セイレーンのガーディアン

桃華

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レイの過去

1.大切な人(ユリア)

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 落ち着きなく病室の中を歩き回っている。今日は感情の起伏に自分自身ついて行けてない。

「ユリアちゃん落ち着いて?」

ジーナさんが座るように声をかけてくれたけれど、落ち着いてなんていられない。あんなに苦しんでるレイを始めて見た気がする。

「でも…レイが…」

「大丈夫よ。イリヤが治してくれてるから。座ってこれ食べて?」

そう言ってケーキを目の前に差し出してくれた。とりあえず座ってみたものの、食べる気になんてならない。話も出来ないまま、またレイはどこかに行ってしまった。

(聞いても話してはくれないだろうけど)

 無理しないで残していいからね?なんて言いながら、みんなの前にケーキを配っていく。その声もどこか遠くに響いている。

(…パパ…レイに触れた時…「あつい」って言った気がする…)

あつい…熱い…?触れた瞬間に、手を引くくらいに?それってもしかして…

(魔力の…暴発…?)

ガタンと大きな音を立てて立ち上がった。だから、パパも国王も私に気付かれないように必死だったんだ。私は本当にバカだ。何で直ぐに気付かなかったんだろう。

「…ユリア…?」

淹れたての紅茶のカップが、立ち上がった衝撃でテーブルから落ちてしまった。シュウが驚いて見上げているけれど、今はその後片付けをしている時間も惜しい。

「ごめん!後で片付けるからっ!~っ!私やっぱり行かないと!」

灼けるような痛みに、レイはずっと苦しんでたんだよ?…私…そんなことにも気付けなくて。あんな話も聞かせてしまってた。

(『鎮静の歌』で…なんとかなる?…もしならなくても…『回復レストラーレの歌』を…)

 頬を伝う涙を拭いながら、考えを巡らせる。部屋を出ようとする私の前にジーナさんが立ちはだかった。

「…どいて下さい」

「ダメよ?行かせないわ」

「レイが今も苦しんでるってことは、国王でも治癒できなかったんですよね?私なら…」

「それがダメだって言ってるの!」

 ジーナさんの叫び声は、今までに聞いたことのないような大声だった。だけど怯んでいる暇なんてない。
 テルまで止めようと手を掴んできた。その手を振り払おうとしたけれど、掴まれた手はびくともしない。睨み付けながら「離して」と言って、テルの手を掴んだ。

「ユリア…落ち着けよ?」

「落ち着いてなんていられない!だって…レイがっ!」

「レイがあなたに言わなかったのは…、そうなることを分かっていたからよ?」

「レイの想いを汲んでやれよ。こんな、大勢人がいる国立病院で力使う気か…?お前もそこまでバカじゃないだろ?」

 確かに力を使ったら、セイレーンのことがバレてしまうかもしれない。自分を危険に晒してしまうことになる。分かってる。それでも救いたい。
 
(だってレイは?…自分は、苦しんでたはずなのに。私のことばかり考えてくれてる)

「……レイ君は自分の命に変えても守りたいって思ってるから…行ったところで入れないよ?」

 シュウが床のコーヒーカップを拾いながら、落ち着いた声色で呟いた。

(何で…?)

「さっきも話しだけど…ユリアは『大切な人』だからさ」

 そういえばさっきもそんな話しをしていた。シュウは泣いている私のそばにゆっくりと近づくと「落ち着いて?」と、背中に手を当ててくれる。

「でも…私は…レイにしてもらうばかりで…何も返せてない…」

 シュウが私の涙を優しく拭うと微笑みながら「レイ君は…そうは思ってないよ?」と、優しく呟いた。ゆっくりと椅子に座るように促して、泣いている私の手を離さないでいてくれた。
 まだ冷静にはなれないけれど、今行った所でレイに余計な無理をさせてしまうんじゃないかと思えた。嗚咽を漏らす私のことを、シュウは抱きしめてくれた。
 その様子にジーナさんとテルは安堵のため息を吐いている。

「…ねぇ…ユリアちゃんとテル君は、どこまでの?」

ジーナさんが、椅子に座りながらシュウに向かって問いかけている。シュウは少し困った顔をした後に、チラリと私とテルの顔を見て首を振った。

「ジーナさん…。すみません。その話しをしたことが無いから…。分からないです」

「そうよね?シュウからこんな話ししないわよね?それに…ユリアちゃんの記憶が戻ったのも、最近だし…どれだけ戻ってるかも分からないものね」

ジーナさんは悲しそうに呟いて、次にテルを見た。

「テル君は…?セイレーンの力が効きにくいから…もしかしたら、覚えてたりするかしら…?」

 問われたテルは、目を伏せて何かを考えている。少しだけ間があったけれど、直ぐに顔を上げてジーナさんを見つめた。

「俺も全部思い出したわけじゃないです。でも…少しだけ…思い出したことがあります…。あれは…冬だった。確か8歳か…9歳の時だ…」

 それだけ呟いて、テルは口を覆ってしまった。何かに気付いたように目を逸らして、それ以上何も言わなかった。

「そこまで、思い出したなら…勘のいいテル君なら気付いたよね?」

テルは頷くでもなく、私から顔を背けたまま固まっている。私はというと何も思い出せない。
 レイのことは「大好きだった」「守りたい人だった」そのことは思い出した。でも何で…?何があってそうなったの…?それは頭に霞がかかったように思い出せない。

「…ユリアちゃんは記憶が戻ったって言っても曖昧よね…?だって、あの時エレンは制約を付けたの」

「制約?」

「そう。エレンがあなた達に聞かせた歌は『忘却の歌』じゃない。『封印の歌』なの。忘れさせるのはかわいそうって、エレン譲らなかったから」

 昔を懐かしむように、ジーナは悲しそうな笑みを浮かべた。それから、何かを決意したように「どうせ、もうすぐ期限が来るか…」と1人ごとを呟いた。

「あの時エレンは、封印された記憶は対象者が『20歳』を迎えると思い出すという制約を付けた歌を聞かせたの…だから、もうすぐみんな思い出すわね?」

シュウも知らなかったようで、目を丸くしている。

「誕生日…1番近いのはシュウね?もう…来月だし。その後数ヶ月で次はあなた達だよね?」

ジーナさんは呟くと何も思い出せない私の前に歩み寄って手を握った。優しくも悲しい微笑みを浮かべて、目を合わせた。

「…封印された記憶の中に…あなたがまだ思い出せない記憶があるの。…今からそれを教えるわ?」

「!!ジーナさん!?でも…レイ君は…?」

「…考えてみてシュウ。…あなたなら…知らずにいる方が辛くない?を受け止められる?」

ジーナさんに言われたシュウは、顔を青くして黙り込んでしまった。

「…決して気分のいい話しじゃないから。受け止められないと思ったら、聞かなくてもいい。思い出さないままで、今のレイを好きでいたいって言うのなら…それでもいいかなって思うけれど、ユリアちゃんはどうしたい?」

迷う事なんて何も無かった。だって何を聞いてもレイを好きで居られる自信があるから。

「聞きたいです」

「…うん。ありがとう。じゃあ…話して行くわね?幼いレイがあなたを好きになった理由と、命に変えても守りたいって思う理由を…」

 そう言ってジーナさんは椅子に座って、目を閉じた。
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