セイレーンのガーディアン

桃華

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レイの過去

22.何年経っても…(イリヤ)

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 イリヤ国王は病院内の自室へと向かって歩いていた。
 レイの治療を終えて、ユリアにもこの病院に残るよう伝えた。その後に公務を済ませて、軽い夕食を取ることができたのは夜更けだった。

 目まぐるしい日々だったけれど、ようやく終わりが見えてきた。
 今日で全員の尋問も終わったし、養成校も授業を再開することができた。
 ルシウスがイーターと手を組んだ理由も、ユリアちゃんがセイレーンだとイーターに教えない確証も得た。


 ルシウスはユリアちゃんがミーナによるセイレーンの交配実験の結果産まれたのだと勘違いしている。
 そして勝手にユリアちゃんに執着して、勝手に仲間意識をもち、仇討ちをしたいと思っている。
 怒りの方向は全て僕達に向いている。イーターと手を組んだのは『穢れた血』の排除のためだけだ。

(…つくづくバカな弟だと呆れるよ…)

 ルシウスの方が両親に甘やかされて育ったとはいえ、同じような教育を受けてきたはずなのに。
 僕は天使族…その他全ての種族での共存の道を選んで、ルシウスは古の掟に縛られた。
 父がルシウスにどうやって「純血主義」の思想を植え付けたのかはわからない。
 だけど、今だにルシウスは純血ではないミーナを恨んでいる。幼い頃に受けたで、ここまで破滅するものなのかと、大きなため息をついた。

(お陰で僕はここ10日間は眠れてない…)

 襲撃前のミシアへの遠征。それから襲撃の後処理。襲撃で重傷を負った者の治療。
 夜はユリアちゃんを匿うために、病院全体を聖域で覆う。
 聖域はアンデットの侵入を防ぐ為仕方ない。アンデットはイーターの下部として、情報を集めるから。
 ここ数日…聖域で覆われた病院に、レイスが何体か入ろうとして弾けた気配を感じ取った。

(今…聖域これを解く訳にはいかないな)

横になるのは、日中の僅かな時間だけ。10日の間に眠れたのは数時間にも満たない。今日だってもう深夜を回ってる。

(さすがにもう限界かも…)

 ふらつきながら自室の扉を開くと、白いシースルーのネグリジェ姿のミーナが「おかえりなさい」と出迎えてくれた。

(ああ…女神だ…)

 キャミソールから溢れそうな胸元に、スリットから伸びた白い太腿。それだけでも女神なのに、薄らと僕に向けて微笑む表情まで女神。
 目の保養。全てを癒してくれるミーナに抱きつき、「もー無理。しんどい」と叫んでその胸に顔を埋めた。
 僕があまりに疲れているからか、ミーナはいつもより優しかった。頭をよしよしと撫でて抱きしめてくれた。

「お疲れ様。コーヒーでも淹れようか?それともお腹空いてる?何か用意しようか?」

「ん…ありがとう。甘いものがいいな。まだ今夜も眠れそうにないからね。あ、ミーナはいつでも休んでいいからね?」

「気を使ってくれてありがとう…すぐに準備するわね?」

 ミーナが離れるとソファーに身体を投げ出した。秒で眠れそうだけれど、眠ると『聖域』は消えてしまう。

 聖域の継続は聖力消費も…体力消費も半端ない…。常に意識していないと消えてしまう。

 『ルシウス』は襲撃を失敗しているから、しばらくは襲ってはこないだろう。そっちはいいけれど…。

 イーターがセイレーンのこと…探っていそうだ。
 色々なことが起こり過ぎた上に、レイ君まであの状態…。ユリアちゃんがいつ「セイレーン」の力を使ってしまうかわからない。
 だからこそ、聖域を解いてしまうのは危険だと判断した。

(せめて、レイ君の体調が戻るまでは…こうするしかないだろうな…)

「お待たせ。ケーキはさっき作ったの。イリヤの大好きなガトーショコラ」

 考えていると、コーヒーとケーキをワゴンで運んできたミーナが、テーブルに並べてくれた。

「ずっと聖域を張ってるから…カロリー消費も多いでしょ?甘めに作っておいたから…」

 そう言うとチョコレートの甘い香りを漂わせながら、僕の隣に座った。

「え…なになに?!僕の為に作ってくれたの?」

「…ずっと疲れた顔してたから」

「え…嬉しい。もう限界かと思ってたけど…頑張れそう」

「そう…?それなら良かった」

 微笑みを浮かべながら、ミーナは髪を耳にかけてガトーショコラにナイフを入れる。
 ネグリジェから露わになった白い太腿が、僕の膝に当たる柔らかい感触。その美しい横顔。
 何年経っても出会ったあの日のように僕の心を掴んで離さない。

 大事に守ってきたシュウとミーナの姿は今回の件で公の場に晒すこととなってしまった。
 案の定『ブルームンに破滅をもたらす麗しの悪女』と『美貌に惑わされた王』として、一部の純血主義者が騒ぎ始めた。

(…お前等を護っているのは、排除しろと言っている他種族のガーディアンなのに)

 聖域魔法を作り出したのはミーナだし、イーターの急襲で傷ついたガーディアン達を一番治療しているのもミーナだ。
 そもそもイーターと戦っているガーディアン達に、純血の天使族なんて僅かな者しかいないのに。

 誰に護られているかも分からず、護ってくれている者達に石をなげる…。そんな奴らの罵詈雑言をここ数日で嫌になるほど浴びた。

 汚い人から吐き出される、汚い言葉ばかり受けていると、自分まで荒んできそうで怖くなる。
 弱ってしまったシュウを見ると、これで良かったのか?なんて、不安に駆られる。

 そんな時、いつもミーナは「2人がいてくれて幸せ」と、微笑みかけてくれる。何があってもその感情はブレない。
 ミーナ綺麗な者を見ると、心が洗われたようになる。だから毎日、ミーナの笑顔を見ることで自分を取り戻していた。

「はい、どうぞ」

横顔に見惚れていると、ミーナが微笑みながらケーキを目の前に差し出した。

「ありがとう」

 差し出されたガトーショコラを受けとり一口食べてみた。芳醇なチョコの味が口いっぱいに広がる。
 美味しい?なんて不安そうに聞くから「美味しいに決まってる!」と言って、もう一口食べた。

「あのさ…イリヤ…お願いがあるんだけど…」

 いきなりミーナがそっと膝に手を乗せて、上目遣いで見つめて呟いた。

(今まで、ミーナにお願いされたことに、にろくなことが無いんだけど…)

「…何…?」

「今夜だけ、病院の聖域を強化してくれないかな…?今から…明け方まででいいから」

 手にしていたコーヒーカップを落としそうになった。今から夜明けまでって3・4時間ある。
 ただでさえ消耗の激しい聖域魔法…それを強化して長時間なんて…。

(ミーナは僕を殺す気なんじゃ…)

「僕…眠れてなくて…それに疲労困憊なんだけど…?」

 顔が引き攣る。そんなことしたら、途中で意識を飛ばしそうで怖い。
 それに聖域に聖力を使いすぎると、治癒魔法にも影響がでてしまう。
 医師達の治癒魔法でなんとかなるだろうけれど、レイ君は僕しか使えない治癒魔法で治療してる。聖力切れは出来れば避けたい。

(日中は公務も控えてるし…倒れるわけにはいかないんだけど)
 
「うん。無理させて…ごめんね?って思ってる。でも、イリヤなら出来るんじゃないかなって…」

 潤んだ瞳で上目遣い。口元に手を添えながら「ダメかな?」と首を傾げる。

「…そんなかわいい顔しても無理なものは無理だよ…」

「………今日頑張れば、明日からは眠れると思うの。イリヤが頑張ってくれれば…全部うまくいくんだけど…それでもダメかな?」

 そう言ってさらに身体を寄せて、腕にしがみついてきた。結局僕は愛おしいミーナのお願いを断ることなんて出来ない。
 腕を絡ませるミーナは、困った表情を見せてはいるけれど、きっと僕の答えなんて分かってる。

「…分かったよ…。途中で聖力切れを起こしたらその時は諦めてよ…」

「…無理してくれてありがとう。必ず朝にはイリヤもしといて良かったって…そう思うから。今すぐ強化してね?」

 巻きつけた腕を離れると、ミーナは意味深なことを言って僕と距離をおいた。
 そして、何故か早く早く!と急かす。
 ため息を吐いてコーヒーのカップを下ろし、そっと瞳を閉じた。

 口の中で小さく呪文を唱えると、病院の周囲に降ろされた、帳のオーロラ色が濃くなりその光を増した。
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