魔法がとけるまで

桃華

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 記憶を残して欲しいとお願いするつもりだったのに。
 エレンさんと話しをすると、それは俺のわがままだって思った。
 絶対に…俺はユリアの秘密を周りに言うことはしない。でも……魔力の暴発が起きたら…?
 混乱してユリアの名前を呼んでしまうかもしれない。

(それは…俺にもわからない…)

 救ってくれたユリアを忘れたくない。それにユリアにも自分の事を忘れて欲しくない。でも忘れることでしかユリアを守れない

 自分でも何が正しいのか分からなくて、泣くしか出来なかった。そんな俺の頭を、エレンさんは優しく撫でてくれている。

「レイ君なら…忘れたくないって、言ってくれると思ってた。私は二人に離れて欲しくないって思っていたの…。だから、レイ君の記憶は消さない」

 思いがけない言葉に驚いて顔を上げた。エレンさんは誰にも内緒だと、唇に人差し指を当てて話を続けた。

「記憶を残すのはレイ君だけ。他のみんなの記憶は消す。…ユリアも含めて。理由は…分かるよね?」

 理由はユリアのことを知っている人から、その存在が漏れることを防ぐ為だ。 
 そしてユリアの記憶を消さなければいけないのは…。俺の為にセイレーンの力を使ってしまうから…だ。
 小さく頷きながら涙を拭って顔を上げた。エレンさんがいい表情だねと、また笑いかけてくれる。それから、真剣な顔で手を握った。

「ユリアはレイ君を忘れる。レイ君はどこかで会ったとしても、声もかけてはいけない。辛いことだけど約束できる?」

 俺は目を逸らさずにもう一度力強く頷いた。

「…ありがとう。レイ君だけは覚えててあげてね?自分でも忘れてしまうユリアの事を…」

(忘れるわけない…)

 全部覚えているに決まってる。俺に微笑みかけてくれたキラキラと輝く笑顔も。助けたいと泣いてくれたことも。何気ない日常で見せてくれた、あどけない表情も…。名前を呼んでくれた声も。優しい歌声も。

「でも…そんなユリアを大人になったら迎えに行ってあげて?」

(何言ってんの?記憶を消すんだろう?ユリアは大人になっても、俺のこと気付かないじゃん)

 なんて思いながら見上げる、可愛げのない俺の頭をエレンさんは優しく撫でて話を続けた。

「大人になって強くなってさ、誰よりも強くなって…。ユリアを迎えに行ってあげてよ。もしかしたら、その時に私がかけた魔法が解けて…レイ君のこと思い出すかもしれないから」

(ユリアの記憶が戻ることが、あるってことなのか?)

 消えたものが簡単に戻るとは到底思えないけれど。そうだったら…素直に嬉しい。
 エレンさんの言った言葉は、あの日俺に希望を持たせる為の方便だと思った。けれど、その言葉は俺の心の支えになったんだ。

「そうだ!いいことを思いついた。記憶を無くしてしまうユリアに、レイ君を思い出せるような『プレゼント』を用意してあげて?」

「……思い出す日なんて本当に来るの?」

 減らず口ばかり叩いていた俺は、エレンさんに対してそんなことを言った。すごく訝しげに問いかけ、そして目を逸らした。
 
「シンデレラだって魔法が解けたんだから、ユリアの魔法も解けるかもしれないじゃない?その時に『ガラスの靴』みたいな、目印があった方がレイ君も探しやすいでしょ?」

 何言ってんの?と、しらけた俺に向かってエレンさんは無邪気に笑いかけた。

…別にプレゼントは良かったんだ。記憶を無くす前に、ユリアに自分の思いを伝えるつもりでいたし。
 ピアスが欲しいとこの前話していたから。それを渡す気でいたんだ。

(言われて用意したみたいになった……。最悪だ……)

「はぁ…」と、気の抜けた返事をすると、エレンさんは嬉しそうにまた笑った。

***

「ただいま~話しは終わった?」

 アスカの馬鹿でかい声が玄関から響いてきた。紅茶のカップを片付けながら大きなため息をついた。

「終わったよ~。ありがとう、アスカちゃん」

 エレンさんが俺の代わりに返事をしてくれた。アスカの頭を撫でて、ユリアを呼んでくるように言っている。
 分かった!と、返事をしたアスカは、ショッパーを両手に抱えたユリアを連れてきた。

「…すごい量…」
「あ!…今行かなくて良かったって、ホッとしたでしょ?」

 思わず呟いた言葉に、ユリアが頬を膨らませて言い返してくる。

「うん。分かってるじゃん?」
「次は一緒に行こうね?」
「やだよ」
「ジーナさん!!次はレイも一緒に行きたいって!!」
「そんなこと一言も言ってないって」

 なんていつものやりとりを、二人で出来るのもあと僅かな時間しかないんだ。
そう思いながらユリアを見つめた。

(覚悟はもうできた)

 強くなろうと思った。大人になった時に、ユリアを迎えに行ける程強く…。
 幸い暴走する程の高い魔力を持っているし。ユリアを狙っているのが、イーターなら…。ガーディアンになって、ユリアを守ろう。
 記憶は戻らなくても、ユリアが生きている限り…セイレーンでいる限り、ガーディアンになったらいつか会えると思った。
 イーターにセイレーンが捕まったら、それこそ両親達が恐れていた事態となる。
 ユリアに危険が迫った時は「セイレーンが見つかった」という名目で、ガーディアンを護衛につけるはずだと思ったから。
 
 それなら『セイレーンのガーディアン』になれるように強くなろう…。そう思った。
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