セイレーンのガーディアン

桃華

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親睦会

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 お昼前になるとシュウとテルまで出て行ってしまって、レイと2人っきりになった。
 軽い昼食の準備をしながら、キッチンのカウンター越しに、ソファーに座っているレイをチラリと見た。

(…寝癖…直ってない…)

 頭もいいし、いつも冷静。魔力も高くて、戦いのセンスもいいし弱点なんて一個も無いと思ってたレイは、かなり朝が苦手みたい。
 ソファーに座ったまま眠っていたレイは、目を覚ます為にテルに引きずられながら顔を洗いに行ったけれど、アスカは無駄だよってため息ついてた。

 アスカの言う通りその後またソファーに戻ってきたレイは、膝を抱えて目を閉じている。
 服もテルが昨日貸した物のままで着替えてすらいない。

(こんな弱点があったとは…)

 ニヤけながら目を閉じているレイの隣に腰を下ろした。それでも、レイは起きなかった。

(アスカ達が帰る前まではかろうじて起きていたのに…)

 本当に寝てしまったのかもと、レイの顔を覗きこんだ。こんなに近づいて、触れそうな距離でもレイは目を開けない。

(睫毛…長いな…)

 レイの少し長めの前髪を撫でながら、その綺麗な寝顔を観察した。
 子供の頃はもう少し前髪が長かった気がする。身長も…私の方が少し高かったはず。

(あの頃とは全然違うな…あの頃…?)

 触れた途端に頭の奥に鈍い痛みを感じた。それと同時に、薄らと男の子が部屋の隅でうずくまってる情景が頭に浮かんだ。

 あぁ…これは封じられてた私の記憶だ。

 そう認識した途端に、ぼんやりとしていた情景がはっきり浮かんできた。

***

 幼いレイは自分から人を避けてた。部屋の隅で何も喋らずに座り込んでいた。
 私が話しかけても無視されていたんだ。それでも私はレイと仲良くなりたくて…。無視されてもレイの傍にいた。
 そしたらある日、いきなりレイが苦しみ出した。どうしたの?と聞く間もなく、レイの身体は炎に包まれてた。

 その燃え盛る炎の中で、レイは苦しそうに手を伸ばしている。私は助け出そうと、その手を取ろうとしたのに…。
 レイは私が近づくと、伸ばした手を自ら下げた。

(それは私を守る為だって思った…)

 本当は助けて欲しいのに。誰よりも痛く苦しい思いをしているのは、レイ本人なのに。

 そう思ったら無我夢中で炎の中のレイの手を取っていた。
 レイは驚いたような…安心したような表情で私を見つめていた。
 私も大火傷を負っていたけれど、そんなことよりこのままじゃレイが死んじゃうと思った。
 だから鎮静の歌を歌った。何となく…。それでレイを助けられる気がした。

 炎はレイの魔力が漏れだしたものだったことは後になって知った。
 あの時、私はそのことを知らなかったはずなのに。
 我ながらすごく勘がいいなんて、レイの無事を確認した後、得意気だった。

(その後、歌に気付いた親にこっ酷く怒られたけど)

 レイが無事だったのに。そう、拗ねる私に、ジーナさんだけは『ありがとう』って言ってた気がする。

 その事件の後から、レイは私と話しをしてくれるようになった。笑顔を見せてくれた。…笑った顔がすごく可愛くて…そしてすごく嬉しかった。

***

 蘇った記憶は鮮明で、忘れていたとは思えない程だ。

「…さっきから何する気?」

 レイの声に現実に引き戻された。顔を近づけたままの体制でボーっとしてしまってた。至近距離で目が合った。

「うわっ…!起きてたんだ?いつまで寝てるのかなって…」

 慌てて起きあがろうとするその手を引かれて、バランスを崩しながらレイの上に覆い被さる形でソファーに倒れ込んだ。

「ああ…。いちゃいちゃしたかったんだ」

「違っ…!!話し聞いてた?」

 起き上がろうとする身体に、レイは腕を私の背中に回してそれを封じ込めた。
 耳元にかかる吐息が熱い。こっちまで変な気分になってしまう。

「だ、だから何する気も無かったって…っ!」

「別に、何されても良いけど?」

 私を見上げる真紅の瞳が蕩けている。多分私の方がチカラは強い。レイの腕を振り解くことは多分簡単なのに。
 背中に回された腕の力は緩んだのに。上体を起こしながらも、私はまだレイに覆い被さったままその瞳を見つめた。
 何もする気は無かったはず。それなのに、自分からレイの薄い唇に唇を重ねた。

「…ん…足りない…。もっと…」

 唇を離すと今度は頭の後ろにレイの手が回る。言われるがままもう一度唇を重ねると、今度は舌を絡ませた。
 激しいキスに吐息が漏れる。頭の中がふわふわして、もう何も考えられない。

「…っ…ん…っはぁ…っ…」

 息苦しくなって大きく口を開くと、唇から伝う銀糸をレイは親指で拭った。
 キスだけで身体から力が抜けていく。そんな私の上に、今度はレイが覆い被さった。

「…顔…赤いよ?」
「…や…見ないで…」
「見せてよ?その顔好きって言ったじゃん?」
 そう言うと、両手首を抑えて首筋に唇を落としていく。触れる度に、身体はビクッと跳ね上がった。
 キスも…触り方も…上手くて、流されてしまう。

(………やっぱり上手すぎるよね?)

 何となく思ってだけど、レイはこういうことに慣れている気がする。

「………」

 十年間ずっと私を好きだった。会いたかった。そう、言ってくれていたけれど。

(…絶対慣れているよね?)

 私を好きだったかもしれないけれど、レイは綺麗だし。優しいし。周りは放っておかないと思う。多分、それなりにこういう経験はいっぱいしてるだろうけど。

「…っまって」
「……?部屋に移動する?」
「移動しない……しないよ」
「あぁ…また、魅了状態になるのはマズイか…」

 そう言うとレイは私を抱き寄せ、軽いキスをした。そういうご機嫌取りも、慣れてるなって思ってしまう。

(それを聞いても仕方が無いってことも分かってるけど…)

「……あのさ……レイ慣れてるよね?」
「…え…?」
「あ…っ!!」

 言ってしまったと、口を押さえたけれど、もう遅かった。

「あぁ、それ?そんなこと気になる?」

「そんなこと……ではないよ」

 ずっと好きだったと言うレイの気持ちに嘘は無いと思う。でも十年間離れていたことは事実だし。私は今のレイしか知らない。

 真っ直ぐに見つめる私に、レイは観念したかのように重い口を開いた。

「……魔力の暴発を抑えるために、テキトーなサキュバスとやってた」

 『え?』って顔になってたと思う。私と同じように、レイもやばいって顔で口に手を当てた。

「…この話やめよう。聞いてもいいことなんて一つもないから…」

「そこまで言ったなら全部教えてよ。そこで話しを止められると、そういう人って思っちゃうよ?」

 レイは大きくため息をついて、視線を逸らした。

「お互い感情はない。サキュバスは魔力が欲しくて…俺は魔力が要らなかった。需要と供給が一致しただけ。明日には顔も忘れるしすれ違っても気づかない…。その程度の交わりだし…」

「!?ちょっ…ちょっと…色々と整理をさせて…」

 淡々と話すレイを静止してソファーから立ちあがった。

(レイは人より魔力量が私も知ってる。私とも離れ離れだったし…)

 混乱する頭で必死に考えていると、ふたたびレイが口を開いた。

「…そっちだって、俺が初めてじゃないだろ?」

(何…その言い方?!)

「そうだけど…私は好きな人とだよ…」

 ハッと口を閉じた。今のは嫌な言い方だった。

「好きな人と…か。そっちの方が普通に傷つくけど?」

「……ごめん……」

 レイはずっと黙ったままで、目も合わせてくれない。

 こんなこと言うつもりなんてなかった。ケンカしたいわけでも、レイの行いを責めたりしたいわけでもなかったのに。

 冷たい空気が流れる中、玄関の方から音がした。どうやらテルが帰って来たみたい。

(タイミング悪い…)

「ただいま…。レイそろそろ起きろよ…って何この空気?」

 テルがレイと泣きそうな私の顔を交互に見てため息をついている。

「…別に。もう目が覚めたから帰る」

 レイはそれだけ呟くと本当に帰ってしまった。

「……ケンカでもした?」

 テルの問いかけも遠くに聞こえて、答えられない。

 傷つけるつもりなんて無かったのに。私の知らないレイのことも知りたかっただけ。

 焦ると碌なことにならない。そんなことを思いながら、自分の部屋に引き篭もった。
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