね…」

「いいと思ったんだけどな…?月の国に差し込む希望の光」

 呆れているようで、ミーナは嘘が下手だから喜んでいるのがバレバレだった。だってほら。不安そうだった顔がもう綻んでいる。

「…僕は女の子がいいな。だって絶対にミーナに似て可愛いから。…あ!!でも、待って!ミーナに似たら絶対に絶世の美女になるから…それはそれで、困るかな…」

1人でぶつぶつと呟いている僕を、ミーナが微笑みながら見つめてくれている。そこには、ただただ穏やかな時が流れた。

ーーそれから間もなく、ミーナの妊娠が分かった。

国王からは「結婚式は行わない」と、強く言われていた。それでいいと思っていた。
 ミーナの生い立ちは口外しない。社交の場にも一切出さない。それは当初からの約束だった。そもそも社交の場にミーナを連れて行きたくは無かったから。
 『結婚の義』はド派手だし疲れるので、別にやらなくてもいいやと思った。

 それに、僕とミーナには心から祝福してくれる仲間がいたから。

「お祝いしたいの。大切な2人の為に」

と、エレンさんとジーナさんが中心になって、手作りの結婚式を行ってくれた。

 ジーナさんはその時にはもう臨月だったから、大変だったと思うけれどずっと笑顔を絶やさずに準備をしてくれたらしい。
 参加者はエレンさん達や、孤児院の子供達。特に1番ミーナに懐いていた、『イリーナ』はフラワーガールをしてくれたし。
 ただ、フラワーガールのイリーナは、ミーナと離れて暮らす事になるのが嫌で、僕に対しては冷たかったけれど。
 その日ばかりは休戦しようか?と、声をかけておいた。
 そしたらイリーナも僕のそばにも寄ってきてくれた。
 そんな僕たちを、フラワーブーケを手にしたミーナは嬉しそうに微笑んでいた。
 そんなミーナが世界で一番綺麗だと思った。あの日に見せた、ミーナの幸せそうな笑顔を僕は絶対に守ってみせる。そう心に誓った。

***

 その後…産まれた子は、アメジスト色の瞳の綺麗な女の子だった。
 あの日の幸せな瞬間を忘れたことはない。産まれたばかりの小さな手に触れながら、「この子もミーナも僕が守る」と、心に誓ったんだ。

産まれた子の名前?

それはもちろん『シュウ』と名づけた。
僕たちの光だから。
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