セイレーンのガーディアン

桃華

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ルシウス

4.同じ傷

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「レイ君痛くなって来た?病室に戻るなら治療しようか?」

入って来たのは国王だ。病室に戻ってきて、早々にレイの顔色の悪さに気がついて声をかけているから、さすがだな。なんて感心してしまった。

「…別に…平気だけど?」

「さっき痛いって言ってただろ?」

「テルうるさい。余計なこといちいち言うなよ」

「ははは。もういいよ。その痩せ我慢いつまで続くか見ものだね?」

(国王…めちゃくちゃ煽るじゃん…)

「…ごめんね。私が治癒力戻ってたら、レイ君…治してあげられたんだけど…」

シュウが申し訳なさそうに、私の耳元で呟いた。

「シュウが謝ることないよ…」

体調のことを聞いてもはぐらかされる。何も教えてくれないのが…本当は辛い。だって、あの時…レイは私を守る為に死のうとしたんだから。不安で仕方ないに決まってる。

(本当は…目と背中以外も治って無いのかも)

こんな時になのに、レイのことばかり考えてしまう。何も言ってくれないから不安なんだよ?悪い方にばかり考えてしまうんだよ?なんてレイを盗見ていると、シュウが耳元に顔を近づけた。

「…レイ君…多分だけど…。嫉妬心とか好奇心じゃなくて、敵を知っておきたいんじゃないかな?ユリアを守る為に…」

「…え?…」

 シュウの呟いた言葉に驚いた。そんなこと考えもしなかった。

「…言葉が少ないから分かりにくいよね?言い方もキツイし。でもね…今朝ポツリと『敵だろ?知らないと守れない』って言ってたの」

 すごく嬉しい。何なら生で聞きたかった。
耳まで真っ赤になりながら、膝に顔を埋めていると、シュウはヨシヨシと頭を撫でてくれた。

「ユリアに出会ってからだよ?レイ君が笑うようになったの。…ユリアはね。レイ君の『大切な人』だから」

「そ…それを言うならシュウもだよ?…私の知ってるテルは、あんなに優しくないから。シュウにだけだからね!」

今度はシュウが目を大きく開いて、頬を赤らめている。シュウがチラリとテルを盗み見て両手で顔を覆った。

「…そうなの…かな?」

(…え?……何これ…かわい…っ)

手の隙間から覗くシュウが可愛いすぎて、一瞬息が止まってしまった。ハッとして顔を上げるシュウがまた可愛いくて、2人で目を合わせて笑い合った。この空間でシュウの存在だけが癒しだ。

(…ずっと隣にいて欲しい…)

睨むテルを見ない振りして、シュウの椅子を隣に運んで来て座るように促した。

(テルが何か言いたそうだけど気にしない。気にしない…。見えない…。と言うか見ない…だってこの空気やだ…もう耐えられない)

シュウと談笑してる所に、今度はジーナさんとパパが沢山のお菓子やケーキを持って帰って来た。やったぁなんて言いながらどれを食べようか選んでいると、色々と忘れてしまって、はしゃいでしまった。

「女子会だぁ~。ね!シュウ…」

「いや。違うよ?」

国王が真顔になった。ゴクンと喉を抜ける。美味しかったケーキの味が一気に消え失せてしまった。

「話しの続きを聞こうか?…どうしてルシウスはユリアちゃんのことを知っていたんだい?」

食べかけのケーキを静かに下ろした。

「…はい…」

 ついにこの時が来てしまった…。覚悟を決めて重い口を開く。

***

 体力が落ちていたルシウスは、その日から高熱を出してしばらくは寝込んでしまっていた。病院にも連れていけないし、その時は一般の学校だったから天使族の子がいたのかどうかすら分からなかった。そもそもいた所で巻き込めないけど。だから、一人で必死で看病をしてた。もちろん、この事はテルにも誰にも話していなかったけれど。
 私なりに必死に看病を続けたら、ルシウスは1週間程で起き上がれるようになった。
 回復しても心配だったし、またどこかで野垂れ死にそうで怖かった。何も聞かないから約束の日までここに居ることを約束させた。
 マナは賢いドラゴンだったから私の言うことを聞いて、私のいない時もルシウスのことを見張ってくれた。

 ルシウスは自分のことは話さなかったけれど、 16歳そこそこの私のくだらない話しは何も言わずに聞いてくれた。初めは怪我してるし、行く当ても無いような人だから危ない人かと思ってた。今日食べた美味しいスイーツの話しとか、学校での話しとか。あと、テルとのケンカのこととか。本当にくだらないことばかり話した。
 でも、ルシウスの私を見つめる視線はすごく優しかった。包み込んでくれるような言葉をくれる人だった。

「ご…ごめんなさい!こんな話しつまらないやね?」

「いいよ。ユリアの声…心地いいから…。久しぶりにぐっすり眠れそうだ…」

「って…やっぱり、つまらないって思ってるじゃん!」

そう言って笑うルシウスに、赤面したりしていた。こんな風に笑うんだって嬉しくなった。そして、だんだんと心を開いていってる自分がいた。
 それにママのことを沢山話した気がする。「私に出来ること…もっといっぱいあったと思う」なんて誰にも言えなかった後悔とか。それに…「もっと、いろんなことを教えて欲しかった」とか私のわがままな思いを吐き出した。
でも受け止めるように聞いてくれて、たまに頭を撫でてくれた。

 そんなある日ポツリと「力の使い方も…もっと教えて欲しかった」って呟いた時だった。

「…ユリアの気持ち…分かるよ」

いつもは優しく聞いているだけだったルシウスが、真っ直ぐに目を見て言った。その時初めて自分のことを話してくれた。
 ルシウスのお母様は少数の種族で、マナは母の『形見』だってこと。自分ももっと自分のことを聞いておけば良かった。ユリアの気持ち…分かる。そう言って一筋の涙を流した。

「ずっと続くと思っていた日常が壊れた。もっと話しをしておけばよかった。…失わないと気付かないよな?」

「ルシウスも…お母さん亡くなったの?」

私がそう聞くと悲しそうに頷いた。

「母だけじゃない。…全部失った。守りたかった全てを…失った」

 怪我の理由を言わなかったことには、きっとそのことが関わっているんだと分かった。その声には嘘は無かった。感じたのは後悔と強い決意…。

「もう何年も前だ。でも消えないよ…。何年経っても後悔は消えない」

「うん…消えないね…」

 その声にいつの間にか私も泣いてしまっていた。同じ痛みを持っている人だって気付いてしまった。私も守れなかった。大切な人を守れなかった…。そう思うと堪えていた涙が溢れてきた。
 ルシウスの手が頬に触れた。涙を拭ってくれる優しい指に顔を上げた。
 顔が近づく。目が合うと同時に唇が触れた。ルシウスとのキスは涙の味だった。
 何度もキスを繰り返し、ベッドにもつれ込んだ。荒くなった呼吸音も少し早い心音も、全てが初めてで愛おしいと思った。

「…嫌だったら払いのけて。そしたらやめるから」

 嫌じゃ無かった。同じ痛みを抱えている私たちは、繋がることで癒されるって思ってた。返事をする代わりに、ルシウスの首に腕を回して抱きしめた。
 だけど、全て初めてだから分からなくて。きつく目を閉じたまま、開くことが出来なかった。
 シャツを脱ぐ時の音。制服のホックを外すパチンという音。
 胸を触る優しい手の感触。胸の先に吸い付く唇の柔らかさ。身体を這う舌の感触。
 だんだんと荒くなって行く息遣いに、身体を強張らせて手元のクッションをギュッと握りしめてた。緊張しすぎてそんなことしか憶えていない。
 力を抜いてと言われると、余計に身体に力が入ってしまったし。指を挿れられただけで、痛みで涙が溢れたし。
 分けも分からないまま…ただされるがままだった。多分時間をかけて愛撫してくれていたんだと思う。しばらくしてから、あそこに硬いものが押し当てられた。
 声にならない呻き声が漏れた。私を気遣ってゆっくりとそれは少しずつお腹のナカに挿ってくる。ゆっくりでも痛みに涙が溢れた。叫ばないように声を抑えるのに必死だった。
 痛みの中感じてたのは恐怖と…ほんの少しの幸福感。

 色々な感情が入り乱れて、身体も疲れてしまって…。私はいつの間にか眠ってしまっていた。

***

 あの時のいろんな感情。ルシウスの顔。忘れていた事を色々思い出してしまった。多分数分くらい固まってしまっていたんだと思う。気が付いた時にはみんな、私に注目してた。

(あれ…?どこまで話したっけ…?同じ痛みを抱えてる人だって気付いたって所だ…!)

咳払いをして俯いた。

「あ…。と…とりあえずそういう雰囲気になって、その…身体を重ねた後眠ってしまって…。目が覚めたら隣りに居ませんでした。その後は…えっと…」

 言葉に詰まってしまった私を見かねてか、テルが大きなため息と共に、私の前で立ち止まった。

「もういいよ。ユリアはその後の事は、よく分からないだろ?」

 確かに、あの時気付いたらテルとルシウスが鉢合わせてて…。それからどうなったのかよく覚えていない…。
 テルはぽんと頭に触れてから国王に一礼した。

「ここからは俺が話します。俺の方が状況分かるので」

それだけ言うとテルは椅子に座った。
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