セイレーンのガーディアン

桃華

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交わる過去

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 今から15年程前のこと。母のライラは僕が生まれる前には『オペラ歌手』になっていた。
 それは、スケープゴートとしてイーターの目をこちらに向ける為。
 ずば抜けた妖艶な美貌と、厳しい鍛錬で身につけた美しい歌声を持つ母は『現代のセイレーン』と呼ばれるまでになっていた。その歌声にセイレーンのチカラなんて無かったけれど、素性も経歴も一切不明の母は『セイレーンでは?』と、よく話題に上がった。

 もちろん、ザレス国からセイレーンを救い出した『実験体』として、一応僕の『父』とされる人も同時期に準備されました。
 そして同じように『準備された僕』は産まれたことを世間には公表されませんでした。
 それはザレス国に『自分が本物のセイレーンである』と、ミスリードさせる為。僕が産まれたことを隠す為。子供が男か女かを煙に巻く為。と、色々と思惑はあった。

「母はどこまでもスケープゴートだった。でも、それなりに楽しく暮らしてましたよ?仮初の母も父も優しい人でしたから。小さな僕が気付かないくらいに」

 楽しかった記憶しかない。父さんは、表の仕事で忙しい母さんの代わりに、僕が寂しく無いようにといつも遊んでくれていた。
 母さんのライラも、忙しい仕事の合間を縫って一緒に出かけてくれたし。職場に連れて行ってもらった記憶もある。
 
 ーー僕が5歳になるあの日までは。

 5歳の誕生日を祝った…その夜のことだった。久しぶりの三人での食事を終えて家に入ったところで、待ち伏せていたイーターに襲われた。

「こいつ…セイレーン本物じゃない?まぁ、俺たちには分からないけど。とりあえず、女は生け捕りだ」

 コピー能力を持ったイーターが、母に化けて住んでいたマンションの部屋の鍵を手に入れていた。

 そんな奴は、セイレーンがザレス国から逃げ出した時はいなかったはずだから…。だからこそ全員が油断していた。

 俊敏な動きと特殊な攻撃。両親は翻弄された…。
 少なくとも三人…ザレス国王軍隊長クラスがいる。イーターは全部で五人だ。と、小さく父が母に向かって呟き、武器を取り出した。

 父も名のあるガーディアン。僕と母親を護りながら戦っていたのを覚えている。

 僕は何もできなくて…恐怖で泣いていたけれど…。母は隙をみて、国王に助けを求めていた。

 ーーその直後父が戦っていた部屋から絶叫が聞こえたーー

 静かになったと思った次の瞬間、引きちぎられた父の左脚が、隠れていた部屋に投げ入れられた。

 (それが意味することは……?)

 ーー僕はその場で泣きながら吐いてしまった。

 そんな僕を、母はベッドの下に押しやった。恐怖で声が出なかった僕は「行かないで」と言うかわりに、必死に母の袖を掴んだ…。
 困ったように振り返り、母は目を潤ませながら微笑んでベッドの下を覗きこんだ。

「ありがとう。ゼルは私に『幸せ』を教えてくれた。だから…あなただけでも…生き延びて…。アイツらがいなくなるまでここから出ないで。約束よ?」

 そう言い残して頭を撫でるとすぐに僕の手を振り払い、母は部屋を出て行った。
 部屋の外からは、何が割れる音や慟哭が聞こえてくる。何かが激しくぶつかる音や、四肢が千切れて血飛沫が上がる音。…肉を喰らう音も聞こえた。

 (ママ…喰われたの?…大丈夫。ママは強いんだ…死んでなんかいない…)

 そう願いながら、目を瞑って音が止むのをひたすらに待っていた。

 ーそのすぐ後でレイさんの…父オスカさんが現れた。

「オスカさんは強かったです…」

 室内での炎の魔法なのに、イーターを確実に狙い撃ちし一発で仕留める火力。圧倒的な魔力をみせつけて、駆けつけてすぐ2人のイーターを灰にした。

 僕はその様子をベッドの下で見ていたから、心の底からホッとした。

(良かった…助かったんだ!ママは…?)

 勘違いした僕は、あろうことか隠れていたベッドの部屋から飛び出してしまったんだ。

「…ガキっ!!出てくるな!!」

 青ざめたオスカさんは大声で叫んだ。

(……え……?)
 
 飛び出した瞬間に、僕はイーターに喰われていた。気づいた時には脇腹が抉れて、血飛沫が吹き出していた。

「僕は救いようのないバカでした…」

 イーターは沢山居たのに。もう、助かったと思ってしまっていた。母に助けられたはずの僕は…その場に崩れ落ちた。

 身体に力が入らない。身体が冷たくなる。僕は一歩も動けなかった。床に広がる血溜まりを見ながら、僕はもう死ぬんだと思った。

 オスカさんはすぐに僕の元に向かおうとしてくれたけれど、強いイーターに行手を阻まれた。
 その隙に、巨大なイーターが僕に気付いた。もう何も出来ない…どうせ食われる。

 (ごめん…ママ…)

 助かることを簡単に諦めた僕は、喰われる覚悟を決めた。

「こっちよ!!化け物!!!」

 声と共に目の前のイーターに炎が降りかかった。
 オスカさんじゃなかった。オスカさんは隣の部屋で戦っていたから。

 (ママも違う。ママの声じゃない)

 そう思っていると、少し年上の女の子がイーターと僕の間に立ちはだかった。

「それが…アスカさんでした」

 自分の倍あろうかというイーターに、アスカさんは怯みもせずにもう一度魔法を放った。
 だけど所詮子供の魔法…。イーターが燃え尽きることは無かった。巨体のイーターはアスカさんを殴り飛ばした。
 イーターは悪魔族を好んでは食べないから…。あくまでも食の狙いは『僕』だった。
 巨大なイーターはもう一度、僕に向かって襲いかかって来た。

「もう、放っておけば良かったのに…。アスカさんはまた、そのイーターに魔法をくらわせたんです」

 飛ばされたはずのアスカさんがもう一度、手を掲げて魔法を放ってくれた。
 アスカさんは口から血を流しながら…腕を折りながらも、僕を守ろうと魔法攻撃を止め無かった。
 そんなアスカを面倒に思ったイーターの狙いは、僕じゃ無くなった。アスカさんを先に喰らおうとして僕に背を向けた…。

 ーーその時だった。

「アスカ!!よくやった!!」

 オスカの炎魔法がイーターを焼き尽くした。そして間髪入れずに、僕とアスカさんを両手に抱き抱えて部屋の窓をそのまま突き破った。


 ***

「そこから先の記憶は無いです。気が付いた時には病院で、イリヤさんが治療してくれていました」

 高熱にうなされていたのもあり、僕は夢か現実か分からない時間を過ごしていた。

 意識が戻ってからも、僕はいまいち状況が分からなかった。

 誕生日を祝ってくれた両親はもういないの?一人ぼっちになったの?

 そう、自分に問いかけてメソメソとずっと泣いていた。

 そんな僕にアスカさんは優しかった。

 病院に毎日のように来てくれて、僕の身体が動くようになった事を、喜んでくれた。

 夜が怖くて眠れないと泣く僕に「大丈夫だよ?」と言って一緒に眠ってくれた。

 そして毎日、「ゼルが生きててくれて良かった」って泣いてくれた。

「だけど…僕…知っていたんです」

 アスカさん自身も夜眠れなくなってたことを。当時のアスカさんは9歳。目の前で人が喰われている所を見たのだから。
 震えながらジーナさんに抱きついて、そして泣いていた。それなのに…僕にはそんな姿は見せなかった。

 イーターに両親を喰われた時も、そうだった。僕は動けなかったのに…生きることを諦めたのに…。
 アスカさんは僕を助ける為に自分の身を危険に晒した。

「だから、今度は僕が守りたいって、ずっと思ってたんです。…僕はアスカさんが好きで…そんなアスカさんに追い付きたかった」

 そこまで話すとゼルは、俺とレイの顔を見て微笑んだ。
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