セイレーンのガーディアン

桃華

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襲撃

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 階段を駆け上がると、火の玉のようなイーターが、そこら中に溢れていた。
 
(構っている暇なんて無い)

 このイーターは人型と同じ様に意思をもち、スピードも速くて頑丈だとゼルから聞いていた。

(攻撃をさせなければいいんだろ?)

 イーターの攻撃を受ける前に、最初から全て全力の炎魔法で燃やし尽くした。
 1体倒しても、次から次へと大口を開けて飛びかかってくるイーターを、燃やしつくして灰にしていく。階段から教室までは短い距離のはずなのに、やけに長く感じる。ようやくアスカに聞いた教室に着いた頃には、すでに息も上がっていた。

「ユリア!」

 大声で名前を呼んで、扉を開けた瞬間目にした光景に言葉を失った。
 ユリアはイーターに首を掴まれて、宙吊りにされていた。両腕は力無くダランとぶら下がっている。身体中傷だらけで、足元には血溜まりが出来ている。

「あぁ…こんどは、悪魔族か…」

 レギオンはそう言うと、ニタリと笑ってこっちを向いた。
 ユリアに駆け寄る隙もなく、レギオンの身体中から廊下にいたやっと同じ…火の玉のようなイーターが何十匹も飛び出して来た。

(こいつイーターの集合体なのか…?面倒だ)

 すぐさま、炎魔法で応戦した。廊下での戦いで分かった。火の玉のようなイーターは、最大級の炎魔法で一撃で燃え尽きる。1体1体は俺の敵じゃない。
 だけど一瞬でも気は抜けない。魔法を放つスピードを上げる。上級魔法の連続攻撃は息が上がる。
 イーターは四方八方から飛びかかってくる。量が多すぎる。どうしても避けきれない。
 何とか、倒しながら攻撃を避けるが、背後から一体のイーターが炎をすり抜けて、襲いかかってきた。反応が遅れた。ギリギリでかわしたけれど、剥き出しの牙が左目をに突き刺さった。
 目に気を取られている場合じゃない。魔法を放つ手を止めると、まともに攻撃をくらってしまう。
 視界が血でぼやける。左目は使えないコントロールの精度が落ちる。これ以上時間はかけられない。

(…一層する)

 右手から炎を放ち、左手で風の魔法を放った。レイを中心に、強い炎のトルネードを作り出す。これで、イーターからの攻撃も受けない。イーターは攻撃を当てる前に灰になるから。

(俺自身も熱いけど…)

 ユリアを巻き込まないように細心の注意を払って風を操った。レギオンから放たれた数十匹のイーターは焼き尽くした。
 
「両手から、別の魔法を放てるのか。しかも魔力は高いんだな」

 レギオンは、蛇のような目をギラつかせながら、肩で息をしているレイに向かって、余裕の笑みを見せた。

「ユリアを離せよ…」

 睨み付けて言った。さっきからユリアは動いていない。隙が無いから近づけない。近づくことすら出来ない。

「ああ、これ?…いいよ」

 まるで、気づかなくてごめんとでもいうかのように笑いかけてきた。完全に馬鹿にしている。
 それでもいい、今すぐ無事か確かめたい。レギオンはユリアの首を掴んだ腕をレイの目の前に突き出して、大声で笑った。嫌な予感がする。

「受け取れたらね!!」

 そう言うと、レギオンはユリアを壁に向かって投げつけた。
 咄嗟に身体が動いた。ユリアを何とか受け止めたが。すごい威力でユリアごと背後の壁に叩きつけられた。
 ドカンと大きな音を立てて、背中を打ち付けてその場に崩れ落ちた。肋骨は何本か折れた。息を吸うと、咳込んで吐血する。一瞬呼吸が止まったが、腕の中のユリアは離さない。
 ユリアの無事を確認しようとした所に、レギオンの馬鹿笑いが響き渡った。

「よくキャッチできたな!すごい、すごい!」

 アハハと、笑いながら拍手をしている。完全に遊ばれている。ふざけてはいるけど…。強い。アスカの言っていた、国王軍の隊長クラスと言うのは、あながち間違えてはいないだろう。
 イーターの中でも、今まで会ったことの無い禍々しいオーラを放っている。能力も特殊で厄介だ。

 何とか立ち上がろうと、手を着いた瞬間。腕に激痛が走った。痛みに、顔が歪み脂汗が浮かぶ。

(腕も…折れたか)

 レギオンはそんなレイの様子を観察するように近づいて来た。ピリピリした空気感。だけど、そんな事はお構いなしに、座り込むレイを覗き込んで笑いかけた。
 
「知ってるか?悪魔族はイーターには向かない。だから、俺は躊躇なくお前を喰らう」

 そう言うとレイの目の前に手を掲げた。

「悪魔族はこうやって手を掲げて魔法を放つんだろ?」

 何をする気か分からないが、こんな至近距離で何かを食らったら、完全に死ぬ。咄嗟に手をかざすと、目の前に最上級の魔法ファイアウォールを作りだした。

 レギオンが何かをする前にファイヤーウォールを放った。目の前の腕は攻撃する直前で燃え尽きた。腕は灰になった。炎の壁でレギオンを隔てた…。
それなのに、体の震えが止まらない。

「すごいな、強力な炎魔法だ」

 そう言いながらも全くダメージは無い。言っているそばから燃え尽きた腕は蘇っている。

(とりあえず時間を稼ぐ。せめてユリアの状態を確かめる時間が欲しい)

 油断してる場合じゃない。すぐさま、自分たちの周りをファイヤウォールで囲った。

「…ユリ…ア…?」

 声をかけたけれど、目を閉じたままでピクリとも動かない。慌てて口元に顔を近づけると、僅かに呼吸音が聞こえた。

(…息はある)

 良かったと抱きしめたいのを必死で堪えて、頬を撫でた。
 意識は無い。ユリアは喉を潰されているのか、口元の出血がはげしい。足も腕も折られてる。もう一刻の猶予もない。

「この炎の壁…上級魔法だろ?それ、いつまで持つ?」

 炎の壁を隔てて、レギオンはまた笑いながら話しかけてきた。力の差がありすぎる。この状態でファイアウォールを解くと2人とも喰われる。だけど正直もう俺の魔力も俺自身ももう持たない…。

「俺は上質な人をさっき喰ったばかりだからな。燃やされてもすぐに回復する。だけどお前はもう死にそうだろ?」

 レギオンの言う通りだ。息をする度に胸に激痛が走る。腕よりもこっちの方がまずい。

(…折れた肋骨…多分肺に刺さってる)

 呼吸が苦しい。受け身が間に合わなかった。壁に打ち付けられて、背骨も多分折れてる。
 避難所にもファイアウォールを持続させているせいで魔力の消費も激しい。

「俺は時間があるから、いくらでも待てつけど、お前はいつまで持つかな?」

(考えろ…)

 今の状態だと2人とも死ぬ。ユリアだけは何としても守りたい。それに俺はまだ動ける。

(それなら、アレを使う…)

 最終手段。あいつが俺を喰らおうと近づいた時に…残ってる全ての魔力で自爆して道連れにする。集合体であっても、アレが本体なら、その器が無くなればしばらくは合体出来ないだろう。
 魔法を飛ばすより、体内に籠らせた方が火力が増す。炎属性の悪魔族だけが使える魔法。使ったことは無いけど…使うと死ぬから。

(それでユリアを守れるなら、それでいい)

 俺が死んだら、避難所のファイアウォールは消える。そしたら異変に気づいたアスカがきっと天使族をよこすだろう。
 ユリアは間に合う…。間に合わせる。
 腕の中のユリアを見つめると、優しく抱きしめた。これが最後だから。

(冷たい)

 離れ離れになった日からずっと願ってた。

ー神様…もう一度、ユリアに会わせてください。記憶を消す前のユリアにー

 神様なんて信じていない。それなのに、都合のいい時だけ神だのみをする。
 そんな自分を幼心にバカだななんて思っていた。全てを知っていたからこそ、叶わない願いだって思って諦めてた。ユリアを守る為には仕方がないって。

 だから、別れたあの日と変わらないユリアにまた会えたことも、ユリアが好きだと言ってくれたことも、こうやって触れ合えることも、全て夢のようだと思っていたから。

 最後に抱きしめたかった。もう一度声が聞きたかった。だけどこれ以上、痛い思いをさせたくはない。
傷に触らないように、頬に触れた。いつもの血色はないく、目を閉じたままだ。  
 血で汚れたユリアの頬を拭うと、顔を近づけた。

(ごめん…こんなことになるまで、一人で戦わせて)

 そっと唇を合わせると、もう一度ユリアを見つめた。照れて恥ずかしそうに、見上げてくる顔が好きだった。けど…もう見ることはできない…。

 最後の言葉はもう届かないかもしれない。それでもいい。まだ伝えられてなかった。

「……愛してる」

 そうユリアの耳元でつぶやくと、静かにユリアを寝かせた。

 ーー時間がない。

 立ち上がり、目の前の炎の壁を解いた。

「お別れは済んだのか?」

「黙って見てたのか…悪趣味だな」

「悪趣味?優しさだよ。安心しろよ女の方はイーターにしてやるから」

 手を掲げた、レギオンからまたしても火の玉が飛び出てくる。

 勢いよく襲いかかってくるイーターを焼き払う。いつもならなんてことない魔法の連発が今はキツイ。動くたびに…息をするたびに肺に激痛が走る。
 唯一見えていた、右目も霞む。口からは大量の血が滴り落ちる。

(もう少し…もてばいい…)

 どうってことない。それでユリアが助かるなら、痛みなんて感じない。

 飛び出してきた火の玉イーターは全て焼き尽くした。フラつく足に力を入れて、レギオンの目の前へと回り込んだ。 
 レギオンが舌打ちをした。少し焦っている。レイはレギオンの顔に向かって所に手をかざした。
 
「…何?俺が怖いの?」

 最後の挑発。器であるレギオンは、金色の目をさらにぎらつかせた。

「死にかけの分際で…随分と強気だな?いいさ…今すぐ喰ってやる」

 レギオンの動きに意識を集中させた。額からは、血か汗か分からないものが流れてきた。
 もうすでに、放てるほどの魔力は残っていない。レギオンにそう思わせるためにわざとらしくふらついてみせた。
 
「はったりだろ?もう、魔力切れか?」

 ニヤリと笑いながら、かざしたレイの手を躊躇なく握ると強い力で引き寄せた。

(それでいい…あとはタイミングを合わせる)

 最後にもう一度ユリアを見つめると、レギオンが離れないように、背中に手を回した。

「喰えるもんなら…喰ってみろよ?」

 レギオンの耳元で囁くと、身体の熱を上げる。

  ーさよなら、ユリアー
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