セイレーンのガーディアン

桃華

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襲撃

5.覚悟(テル/シュウ)

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「うああっっ!!」

 叫び声に振り返ると、避難誘導していた生徒が火の玉のようなモンスターに足を喰らわれていた。
 そばには幼児クラスの子が数人、青ざめた顔で立ち尽くしている。

 防魔室は目と鼻の先なのに。急がないとシュウの命が危険なのに。

(…クソっ…!!)

 幼い子供を扇動してくれていた、この生徒をこのまま放っておくわけにはいかない。

 大剣を振り翳し、モンスターを真っ二つにかち割った。

「ファリス、すぐに治癒魔法を!!」

 モンスターから生徒を引き剥がした生徒を、ファリスに渡す。

「分かってる!!」

 返事をしたファリスに、また火の玉のようなモンスターが飛び掛かろうとする。
 それを、もう一度切り捨てた。
 
(何だコイツ…一体どこから入って来たんだ)

 気配は感じない。それに音もなく現れた。
 浮遊する火の玉は、今までに見たことのないモンスター。
 一匹だけじゃない。少なくても2、30匹集まってきている。
 さらに、このモンスターは異様な生命力を誇っている。
 真っ二つに切り裂いたはずなのに、すぐに復活して、大きな口を開けてキバを見せつけながらまた襲いかかってくる。

(この再生力は…イーターだ)

 気付くと同時に『核』を探す。核を壊さないかぎり、コイツらはどれだけ攻撃しても、再生する。キリがない。

 火の玉のイーターは、浮遊しながら弾丸のように襲いかかってくる。それを避けながら斬りかかる。

「クソっ!!」

 シュウが危ないのに、足を止めざる終えなくなった。

 かなり硬い殻を纏っているし、一撃一撃の攻撃が重い。
 数も多いのに、切り捨てた途端に回復する。

(イーターなら核を破壊しないと)

 攻撃の手は止めない。四方八方から襲いかかるイーターを、全て切り捨て続ける。
 核を探しながら必死で大剣を振るった。

(…見つけた!)

 イーターが大きく口を開いたその中。ドス黒く脈打つ核を見つけた。
 試しに、狙いを定めて突き刺すと、そのイーターは塵となって消えた。


 核は見つけたけれど量が多すぎる。しかも、並のモンスターよりも強いし速い。
 上手く核を守りながら、強靭な歯で噛みついてくる。

(時間がかかる…)

 素早く倒したいところだけど、大剣だと大振りになる。一体一体が小さく、正確に核を貫くには向かない。
 
(ユリアが適任だな)

 分かってるけど無理だ。真逆に向かってるユリアを呼び寄せたところで、時間がかかってしまう。

(ゼルたちなら…無理か。まだ、正門も応援は来てない)

 迷っている間も時間は過ぎて行く。焦る気持ちばかりが大きくなる。

「テルさん!!」

 考えている俺に声をかけて来たのは『リウム』だった。

 傷を負いながらも果敢にイーターに挑んでいる。

(そうか…リウムは『学生寮』だった)

「さっきの動画、僕も見ました。シュウさんを助けてください!!」

 リウムは傷付いた自分に治癒魔法をかけながら、必死に火の玉の攻撃を剣で受け止めている。

(でも…リウムじゃ無理だ…)

「コイツはイーターだ。リウムは避難誘導の生徒と一緒に逃げろ!」

 気持ちは嬉しいけど、このままだと無駄死になってしまう。
 ファリスが治療した生徒と年少クラスの子達を連れて逃げて欲しかった。

 それなのに、リウムは首を縦には降らなかった。

「嫌です。僕は誰かを守る為に、テルさんに剣術を習ったんだから。それにシュウさんがくれたんです。何かあったらこれで戦えって。御守りだって…」

 そう言って、手にしていた剣の刀身を見せ付けた。
 その剣は白い刀身に金の蔦の装飾だった。間違えなく『聖なる武器』だ。

 なんて用意周到なんだ。と、どうでもいいことを感心してしまった。

「死にたい訳じゃないので、危なくなったら逃げます!だから、お願いです…。テルさんしかシュウさんを助けられないから…」

 譲らないリウムに頭を抱えた。時間が無いことは確かだ。
 それに『聖なる武器』を持っているのなら…。

「…分かった。リウムにここは任せる。ゼルを…応援を手配するから、それまで耐えてくれ。それと…無理はするなよ」

「!!ハイ!!」

 リウムにイーターの弱点を教えた。ゼルにもすぐに連絡も取った。
 幼児クラスの子たちを、助けに来た誘導員に返した。

 できるだけのことをやって、防魔室へと走った。



***



「ワイト、この女喰らっていいのか?」

  ラウグルは画面に向かって意気揚々と話しかけている。
 爪が突き刺さる額からは血が流れた。意識は朦朧としているし、指一本動かすことも出来ない。

(でも…もういいよね?発信器ピアスのことは、伝えられたんだから…)

「あー。うん。いいよ。ルシウスの画面、こっちに切り替わったから」

 ワイトの返事にラウグルは、覆い被さったままで、歓喜の雄叫びを上げた。

「うるさいな。さっさと食えよ」

「そう言うなよワイト。ずっと焦らされてたんだ!」

 ラウグルは涎をたらしながら、スカートの裾をまくりあげた。
 鋭い爪が今度は太腿に突き刺さる。痛みに悲鳴をあげることも、抵抗することもできない私はただ瞳を閉じた。

「女を食う時は内太ももからって決めてるんだ。ここの肉がは柔らかくて美味いんだ」

 不気味に太腿を這う舌の感触も、どこか他人事だった。
 視界には何も映らない。身体は冷たく、音もだんだんと遠のいていく。

(あぁ…やっと終わるんだ…)

 役目は果たした。ルシウスの居場所を知らせることもできた。
 後はお父様とイリーナ教官で、何とかしてくれるはずだ。

(これで良かったんだ…)

 これで、ルシウスの企てた陰謀も防ぐことができたはずだ。
 お父様達がザレス国に入る前にルシウスを捕らえてしまえば、ユリアのこともイーターには知られない。

(こんな私でも、最後に役に立てたかな…?)

 薄れいく意識の中で考えていると、ブチっという音と共に太腿に激痛が走った。

「…っっ…!!」

 血が噴き出して流れていく。痛みで現実に引き戻されて目を開いた。
 視界に入ってきたのは、口元から滴る血を長い舌で舐めとるラウグルだ。

(…このイーター…私を喰らって満足するの?)

 冷静になれた。コイツが私だけで満足する訳が無い。

 ここは学校で子供達も大勢いる。その子達を守るために、テル君たちはここで戦っている。

(ダメだ…。私はまだ、誰も守れてないじゃない?)

 体に微かに残っている聖力の流れを感じる。
 
(このままじゃ終われない…)

 微かな聖力は全て太腿の大動脈を塞ぐことに使う。

(私をラウグル。コイツだけは私が倒す…)

 この十日間、イーターに喰われることを予測していなかったわけじゃない。
 自分にできる精一杯のことを考えていた。

(あとは…もう少し『聖力』が回復したら…)

 瀕死の私だけれど、まだできることはある。

 私の思考を知る術もないラウグルは、身体の上で嬲った。

「ほら、泣き叫ばないのか?」

 ラウグルが叫んだ瞬間、破壊音が響いた。

「!!何だ!?うわっ!!」

 教室の扉がワイトに向かって投げつけられた。
 完全に油断しきっていたのか扉が直撃して、その場に倒れ込んだ。

「ワイト!!どうなって…」

 今度は焦って身体を起こしたラウグルに、誰かが突っ込んできた。

 剣が空を裂く音がする。それと同時に、私に覆い被さっていたラウグルは吹っ飛ばされた。

「グッ!!」

 前方の壁に、巨体が当たり壁にめり込む音が響く。

(何が起きたの…?)

 状況の把握ができない。援軍なのか単なる仲間割れなのか。それすら今の私には確認する術がなかった。

 血が足りない。周りの景色がボヤけて見える。身体を起こせる程に回復もしていない。かろうじて音が聞こえるくらいだ。

 なんとか状況を探ろうと、必死で聞き耳をたてると、僅かに私を呼ぶ声が耳に届いた。

「っ…シュウ!!」

 声はくぐもっている。頭もぼんやりしている。
 それなのに…。この声が誰なのかは、すぐに分かってしまう。

(テル君だ…)

 気付いた瞬間に泣きそうになった。

「もう、大丈夫だから」

 傷だらけの身体が、ふんわりと宙に浮いた。

(温かい…)

 さっきまで、冷たい床の上で死ぬ覚悟をしていたはずなのに。
 力強い腕に抱かれ、その胸に体を預けている。

 助けに来てくれたことが嬉しいかった。でも、来て欲しくは無かった。
 
(巻き込みたくは無かった。こんなことになってしまったけれど…。あなたとユリアを守りたかった)

 そう思いながら、遠のく意識の中で温かい胸に顔を埋めた。
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