196 / 236
日常への帰還
6.好敵手(シュウ)
しおりを挟む
今日は朝から慌ただしかった。授業が終わり、普段より短いフィールド訓練を終えると、明日のパーティー準備の為に迎えに来ていたリムジンに乗り込み、お城へと向かう。
着いたら明日の即位式の流れの説明を受け、用意された衣装の確認。
ユリアが「即位式の流れが頭に入らない」と、泣きかけていたから適当でいいよ?と笑いかけた。
そしたらテル君は笑いながら私の名前を呼び、「ユリアを甘やかしたらダメ」とため息を吐いて言う。
そんな他愛もない会話にすら、私は頬を赤らめて俯いてしまった。
ただ、忙しすぎて今日は何とか正常を装えた。フィールド訓練でも、ヘマはしなかったはずだ。
(今日のやらかしはそれくらいで良かった……)
胸を撫で下ろして自室へ帰った頃にはもう夜も更けていた。
「お帰りなさいませ。シュウ様」
いつも通り城内での護衛を任されているバニラが、上着を受け取りに来てくれた。
バニラは数少ない、お父様の信用しているクラス1stのガーディアン。ジーナさんの愛弟子だと聞いている。
そんな人が、私の身の回りの世話までしてくれているなんて…。頭が下がるし、恐縮してしまう。
「ありがとう。バニラさん」
「遅くまでお疲れ様です。お食事、すぐに準備させて頂きますね?」
「いえ…疲れたので、今日はもう休もうかと…」
さっきから身体が異様に重い。最近の気疲れと…あと、ただ単に疲れてしまったんだろう。せっかくなのに申し訳ないけれど、すぐにでもベッドに入りたい。
「ダメですよ?婚約者様からも、食べさせるよう言われております。先にお風呂へどうぞ。すぐに食事の準備いたしますので」
『婚約者』という単語に、どきりとしてしまった。婚約者呼び方にまだ慣れていない。
バニラは、肩をすくめている私の背中を押してバスルームに押し込めてしまった。
(テル君が心配する程に疲れた顔をしているのかな?)
逆に不安になりながら鏡を見つめた。
いつも通りに見えるけれど、なんて頬に手を当ててみる。
(…明日こそは心配かけないようにしよう)
そんなことを心に誓いながら、お風呂を上がった。その時点でもう深夜近くになってしまっている。
この時間から食事をとる気にはなれないのだけど…。バニラが睨みを効かせているから、仕方なく席についた。
「…いただきます」
パーティーは明日の夜からだし、学校は休みだから、本当は眠りたいのに。なんて思いながら夕食をとった。
「大丈夫ですか…?シュウ様」
夕食を終えると身体は更に重くなった。それに…目をあけているのが辛いくらい眠い。椅子から自分では立ち上がれない。
「ここで寝ると風邪をひきますよ?…私の肩に手をかけてください」
バニラに支えられながら、何とか立ち上がると重い身体を引きずりながら、自室へ向かった。
(こんなに急激に眠くなるなんておかしい…。夕飯に毒でも入っていた?)
違う。…だって私に『毒』は効かない。昔毒を盛られたことがあったから…。あれから、あらゆる毒の研究をして自己治癒を強化したから。
普通に手に入るような毒だったら、私の体内に入った途端に『自己治癒魔法』で解毒されるはずだ。
(じゃあ、何でこんなに眠いんだろう…)
ぼんやりと霞む思考で、ふと思い出したのはジーナさんの言葉だ。「封印された記憶は二十歳で戻る」そう言っていた。
(…いきなりの眠気…これ…関係…してる…?)
「もうすぐ寝室ですから…頑張っ…て…!!」
最終的にはバニラに引きずられて、何とかベッドに入ることができた。
その時には完全に眠りに落ちてしまっていたのだけど。
そしてベッドに身を投げた途端に夢を見た。
***
子供の頃の自分の夢だ。視線も今より低いし、髪も短い。それに子供のアスカが腕にまとわりついている。
アスカは赤ちゃんの頃から、私と一緒にいてくれたから。これは8歳頃だと分かった。
(だとしたら…これは私の記憶だ…)
そう冷静になれた。
「シュウ!昨日は負けたけど、今日は勝つからな?」
聞き慣れた声に視線を移した。
「俺に勝てると思う?何回やっても同じ。もうとっくに見切ってるよ」
そう生意気な口を聞いたのは紛れもなく私で…。そして、振り返った視線の先には身長も、体つきも私と同じ位の男の子が模造刀の切先を向けて立っていた。
男の子になりたかった私は、一人前の王子になる為に強くなろうと、毎日のように剣術の稽古に明け暮れていた。
ガイアさんの指導の元、いつも二人で剣術の実戦訓練をしていたんだ。決まった子だった気がする。
幼い頃の私は、今と違って強かった。
お母様を守るという覚悟があったことも、私が強かった一因だったと思う。
男女の違い。種族の差の影響はそこまでない幼少期の話だ。同年代の子相手じゃ、私に敵う子はいなかった…はずだった。
(違う…。私と互角に戦える子がいたはずだ…)
一人だけ…力が強くて、センスのいい子がいた。その子とは互角に戦えてたから、剣術の稽古相手はいつもその子だった。
アスカが腕を解いて「いつもみたいに倒しちゃって!」と、煽るから。
私は模造刀の剣を引き抜いて、切先を向ける男の子と手合わせをすることにした。
間合いをとった所で、男の子が私に向かって剣を振り下ろす。
私はその動きを完全に読んでいた。大きく振りかぶる動作から、振り下ろす瞬間に横から剣を当てて受け流す。
振り下ろす力は強いけれど、私は見切っていたから簡単に剣を弾いて、逆に切先を、相手の喉元に押し当てた。
「…今日も、俺の勝ちだね…」
なんて格好をつけて言いながら、模造刀を腰の鞘に戻した。
「あーあ。シュウは太刀筋がいいな…。あと、目もいい。俺の剣を全部受け流せるのはシュウだけだよ」
そう言って笑いかけるその子は、子供の頃一番仲が良かった男の子だ。…と、言うよりライバルだった。
「テルはさ、いつも太刀筋が同じなんだよ。何の捻りもないから分かりやすいんだ」
褒められた私は、偉そうに減らず口を叩いて、澄ました笑みを浮かべた。
(…うん…?私…今『テル』って言った…?)
「そうかな?シュウ以外は簡単に当たるんだけどな…」
不貞腐れてそう呟く、その子の顔をもう一度見つめて息が止まった。
それは間違えなく『テル』だった。
今よりも大分幼い顔つき。声だって高い。視線の高さも今とは違って私と同じくらい。
だけど、面影がある優しい視線、ふとした時に見せる笑顔は、私の知っているテル君そのものだった。
気付いた瞬間に、走馬灯のように封印されていた記憶が頭に浮かんでくる。
お城で一緒にガイアさんの剣術指導を受けていた日々のこと。
レイ君とユリアをサキュバス達から助けた時…そばにいたのもテル君だった。
何気ない日常。『穢れた血』と蔑まれ、惨めになった時、いつもの調子で戦いを挑んでくるテルを見てホッとしていた。
テルだけは、私を『穢れた血』だなんて見ていなかった。私をシュウとしか見ていない、唯一の人だった。
テルは私の一番信用できる相手で…。そして、いい好敵手だったんだ。
***
息が苦しくて飛び起きた。やっぱり私はベッドの上だ。
震える手で痛む頭を押さえた。それと同時に涙が頬を伝う。
眠っていたはずだけどこれは夢なんかじゃない。これは私の記憶。全部…思い出した…昔のこと。あの日のことも…テル君のことも…。
着いたら明日の即位式の流れの説明を受け、用意された衣装の確認。
ユリアが「即位式の流れが頭に入らない」と、泣きかけていたから適当でいいよ?と笑いかけた。
そしたらテル君は笑いながら私の名前を呼び、「ユリアを甘やかしたらダメ」とため息を吐いて言う。
そんな他愛もない会話にすら、私は頬を赤らめて俯いてしまった。
ただ、忙しすぎて今日は何とか正常を装えた。フィールド訓練でも、ヘマはしなかったはずだ。
(今日のやらかしはそれくらいで良かった……)
胸を撫で下ろして自室へ帰った頃にはもう夜も更けていた。
「お帰りなさいませ。シュウ様」
いつも通り城内での護衛を任されているバニラが、上着を受け取りに来てくれた。
バニラは数少ない、お父様の信用しているクラス1stのガーディアン。ジーナさんの愛弟子だと聞いている。
そんな人が、私の身の回りの世話までしてくれているなんて…。頭が下がるし、恐縮してしまう。
「ありがとう。バニラさん」
「遅くまでお疲れ様です。お食事、すぐに準備させて頂きますね?」
「いえ…疲れたので、今日はもう休もうかと…」
さっきから身体が異様に重い。最近の気疲れと…あと、ただ単に疲れてしまったんだろう。せっかくなのに申し訳ないけれど、すぐにでもベッドに入りたい。
「ダメですよ?婚約者様からも、食べさせるよう言われております。先にお風呂へどうぞ。すぐに食事の準備いたしますので」
『婚約者』という単語に、どきりとしてしまった。婚約者呼び方にまだ慣れていない。
バニラは、肩をすくめている私の背中を押してバスルームに押し込めてしまった。
(テル君が心配する程に疲れた顔をしているのかな?)
逆に不安になりながら鏡を見つめた。
いつも通りに見えるけれど、なんて頬に手を当ててみる。
(…明日こそは心配かけないようにしよう)
そんなことを心に誓いながら、お風呂を上がった。その時点でもう深夜近くになってしまっている。
この時間から食事をとる気にはなれないのだけど…。バニラが睨みを効かせているから、仕方なく席についた。
「…いただきます」
パーティーは明日の夜からだし、学校は休みだから、本当は眠りたいのに。なんて思いながら夕食をとった。
「大丈夫ですか…?シュウ様」
夕食を終えると身体は更に重くなった。それに…目をあけているのが辛いくらい眠い。椅子から自分では立ち上がれない。
「ここで寝ると風邪をひきますよ?…私の肩に手をかけてください」
バニラに支えられながら、何とか立ち上がると重い身体を引きずりながら、自室へ向かった。
(こんなに急激に眠くなるなんておかしい…。夕飯に毒でも入っていた?)
違う。…だって私に『毒』は効かない。昔毒を盛られたことがあったから…。あれから、あらゆる毒の研究をして自己治癒を強化したから。
普通に手に入るような毒だったら、私の体内に入った途端に『自己治癒魔法』で解毒されるはずだ。
(じゃあ、何でこんなに眠いんだろう…)
ぼんやりと霞む思考で、ふと思い出したのはジーナさんの言葉だ。「封印された記憶は二十歳で戻る」そう言っていた。
(…いきなりの眠気…これ…関係…してる…?)
「もうすぐ寝室ですから…頑張っ…て…!!」
最終的にはバニラに引きずられて、何とかベッドに入ることができた。
その時には完全に眠りに落ちてしまっていたのだけど。
そしてベッドに身を投げた途端に夢を見た。
***
子供の頃の自分の夢だ。視線も今より低いし、髪も短い。それに子供のアスカが腕にまとわりついている。
アスカは赤ちゃんの頃から、私と一緒にいてくれたから。これは8歳頃だと分かった。
(だとしたら…これは私の記憶だ…)
そう冷静になれた。
「シュウ!昨日は負けたけど、今日は勝つからな?」
聞き慣れた声に視線を移した。
「俺に勝てると思う?何回やっても同じ。もうとっくに見切ってるよ」
そう生意気な口を聞いたのは紛れもなく私で…。そして、振り返った視線の先には身長も、体つきも私と同じ位の男の子が模造刀の切先を向けて立っていた。
男の子になりたかった私は、一人前の王子になる為に強くなろうと、毎日のように剣術の稽古に明け暮れていた。
ガイアさんの指導の元、いつも二人で剣術の実戦訓練をしていたんだ。決まった子だった気がする。
幼い頃の私は、今と違って強かった。
お母様を守るという覚悟があったことも、私が強かった一因だったと思う。
男女の違い。種族の差の影響はそこまでない幼少期の話だ。同年代の子相手じゃ、私に敵う子はいなかった…はずだった。
(違う…。私と互角に戦える子がいたはずだ…)
一人だけ…力が強くて、センスのいい子がいた。その子とは互角に戦えてたから、剣術の稽古相手はいつもその子だった。
アスカが腕を解いて「いつもみたいに倒しちゃって!」と、煽るから。
私は模造刀の剣を引き抜いて、切先を向ける男の子と手合わせをすることにした。
間合いをとった所で、男の子が私に向かって剣を振り下ろす。
私はその動きを完全に読んでいた。大きく振りかぶる動作から、振り下ろす瞬間に横から剣を当てて受け流す。
振り下ろす力は強いけれど、私は見切っていたから簡単に剣を弾いて、逆に切先を、相手の喉元に押し当てた。
「…今日も、俺の勝ちだね…」
なんて格好をつけて言いながら、模造刀を腰の鞘に戻した。
「あーあ。シュウは太刀筋がいいな…。あと、目もいい。俺の剣を全部受け流せるのはシュウだけだよ」
そう言って笑いかけるその子は、子供の頃一番仲が良かった男の子だ。…と、言うよりライバルだった。
「テルはさ、いつも太刀筋が同じなんだよ。何の捻りもないから分かりやすいんだ」
褒められた私は、偉そうに減らず口を叩いて、澄ました笑みを浮かべた。
(…うん…?私…今『テル』って言った…?)
「そうかな?シュウ以外は簡単に当たるんだけどな…」
不貞腐れてそう呟く、その子の顔をもう一度見つめて息が止まった。
それは間違えなく『テル』だった。
今よりも大分幼い顔つき。声だって高い。視線の高さも今とは違って私と同じくらい。
だけど、面影がある優しい視線、ふとした時に見せる笑顔は、私の知っているテル君そのものだった。
気付いた瞬間に、走馬灯のように封印されていた記憶が頭に浮かんでくる。
お城で一緒にガイアさんの剣術指導を受けていた日々のこと。
レイ君とユリアをサキュバス達から助けた時…そばにいたのもテル君だった。
何気ない日常。『穢れた血』と蔑まれ、惨めになった時、いつもの調子で戦いを挑んでくるテルを見てホッとしていた。
テルだけは、私を『穢れた血』だなんて見ていなかった。私をシュウとしか見ていない、唯一の人だった。
テルは私の一番信用できる相手で…。そして、いい好敵手だったんだ。
***
息が苦しくて飛び起きた。やっぱり私はベッドの上だ。
震える手で痛む頭を押さえた。それと同時に涙が頬を伝う。
眠っていたはずだけどこれは夢なんかじゃない。これは私の記憶。全部…思い出した…昔のこと。あの日のことも…テル君のことも…。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる