セイレーンのガーディアン

桃華

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日常への帰還

6.好敵手(シュウ)

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 今日は朝から慌ただしかった。授業が終わり、普段より短いフィールド訓練を終えると、明日のパーティー準備の為に迎えに来ていたリムジンに乗り込み、お城へと向かう。
 着いたら明日の即位式の流れの説明を受け、用意された衣装の確認。
 ユリアが「即位式の流れが頭に入らない」と、泣きかけていたから適当でいいよ?と笑いかけた。

 そしたらテル君は笑いながら私の名前を呼び、「ユリアを甘やかしたらダメ」とため息を吐いて言う。
 そんな他愛もない会話にすら、私は頬を赤らめて俯いてしまった。

 ただ、忙しすぎて今日は何とか正常を装えた。フィールド訓練でも、ヘマはしなかったはずだ。

(今日のはそれくらいで良かった……)

 胸を撫で下ろして自室へ帰った頃にはもう夜も更けていた。

「お帰りなさいませ。シュウ様」

 いつも通り城内での護衛を任されているバニラが、上着を受け取りに来てくれた。
 バニラは数少ない、お父様の信用しているクラス1stのガーディアン。ジーナさんの愛弟子だと聞いている。
 そんな人が、私の身の回りの世話までしてくれているなんて…。頭が下がるし、恐縮してしまう。

「ありがとう。バニラさん」
「遅くまでお疲れ様です。お食事、すぐに準備させて頂きますね?」
「いえ…疲れたので、今日はもう休もうかと…」

 さっきから身体が異様に重い。最近の気疲れと…あと、ただ単に疲れてしまったんだろう。せっかくなのに申し訳ないけれど、すぐにでもベッドに入りたい。

「ダメですよ?婚約者様からも、食べさせるよう言われております。先にお風呂へどうぞ。すぐに食事の準備いたしますので」

 『婚約者』という単語に、どきりとしてしまった。婚約者その呼び方にまだ慣れていない。
 バニラは、肩をすくめている私の背中を押してバスルームに押し込めてしまった。

(テル君が心配する程に疲れた顔をしているのかな?)

 逆に不安になりながら鏡を見つめた。
 いつも通りに見えるけれど、なんて頬に手を当ててみる。

(…明日こそは心配かけないようにしよう)

 そんなことを心に誓いながら、お風呂を上がった。その時点でもう深夜近くになってしまっている。
 この時間から食事をとる気にはなれないのだけど…。バニラが睨みを効かせているから、仕方なく席についた。

「…いただきます」

 パーティーは明日の夜からだし、学校は休みだから、本当は眠りたいのに。なんて思いながら夕食をとった。

「大丈夫ですか…?シュウ様」

 夕食を終えると身体は更に重くなった。それに…目をあけているのが辛いくらい眠い。椅子から自分では立ち上がれない。

「ここで寝ると風邪をひきますよ?…私の肩に手をかけてください」

 バニラに支えられながら、何とか立ち上がると重い身体を引きずりながら、自室へ向かった。

(こんなに急激に眠くなるなんておかしい…。夕飯に毒でも入っていた?)

 違う。…だって私に『毒』は効かない。昔毒を盛られたことがあったから…。あれから、あらゆる毒の研究をして自己治癒を強化したから。
 普通に手に入るような毒だったら、私の体内に入った途端に『自己治癒魔法』で解毒されるはずだ。

(じゃあ、何でこんなに眠いんだろう…)

 ぼんやりと霞む思考で、ふと思い出したのはジーナさんの言葉だ。「封印された記憶は二十歳で戻る」そう言っていた。
 
(…いきなりの眠気…これ…関係…してる…?)

「もうすぐ寝室ですから…頑張っ…て…!!」

 最終的にはバニラに引きずられて、何とかベッドに入ることができた。
 その時には完全に眠りに落ちてしまっていたのだけど。
 そしてベッドに身を投げた途端に夢を見た。

***

 子供の頃の自分の夢だ。視線も今より低いし、髪も短い。それに子供のアスカが腕にまとわりついている。
 アスカは赤ちゃんの頃から、私と一緒にいてくれたから。これは8歳頃だと分かった。

(だとしたら…これは私の記憶だ…)

そう冷静になれた。

「シュウ!昨日は負けたけど、今日は勝つからな?」

聞き慣れた声に視線を移した。

「俺に勝てると思う?何回やっても同じ。もうとっくに見切ってるよ」

 そう生意気な口を聞いたのは紛れもなく私で…。そして、振り返った視線の先には身長も、体つきも私と同じ位の男の子が模造刀の切先を向けて立っていた。

 男の子になりたかった私は、一人前の王子になる為に強くなろうと、毎日のように剣術の稽古に明け暮れていた。

 ガイアさんの指導の元、いつも剣術の実戦訓練をしていたんだ。決まった子だった気がする。
 幼い頃の私は、今と違って強かった。 
 お母様を守るという覚悟があったことも、私が強かった一因だったと思う。

 男女の違い。種族の差の影響はそこまでない幼少期の話だ。同年代の子相手じゃ、私に敵う子はいなかった…はずだった。

(違う…。私と互角に戦える子がいたはずだ…)

 一人だけ…力が強くて、センスのいい子がいた。その子とは互角に戦えてたから、剣術の稽古相手はいつもその子だった。

 アスカが腕を解いて「いつもみたいに倒しちゃって!」と、煽るから。
 私は模造刀の剣を引き抜いて、切先を向ける男の子と手合わせをすることにした。

 間合いをとった所で、男の子が私に向かって剣を振り下ろす。
 私はその動きを完全に読んでいた。大きく振りかぶる動作から、振り下ろす瞬間に横から剣を当てて受け流す。
 振り下ろす力は強いけれど、私は見切っていたから簡単に剣を弾いて、逆に切先を、相手の喉元に押し当てた。

「…今日も、俺の勝ちだね…」

 なんて格好をつけて言いながら、模造刀を腰の鞘に戻した。

「あーあ。シュウは太刀筋がいいな…。あと、目もいい。俺の剣を全部受け流せるのはシュウだけだよ」

 そう言って笑いかけるその子は、子供の頃一番仲が良かった男の子だ。…と、言うよりライバルだった。

「テルはさ、いつも太刀筋が同じなんだよ。何の捻りもないから分かりやすいんだ」

 褒められた私は、偉そうに減らず口を叩いて、澄ました笑みを浮かべた。

(…うん…?私…今『テル』って言った…?)

「そうかな?シュウ以外は簡単に当たるんだけどな…」

 不貞腐れてそう呟く、その子の顔をもう一度見つめて息が止まった。

 それは間違えなく『テル』だった。

 今よりも大分幼い顔つき。声だって高い。視線の高さも今とは違って私と同じくらい。
 だけど、面影がある優しい視線、ふとした時に見せる笑顔は、私の知っているテル君そのものだった。


気付いた瞬間に、走馬灯のように封印されていた記憶が頭に浮かんでくる。

お城で一緒にガイアさんの剣術指導を受けていた日々のこと。

レイ君とユリアをサキュバス達から助けた時…そばにいたのもテル君だった。

 何気ない日常。『穢れた血』と蔑まれ、惨めになった時、いつもの調子で戦いを挑んでくるテルを見てホッとしていた。
 テルだけは、私を『穢れた血』だなんて見ていなかった。私をシュウとしか見ていない、唯一の人だった。

テルは私の一番信用できる相手で…。そして、いい好敵手ライバルだったんだ。

***

 息が苦しくて飛び起きた。やっぱり私はベッドの上だ。
 震える手で痛む頭を押さえた。それと同時に涙が頬を伝う。

 眠っていたはずだけどこれは夢なんかじゃない。これは私の記憶。全部…思い出した…昔のこと。あの日のことも…テル君のことも…。
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