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王妃の思惑
1.治癒(テル)
しおりを挟むユリアの病室でケーキを食べていると、国王が入って来た。
何事かと思っていたら、ユリアは騒ぎが落ち着くまで病院で過ごさせる。と、伝えに来たらしい。
「ガイア君は別件で出て行ってしまったし…。ユリアちゃんの護衛は、ジーナさんに任せたから、テル君は継続してシュウについていて欲しい」
慌ただしく国王からそう伝えられた。
ユリアの護衛に回されなくて良かったと思っていたら、隣りに座ったシュウも安堵のため息を漏らしていた。それに気づいて嬉しくなる。
ユリアと戻って来たジーナさんが、気を使って仮眠をとるように言ってくれたから、夕食までユリアの病室で仮眠をとることにした。
ーーそして今。いつも通りシュウの部屋で話しをしながら、眠るまでの時間を過ごしていた。
静かな時間。微笑みながら話す何気のないことを、口角を上げて聞いているだけ。
腕の注射跡や太腿に残っている傷跡が、まだ全快していないことを物語っている。
それでも、笑顔が戻ってきたシュウを見ていると嬉しくなった。
深夜を回ったころ、微睡んできたシュウに一緒に寝る?って聞かれたけれど、それは全力で拒否した。
(一緒に寝たいけれど、理性が持たない…)
俺がどれだけ我慢しているのかをシュウは知らない。今だって触れたくて仕方がないことも。
その白い頸に唇を落として、たわわな胸に触れてみたい。その胸の頂きに吸い付いて舌で転がしたい。その綺麗な顔を蕩けさせたい…とか、普通に思っているし。
(………ダメだ。もーそろそろ理性の限界なんだけど。…これ…なんの修行だよ…)
なんて思いながら、ベッドに横になったシュウから視線を逸らすのが精一杯。
俺の気なんて知る由もないシュウは、ベッドに入ると俺の手に指を絡めた。
「手は握っていてくれる…?」
上目遣いで頬を薄らと赤らめながらいうその表情も、その全てが可愛くて綺麗で仕方ない。
必死に澄ました表情を作りながら「もちろんだよ?」と握り返す。
(あぁ…今日も眠れない。まぁ…眠ったらダメだけれど)
空が白みはじめて来た頃、ようやくベッドから寝息が聞こえてきた。
綺麗な寝顔に触れながら、いつものようにベッドの横に座ると、ふとカーテンの隙間から淡い光が差し込んできた。
(普段と違うな。聖域の帳…?いや…この感覚は…)
「ユリアか…?」
歌声は届いていないはずなのに、身体にピリつく感覚がある。
(レイを治そうと歌ってるのか…?何考えてるんだよ。アイツは)
苛立ちながら考えていると、ふと目に映ったシュウの異変に気がついた。
腕に残る傷が薄くなり、みるみるうちに消えていった。
どう考えてもユリアの回復の歌だ。
セイレーンの歌は聞こえないと効果は無いはずだ。普通より耳のいい俺にすら、何も聞こえない。
そもそもシュウは眠ってしまっている状態だ。歌の効果は無いはずだ。
一つだけ思い当たることがある。魔力吸収による力の暴発だ。
暴発にどれほどの威力があるのか俺は知らない。ユリアも分からないはずだ。だからこそこうなってしまったんじゃないかなんて考えた。
(まさかな…それはないか)
レイはユリアが歌わないように、自分に近づけるなと言っていたし。それに例え魔力吸収なったとしても、ユリアは吸収した魔力をコントロール出来るようになっているはずだ。
(そもそも、病院でそんなことにならないか)
とりあえず、傷が治ったことはシュウが目覚めてから、すぐ国王に知らせようか。なんて暢気に考えていた。
***
午前7時少し前。いつもならとっくに目を覚ますはずのシュウが目を覚さないことに、若干の違和感を覚えた。
それに、外から慌ただしく動き回る音が聞こえる。
何事だろうと思っていると、王妃からの連絡が入った。
「テル君、いきなりごめんなさいね?今からレイ君の病室に来てくれる?部屋番号は…」
「ま…待ってください!シュウがまだ眠ってる…」
「シュウの回復には『休息』も必要だったのかしら?まあ、大丈夫よ。そのまま寝かせておいてあげて?それに、護衛は全快した『ゼル君』に頼んだわ。後からアスカちゃんも合流してくれるから、心配しないで?」
ゼルは確か力のコントロールが出来なくなっていたんじゃなかったのか?その理由も不明だしお手上げだと言っていた。それが一晩で全快したって、どういうことだ?
「イリヤがレイ君の部屋で倒れてしまったの」
「なっ…国王が!?」
「イリヤが倒れたのは私が無理させたからなんだけれど」
イヤフォン越しに王妃が申し訳無さそうにそう呟いた。
「王妃が?……もしかしてシュウの傷が治ったのも、国王が倒れたことに関係していますか?」
「…そうね。そのことも踏まえてテル君にいろいろと伝えておきたいの。……それにね」
「それに?」
「テル君がいないと、レイ君とジーナの言い合いの収拾がつかなくて…。それにユリアちゃんもまだ眠ったままだし」
「…ユリアもそこにいるんですか?」
「そうなの。その…事情は来てくれたら話すから…来てくれないかしら?」
(……あいつら何やってるんだ?)
ため息しか出てこない。分かりましたと、返事をして話を終えた。
(何となく王妃の言う『事情』が分かってしまう)
こっちは必死で理性を保っているのに、あのバカップルは周りの迷惑とか何も考えていない。そして、何故か毎回巻き込まれてしまう。そう思うと無性に腹が立ってきた。
苛立ちながら部屋を出る準備をしているところに、ゼルが入ってきた。
「テルさんお久しぶりです。…あれ?少し痩せました?顔色悪いですよ?」
「久しぶりだな。お見舞いに行けなくて悪かった。ゼルは元気そうで良かったよ」
「僕はリミッターが外れた状態だっただけで、基本的に元気でした。テルさんのことはアスカさんから聞いてます」
「大変でしたね?」と微笑むゼルに、大きなため息で「今朝が一番大変だよ」と、無表情で返事をした。
それから少し襲撃の時の事を話した。ゼルは俺がシュウを助ける為に動いた分、一番動き回ってくれたから。
「ありがとう。ゼルのおかげでシュウを助けられた。」
「僕なんてまだまだですよ。もっと強くなれるように頑張りますね」
なんて言いながら、扉の横に置かれた椅子に腰掛けている。
「そういえば…ゼルも今朝いきなり治ったのか?」
「はい。起きると力のセーブが出来るように戻ってました。不思議ですよね?」
やっぱりゼルも『今朝戻った』んだ。そうなると、ユリアの歌の力が原因だろうと予測がついた。
考えながら、大剣を装備してグローブを手にした。
「……あの……そんな物騒な装備してどこに行くんですか?」
「決まってるだろ?バカップルの制裁」
「……ああ!レイさんですね!お気をつけて」
ゼルがにっこりと笑って手を振った。バカップルで通じてしまうことに、また大きなため息をついた。
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