セイレーンのガーディアン

桃華

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キズナとキオク

1襲撃後(ユリア)

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 真っ暗な世界。漂っているような、浮かんでいるような、不思議な感覚。なのに身体は重くて動かせない。何も聞こえない…。

(私…何をしてたんだっけ?)

 戦ってた。そう、イーターと戦ってたんだけど、攻撃が直撃してしまって、動けなくなって…。

(捕まった)

 捕まったんだ。イーターにするために損傷は少なくするって、足と腕を折られたんだ。首を掴まれて宙吊りにされた。もう反撃も出来なかった。

(でも…助けが来た)

 もう死んじゃうなって、覚悟を決めたときに助けに来てくれた。

(…誰が…?)

 そうだ。レイが助けに来てくれたんだ。投げ付けられた時、私を受けてくれた。
 『大事な物…無くしたって』伝えないと。ごめんって言わないと。そう思ったのに声はでなくて、身体も動かなかった。

 頬に触れたレイの手の感触。私を受け止めたせいで、大怪我したんだと思う。抱き止められた時に聞こえた呼吸の音がおかしかった。
 愛してるって囁いて優しくキスしてくれたことも、覚えてる。
 死ぬ覚悟を決めたように、レギオンに向かって行くレイの背中が見えた。
 「ダメ」って叫びたかった。行かないでって手を取りたかった。それなのに、意識は遠のいていく。
 もう音も何も聞こえなくなって、最後に見たのは炎に包まれたレイの後ろ姿だった。

「レイっ…!!」

 自分の叫び声で目が覚めた。まず視界に飛び込んだのは、見慣れない真っ白な天井だった。手が震えてる。すごい寝汗で服がじっとりしている。

(ここはどこ?イーターは?モンスターは?…どこまでが夢?…どこからが夢?)

 身体は鉛のように重く、起き上がるだけで息切れする。それでも、何とか身体を起こすと、辺りを見渡した。
 自分がいるのはベッドの上。服も制服じゃ無い。薄いピンク色の病院着。腕には点滴の管が繋がっている。よく見たら、身体中に管が繋がれている。

(夢…じゃない…?)

 だけどここは学校じゃ無い。何も無い個室。呼吸や脈拍を測る機械の音が、うるさく聞こえるくらい静かな部屋。カーテンの隙間から、優しい光が入り込む。

(朝…?夜が明けたの?)

 戦っていたのは夜のはず。折れたはずの顎も潰された喉も治っている。

(治療を受けた?…となると、ここは病院?どこの?)

 光が眩しくて目がくらむ。考えようとするけれど、頭はまだ割れるように痛い。
 恐る恐る、手を握ったり足を動かしたりしてみた。折られた手足は何ともない。
 今度は震える手で顔に触れた。砕かれたはずの顎も治ってる。声も…出しにくいけれど、ちゃんと出る。

(夢じゃないなら…レイは…?)

 ベッドの上で考えていると、病室の扉が開いて救護師が入ってきた。ふっくらとした優しそうな女性は、ユリアの顔を見ると驚いてどこかに連絡をしている。

「ごめんなさい。目を覚ましたら、すぐに連絡するように国王様からの指令を受けていたの。ここは国立病院の病室。もう、5日も意識が戻らなかったのよ?」

 繋がれた機械を何やらいじりながら、ユリアを安心させるように声のトーンを抑えて話してくれた。

「国王が直々に運んで来たから、私びっくりしちゃって…」

「国王…?…レイは…?」

 国王が来たことは、全く記憶に無かった。その時点で自分は意識を失っていたんだと分かった。でも、国王が来たならもしかしたら…レイもここにいるのかって期待した。

「レイ…?あぁ、ミシナさん?確か重傷で、708にって…何してるの!!」

 救護師が話し終わる前に、身体に繋がっている管という管を引き抜いた。機材の異音に、慌てて対処しようと何やらいじっている。けれど、そんなことどうでもよかった。

(レイ…重傷だって言ってた…)

 救護師が振り返るより速く、ベッドから飛び降りて走りだした。

(すぐに会いたい。姿を見たい)

「ちょっと…っ!何してるの」

 救護師は何が起こったのかわからず、背後から叫んでいる。
 そんなこと気にしならない。裸足のままで病室を飛び出した。
 救護師の人は追いつけない。起きたばかりだけれど、一般の人よりは速いはず。少し迷いながら、何とか708号室に辿りついた。

(もし…もし…レイに何かあったら…?)

 最悪の状態を想像してしまう。会いたいはずなのに、ドアノブを掴む手が震えた。ここまで来たのに、扉を開くことを躊躇してしまう。

「レイっ!!」
 
 大声で呼んで扉を開くと、窓際に置かれたベッドが目に入る。
 恐る恐る病室に入ると、ベッドの上でカップ麺を食べているレイが目に入った。
 一応、病院着は着てるけど、食事を取れるくらい元気みたい。左目には眼帯をしているけれど、何処にも管は繋がっていない。

「ユリア…?」

 気怠そうに入り口に顔を向けたレイは、ユリアに気がつくと、目を丸くして声をかけてきた。
 レイの声を聞いて緊張の糸がプツンと切れた。涙が次から次へと溢れてくる。

「動けるんだけど、国王から禁止令が出てるから。ベッドから降りると国王に連絡が行く仕組みになってる。あいつ、毎日治療と言う名の監視に来るから」

 そんな風に、いつもの減らず口を叩いてる。何回言っても言うこと聞かなかったから、国王も最終手段に出たんだろう。

(元気そうに見えて、絶対安静なんだ)

 それでも、意識が無かったらどうしようとか、悪いことばかり考えていたから。思ったより元気そうで少し安心した。

 色々と考えて立ち尽くしているユリアに向かって、レイは手招きをした。
 手が届く距離まで行くと強い力で手を引かれ、そのままレイの胸に抱き寄せられた。

「良かった。ユリアの意識が戻って。そばにいてあげられなくてごめん」

 レイが生きてる。それだけで嬉しかった。首を横に振りながら顔をあげると、落ち着いていた涙がまた溢れてきた。

 「レイが生きてて良かった」そう言っているつもりだったけれど、言葉にならず、側から聞いたらただの嗚咽にしか聞こえない。
 レイは笑いながら「何言ってるか分からない」と言ってユリアを抱きしめた。

「…ユリア、もう体は大丈夫?」
 
「私…よりも…っ…レイの方が…重傷じゃん…」

 鼻をすすりながらだけど、ようやく言葉として伝わるくらいに声を出せた。

「俺はいいよ。元々、レギオンを道連れに自爆する気だったから」

「!?」

「ユリアが無事なら、死んでも良いって思ってたし」

 そう言うことをしれっと言ってのける。やっぱりレイは死のうとしてた。あのキスも、後ろ姿も夢じゃ無かった。
 胸を思いっきり押すと、レイは簡単にベッドに倒れ込んだ。
 「絶対安静」と言われていたことをすっかり忘れてしまってた。レイが背中を押さえて青ざめているけれど、それよりも今は怒りの方が強くて話を続けた。

「何で…?」

 ベッドで驚いた顔をしているレイを睨み付けた。

「何で、死のうとしたの!?」

 思ったよりも大きい声が病室に響き渡る。

「そんなこと絶対にしないで!」
 
 ー幼い頃のレイを救ったのが私だとか、だから命をかけて守りたいとか、そんなこと知らない。私は覚えて無いもん。記憶も曖昧で、昔のこと言われたらそんなこともあった…かも?で思い出すくらい。当時の気持ちも、その頃のレイも鮮明に思い出すことはない。
 私は今のレイしか知らないし。今のレイが好き。再会してから、好きになったのは私の方が先だもん。

「だから…私は…レイに死んでほしくない!!そんなことぐらい分かってよ!バカっ」

 泣き喚きながら叫んで、クッションを投げつけた。はぁはぁと、肩で息をすると、固まってしまっているレイを見た。

 目に入ってきたのは、クッションが当たって、床に散らばった机のものとか…。食べかけだった、ラーメンを思いっきり身体に被ってしまったレイとか。今度は自分がしでかしたことに、青ざめた。

「ご、ごめん!」

 あたふたしながらタオルを探そうとすると、後ろからレイに抱きしめられた。いつもよりも強く。ユリアの肩に顔を預けると、
体温が伝わる。聞き慣れた鼓動にようやく落ち着いた。

「…熱くなかった?」

「うん」

「ごめん…。バカは言い過ぎた」

「大丈夫。ユリアの言いたいことは分かったから」

「…うん」

「でも、同じ状況になったら俺はまた同じことするよ」

「なっ!?」

「ユリアを失いたくない。俺が居なくても、ユリアがどこかで笑ってくれてたら、それでいいって…。そう思うから」

「笑って過ごせる訳ない…っ」

「ユリアを守って死んだとしたら、ユリアは一生俺を忘れないだろ?…それが狙いだったり?」

 そんなことを言いながら後ろでクスッと笑う。怒る気力が無くなってしまう。どこまでが冗談で、どこまで本気か分からない。

「2人で幸せに過ごすって言う選択肢は、レイの中にはないの?」

 ため息を吐くようにボソりと呟いてみた。どうせまた冗談で返されると思った。それなのに、いきなり黙りこんでしまった。

「…レイ…?」

 不安になって見上げると、悲しそうに見つめるレイと目が合った。どうしたの?と聞くと、レイは首を振って何でもないと呟いた。

「今が幸せ過ぎるから、これ以上は望めない」

 絶対に本心じゃない。「どうしてそんな顔するの?」と聞こうとした唇に、レイが強引に唇を合わせてきた。

「…んっ…ちょっ…と…っん」

 逃れようと口を開くと、その隙間から舌を無理矢理ねじ込んで来た。
 口内を必要に弄り舌を絡ませる。下唇甘噛みして声を出させようとしたり、音を響かせるように、吸い付いてきたり。 

 久しぶりのキスを堪能するかのように、濃厚で足が震えた。体制を変えて足をレイに絡めた。腕をレイの背中に回すと、そのままベッドに背中から倒れ込んだ。

 その瞬間、バーンと音を立てて扉が開いた。

「レイ君。いい加減にしてくれないかな?僕も後処理、忙しいって…」
 
 怒りながら入って来たのは国王だった。2人を見て目が点になっている。前にもこんなことあった気がする。デジャブかな?なんて暢気に考えてしまった。

(完全に忘れてた。ベッド降りたら連絡が行くんだっけ?)

 顔を真っ赤にしながら、そんなことを考えていると、レイは覆い被さったままで国王を睨み付けて言った。

「つーか、見て分かるだろ?出てけよ」

「見て分かるけど、レイ君その身体で続き出来るの?言ったよね?背骨、まだ完璧にくっ付いてないって」

「動けるし、治ったって何度も言ってるだろ?何?見たいの?悪趣味だね」

「わーーー!違うでしょ!ごめんなさい!すぐに離れます!!」

 睨み合う2人をよそに、身体を捩って何とかレイから逃れた。本当にレイには敵わない。
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