セイレーンのガーディアン

桃華

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日常への帰還

15.呪われた王子様(テル)

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 ソファーの上で身体を横にすると、窓から差し込む夕陽が目に映った。

(この風景…家のリビングに似てるな)

 温かい夕陽の当たるソファーは、幼い頃の俺の特等席で…。よく横になって眠ってしまった。
 俺が眠るといつも母さんが起こしにやってくる。

 そう言えば、うちの母は子どもみたいなことを子どもに言う人だった。

 あれは十歳過ぎた頃。みんなの記憶を消して、俺にはお城でみんなと遊んでいたことは誰にも言うなと緘口令を出した。その後しばらくしてからの話だ。

 夕暮れのリビングで、俺とユリアはそれぞれに過ごしていた。
 母さんとソファーに座りながら、眠そうに寄りかかっているユリア。
 そして夕日が差し込む窓辺に座り、何を考えるでもなく外を見ていた俺。

「ユリアは王子様が見つけだしてくれたらいいね」

 微睡むユリアに母はいきなりそんなことを言い出した。
 あのユリアですら困惑して「うん…?」なんて言ってた気がする。
 それですら『いつも通り』だと思えるくらい、母さんは突拍子のない話しをして、子供のように笑う。

「テルは王子様になってあげてね?」

今度はいきなり俺に話を振ってきた。

「…何度も言うけど…。俺は王子様って感じじゃない。それはシュウっていう本物の王子様に任せるよ」

 その頃は、何故かその頃よく『シンデレラ』の話しをしていたから。またその類の話しかといつも通りの返しをした。

 今思えばその話しには意味があったんだと気づいた。俺から『シュウ』との思い出が消えたのか確認する為だったんだろう。

 「シュウ」の名前を出すたびに悲しそうな顔をしていたから。何となく、何でだろうって思っていた。

 シュウのことが記憶からだんだんと薄れてお城にも行けなくなって…。俺の記憶の中で『王子のような人』になった頃…。
 いつものように、母さんが俺の部屋で子守唄を歌った後に「おとぎ話をしよう」なんて言ってきたことがあった。

「もうシンデレラの話はいいよ。飽きたから。それに何度も言うけど俺は王子にはなれないよ」

「じゃあ、呪われた王子様の話しをする?」

「……何で王子にこだわるんだ…?」

「いいじゃん。ママが王子様好きなの知ってるでしょ?…パパみたいな…」

「惚気なら聞かないよ。明日も学校だし」

 母さんは父さんのことが好きすぎて…。よく子供相手に惚気ていたから。ため息を吐きながらそう言った。

「違うよ…惚気じゃない。…呪いで王子様の姿になったお姫様の話しだよ?」

「それなら、主役はお姫様であって王子様じゃないんじゃ…?」

「そこはいいの!美女と野獣だって、呪われた後の野獣が主役でしょ?だからいいの!」

「何だそれ……ややこしいな」

「そうね。うん…ややこしいの」

 何故か悲しそうに微笑みながら、母がベッドに腰を下ろした。

 これは長くなりそうだ。ツッコミを入れてしまった自分に後悔しつつ、話しを聞こうと身体を起こした。

「…心優しいお姫様は、本当は王子になりたくはなかったの。でも優しすぎて…周りの人から浴びせられる呪いの言葉で王子様になってしまったの」

 おとぎ話なはずなのに、やけに現実感を出してくる。お姫様にかけられたのは魔法じゃなくて「呪いの言葉」だし。
 呪いの言葉を投げかけたのは、魔女じゃなくて周りの人だ。

(呪われた王子様…か…)

 その話しを聞いて一番に思い浮かんだのは、お城でいつも手合わせをするあの子。
 
 色白で大きな瞳で中性的な顔立ち。身体の線は細いくせに俺の太刀筋を受け流し、艶やかな黒髪をなびかせ剣を振るう。
 気が強くて負けず嫌いのくせに、誰にでも優しい。時々みせる笑顔はどこか儚げで目が離せない。

(違うか。アイツはそんなタイプじゃない)

 あんなに仲が良かったはずなのに、名前すら思い出せない。それなのになぜか手合わせをする時の姿やその表情は、忘れていない。

(不思議だな…)

 そう言えば…最後に二人きりで会った時、泣いていた気がするけれど。何で泣いていたのかはもう思い出せない。
 
「……もし、テルがそのお姫様だったら、どうやって呪いを解く?」

 考えていた俺に、母はそんなことを聞いてきた。

「……そのままでいる。心優しいままならさ、姿が変わっても俺自身を見てくれる人はいるだろうから。呪いの言葉じゃなくて、救いの言葉をかけてくれる人が現れるまで待つよ」

「…そっか。救いの言葉か…」

「だってそのお姫様は呪いの言葉を吐かれながらも、王子になってしまっても、その場に留まることを選んだ強い奴じゃん。救いの言葉をかける人が一人でもいたら、きっと元に戻れるよ」

「強い奴か…。テルいいこと言うね?」

「まぁね……って、これ何のおとぎ話しだよ…?」

 あの時…母は俺の問いかけには答えずに、もう寝る時間だとブランケット掛けて俺の髪を撫でた。

「テル…そのまま変わらないでいてあげてね……」

 訳が分からな話しをして、勝手に部屋の明かりを落とした。
 腑に落ちない表情を見せる俺の前髪を撫でながら母は耳元に顔を寄せた。

「なるべく早くの呪いを解いてあげてね?」

 なぜかそう言って微笑んだ。今の話しが何なのか…母の伝えたかったことは何だろうと考えながら目を閉じた。

***

 微睡みの中で呼ぶ声がする。母と同じように前髪を撫でる手の感触も…。夢か現実かよくわからない。

 だけど呼ぶ声はシュウに似てる気もする。

(そんな訳無いか…今日の主役だし。準備の真っ最中だろう……)

 そう思いながらゆっくりと目を開くと、幼い俺が想像した至近距離で顔を覗き込んでいる。

「…え…?」

「あ………。その、起こしてごめんなさい。驚いたよね?」

 目が合うと、そのお姫様は頬を染めながら、身体を起こしてはにかんでいる。

(……綺麗……)

 胸元の大きく開いた白いドレスを身にまとい、頬を薄らと紅く染めながら微笑むその姿は物語の中から飛び出したプリンセスそのものだ。

 透き通るような白い肌に、宝石のようなアメジスト色の瞳。金色の髪飾りが艶やかな黒い髪に星のように光り輝いている。
 この世の者とは思えない美しい姿に、夢の続きを見ているのかもしれないと息をのんで固まった。

「………呪いは……解けたんだ…」

 ほうっと息を吐くと共に、そんなことを呟いてしまった。

「呪い?ふふ…珍しいね。寝ぼけてる?」

 目の前のプリンセスは夢じゃないよと俺の手を取ると、小さく咳払いをしながらクスッと微笑んでいる。

「そうだね?呪いは解けたよテル君」

「っ…シュウ!?」

 ようやく現実だと気づいた俺は青ざめて身体を起こした。

「おはよう」

 シュウは飛び起きた俺に向かって、嬉しそうに笑いかけた。

「おはよう…シュウ…」

 慌てて返事をする俺に向かって、またシュウは微笑んだ。
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