セイレーンのガーディアン

桃華

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キズナとキオク

9.目覚め②(テル)

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 国王が病室を出て行った後、今度は王妃が姿を見せた。国王の時とは違い、シュウの強張っていた表情が少しほころんだ。
 そんな様子だったから、王妃と2人きりにしようか?と聞いたけれど、シュウは首を横に振って腕を掴んだ。
 王妃は襲撃のことには一切触れず、シュウに「身体を治すことだけ考えてね」と言うと、良かったとシュウを抱きしめた。
 しばらくして、王妃が部屋を出る時に「イリーナのことは私に任せて。でも…シュウのことはテル君に任せるわ…」と、微笑みながら頭を下げられた。

「テル、ここは任せて仮眠した方がいい」

 王妃が病室を出たと同時に、父さんに声をかけられた。ふと窓の外を見ると、外はすでに暗くなっている

「でも、シュウも目覚めたばかりだし」

「だからだよ。意識も戻ったし…お前がそばにいると、お互い休めないだろ?」

 確かにそうかもしれない。しきりに謝っていたし。もしかしたら、シュウは俺に罪悪感を感じてしまっているのかもしれない。

「シュウには俺から伝えておくから。顔を見たら離れ難くなるだろ?そのまま仮眠室に向かて、朝まで休んでいいから」

父さんは、冷やかすように笑って言った。でもその指示は的確だった。自分自身、襲撃後まともに休息を取れて無かった。それに、シュウの尋問も始まる。その時に俺が倒れる訳にはいかないから、渋々従うことにした。

(父さんなら…心配ないか)

「分かったよ」

返事をすると、病室に併設された仮眠室に向かった。久しぶりに横になった。余程疲れていたのか…安心したのか分からないけれど、次に目を覚ました頃には、空が薄らと白み始めていた。
 ぼんやりしている頭を、シャワーを浴びてスッキリさせると、隣の病室へ急いだ。

(交代の時間までは早いけれど…)

そう思いながら、静かに病室の扉を開けると、父さんが安堵のため息を吐いて歩み寄ってきた。何故か困りきった顔をしている。

「シュウ、眠れないみたいだ。あんなことがあった後だ…当然だけど」

 話しを聞くと護衛中、シュウはベッドから起き上がることも辛そうだったのに、一睡もせずに警戒しながら座っていたらしい。食事も準備されたけれど、手を付けることもしなかったそうだ。横になるように声をかけても、首を振るばかりで…。「お手上げだよ」と呟くと、ベッドを指差した。

 ベッドの上を覗くと、シュウが険しい顔付きで窓の外を見ている。一晩中この状態で動かなかった。声をかけてもダメだった。と、話してくれた。

「シュウ…?」

 声をかけると、俺に視線を移して微笑んだ。少し安心したように、大きく息を吐いた。

「仮眠してた。…不安だった?」

「…少し…不安…だった」

 ごめんと、謝ってベッドの脇に腰をおろした。シュウは首を横に振ると、ブランケットを手繰り寄せて、恥ずかしそうに顔を隠している。
 目覚めてからのシュウが可愛いすぎて仕方が無い。素直にそばにいて欲しいと言ってみたり、今みたいな可愛い素振り。父さんがいなかったら、理性を飛ばす所だった。
 咳払いをしつつ、シュウに横になるように声をかけた。

「寝てないって聞いたけど…眠れない?」

「目を閉じると…思い出して…」

 シュウは震える手を口に当てて、俯いてしまった。

(そんなこと思っている場合じゃ無かった)

 意識が戻ってからまだ1日しか経っていないし、あんな酷い目に遭った後だ。チラリと見えた太腿には、噛みちぎられた傷痕が赤黒く残っている。気丈に振る舞っていたけれど、大丈夫なわけがない。俺自身…あの画像を思い出すだけで吐き気がする。
 でも…尋問が始まると、そのことを話さなければいけないだろう。嫌でもその時のことを思いだしてしまうだろう。

「…大丈夫。どこにも行かないから。そばにいるから」

 きっと俺がシュウにしてあげられることなんて、『そばにいる』だけだ。震える手を取ると強く握り締めた。シュウは真っ青な顔で小さく頷いて、少しだけ握り返してくれた。

「…イリヤには話したく無いことは話さなくていいよ」

 後ろで、静かに見守っていた父さんがシュウに声をかけた。確かに国王は騒動を治めるために、必死で駆け回っている。それは家族を守る為だ。今回の件、イーターが関わっていることは、もう表に出てしまっている。
 王妃は『元ザレス国から来た捕虜』だ。ブルームン国を乗っ取る為に、王妃が手引きしたのではと、巷では根も葉もない話題でもちきりだった。

「ただ、勘違いしないで欲しい。イリヤが厳しくするのは、シュウ…君を守る為だ。だからこそ何故、事前にルシウスと接触があったことを知らせ無かったのか。どう言った話が2人の間にあったのか…そのことだけでいいんだ」

「父さん。今は…」

 握り締めた手が冷たくなっていく。それでも、何かを決心したようにシュウは顔を上げた。「大丈夫」と、まるで自分に言い聞かせるように呟いた後、父さんと俺の顔を交互に見て大きく息を吸い込んだ。

「…早く知らせるべきだった…お父様にも、ガイアさんやテル君にも…」

「シュウ、いいから。今は何も話さなくていい」

 余計なことを言った父さんを睨み付けたけれど、シュウは「…言わせて?」と、俺の服の袖を引いた。

「…ルシウスは…ユリアのこと…知ってた…」

 俺も父さんも驚きの余り声が出なかった。幼い頃、城に出入りしていたことはあったけれど、ユリアのことを知っていたのは前の戦いに参加した両親くらいなはずだ。
 前の国王は、母さんであるエレンをイリヤが匿ったことも、イリヤが連れ帰った者の中にセイレーンがいたことも知らない。そう、父さんから聞いていた。ブルームン国最大の秘密事項。簡単に漏れるはずはない。
 ルシウスは王族だから知っている可能性があったのかもしれないけれど、父さんの反応を見るとその可能性も低い。

(後は…考えられるとしたら…ザレス国王…それと…イリーナ教官…か)

「…ザレス国は…まだ気付いていない…でも…私が、約束を破ったら…バラすって…ルシウスが…」

「ザレス国は、まだ知らないのか?」

「…そう…言ってました…」

「じゃあ誰が……?」

 父さんはそう言った後に黙り込んでしまった。シュウは首を振った後、静かに話し始めた。

「誰が知らせたか…何で知っているのかは分からない…」

 シュウはふと、何かを思い出したように顔を上げると父さんを見つめた。

「ただ…ルシウスは…ユリアに…幸せになって欲しいって…」

 その時は、ルシウスの『ユリアは自分と同じミーナの犠牲者』だという思いからだって思ったけれど、今思い出してみたら違う…。あれはユリアを愛おしんでいたんだと思う。

ーシュウはそう話してくれた。

(もう1人…いた。セイレーンだと知ってるやつ)

 考え込んで黙り込む父さんとは違い、全てが繋がってしまった俺は、違う意味で無言になった。

(ユリアを愛おしむ…。それに、ルシウスと言う名前…)

 そしてユリアがセイレーンだと言うことを知っている者。

ーユリアの初めての相手…『ルシウス』だー

(何で…すぐに気付かなかったんだろう)

 気付いた所でどうしようもないか。左目の下のホクロが印象的で、端正な顔立ちの男。見た目から天使族だと分かる青い瞳に金色のシルクのような髪。愁を帯びた切れ長の目は美しくて儚い。初めてルシウスを見た時そう思った。

だけどあの時『ルシウス』が、王族だとは思いもしなかった。

(大体…アイツはユリアが駅前で拾って来たホームレスの男だから)

 素性なんて知らない。今にも死にそうな位弱っていたくらいしか覚えていない。

(そもそも…家にいた期間なんて…そんなに長く無かった)

名前だって、同じ奴なんて大勢いる。偽名を名乗っている可能性もあるから、繋げることも無かった。狙って近づいたのか、それも分からない。

「…父さん…確証は無いけど。『ルシウス』に思い当たる事がある…」

 自分でも無意識に頭を抱えてため息を吐いていた。

「どう言うことだ…?」

黙って俯いていた父さんが、険しい表情で顔を上げた。

「…俺の口から言うのも、あれだけど…」

「勿体ぶらなくていい」

 若干苛立ちを見せる父さんに、もう一度大きなため息をついてから、重い口を開いた。

「…ユリアの…初めての相手…そいつの名前『ルシウス』だった…。詳しくはユリアから聞けばいい…」

 父さんの顔がみるみる青くなっていく。そうなるのも無理はないだろうな。なんて、哀れみを込めた視線を送った。
フラフラと立ち上がると、外の空気を吸うと言って病室を出てしまった。

(まぁ、そうなるだろうなー)

 それから、ユリアの意識が戻ったと連絡が入ったのは、次の日のことだった。
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