魔法がとけるまで

桃華

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 父親達の話を聞いた日から、どうやったら『記憶を消されない』のか考えてた。
 
 毎日、あの日隠れて聞いた話を思い返しては、どうにもならないと絶望していた。

 両親達は子ども達からユリアの存在が漏れる事を恐れている。
 エレンさんに子供たち全員からユリアとテルの記憶を消して欲しいと頼むつもりだ。

(セイレーンの歌の力で…)
 それと、ユリアとテルの記憶の中からも俺たちと過ごしたことを忘れさせて、全部無かった事にする。

 ユリアを守る為には仕方がないことのように思えた。だって俺たちは子供だから。
 言わなくていいことを言ってしまう危険性は、大人よりも格段に高い。

(特にアスカ…。アイツ、テルに敵対心剥き出しだから…絶対にバラす)

 ユリアがイーターに捕まるのは、絶対に嫌だ。
 それに…誰かがユリアのことを漏らしてしまった場合、イーターに俺たち自身も襲われる危険も出てくる。
 
 考えれば考える程…イーターから守る最善策が『記憶を消す』ことだと、そう思えて仕方がなかった。
 
「…レイ…元気無い?」

 部屋で考え込んでいると、いきなり視界に飛び込んできたユリアの顔に驚いた。
 いないはずのユリアが心配そうに顔を覗き込んできたのだから。

「!!…え…?」

 心臓が止まるかと思った。今日は平日だし、俺はさっき学校から帰ってきたばかりだ。ユリアとは違う学校だから平日はほぼ会えない。

(…ユリアがここにいるはずない…幻想…?幻…?考えすぎ…?)

「ジーナさんがね…ママと話してたから。レイが最近元気ないって。だから、レイに会いに行きたいって、ママにお願いしたの」

「どうして…??」

 目を丸くする俺にユリアは更に話しを続けた。

「宿題早く終わったらいいよ。って言われたから…頑張って終わらせたよ?」

「…しゅ…宿題?」

「…テルにこっそり教えて貰ったから、いつもより早く終わって…」

「………」

「い…いつもじゃ無いよ!?いつもはちゃんと、自分でやってる!!だから遅くて…行けなくてさ…今日になったの」

 状況が飲み込めず呆然としている俺に、焦りながら言い訳を始めた。
 一人であたふたしてる姿を見て、やっとのユリアなんだと、分かった。

「…ああ…そっか…良かったな?テルが優しくて」

 そう言って微笑むと、ユリアは俺に向かってもう一度「大丈夫?」と、聞いてきた。

「…うん…大丈夫。だけど…驚いた」

「ジーナさんが、レイ帰って来てるし部屋に行っていいよって」

 驚いたのは忘れたく無いユリアが目の前に居たからで。俺が黙っていたことを『怒ってる』と勘違いしたのか、更にユリアが焦り始めた。

「何回もノックしたんだよ?だけど、返事がなかったから…」

「…ボーっとしてた」

「勝手に入ってごめんね?」

 別に、勝手に部屋に入って来たことを怒っているわけじゃ無かったけれど、口数が少なかったせいで勘違いさせたみたいだ。

「別に…いいよ。これがジーナだったら怒るけど」

 あたふたしていたユリアが、アハハと大きな口を開けて笑った。
 
「ジーナさんにまた怒られるよ?『生意気なんだから!誰に似たのかしら?』って」

 母のモノマネをするユリアに笑ってしまった。何回も真似するから…だんだん上手くなってきて、今じゃそっくりだ。

「レイさ…ジーナさんにそっくりなのにね?」

「全然似てないよ。ユリアだけだ…そう言うのは」

「その言い方もそっくり『やめてよユリアちゃん。全然似てないわよ?』…ジーナさんからよく言われる」
 
 また真似をする。声色だけじゃなくて、手つきや表情…細かいところまで付けてきた。お腹を抱えて笑ってしまった。
 ユリアはそんな俺を、隣で静かに微笑んで見てる。そうやっていつも俺の事を優しく見つめてくれるんだ。
 ユリアはよく俺の事を『陽だまりみたいに暖かい』と言ってくれたけれど、俺にとってはユリアがそうだった。

 ユリアの優しい視線も…。
 その優しい声も…。
 もちろんその優しさも…。
 
 そばにいると暖かい気持ちになれた。減らず口ばかり叩いて、人に優しくできない俺も…ユリアのそばにいると、優しい気持ちになれた。

「…元気になった?」

「うん。ユリアのおかげだ…ありがとう」

「やっぱり、元気無かったじゃん…」

「…そんなことないって…」

「私に隠し事なんて出来ないんだからね」って、ユリアはまた笑い出した。
 こんな時間を過ごしながら思うことは、やっぱり…ユリアを忘れたくないだった。

***

 しばらく、他愛のない話をしながら過ごしていると1階からエレンさんの、ユリアを呼ぶ声が聞こえてきた。

「明日も学校だから、もうそろそろ帰るわよ?」

 ユリアは「はーい!」と言いながら、荷物をまとめている。ユリアの鞄を持つと、二人でリビングに降りて行った。
 階段を降りると玄関にユリアの母エレンさんと、ジーナが待機していた。
 
「レイ君、いきなり押しかけてごめんね?」

「…別に…ユリアが来てくれて嬉しかったから」

「…余裕だね?宿題終わってたのかな?さすがレイ君」

 いつもの調子で、エレンさんが頭を撫でた時にふと思いついた。

(俺たちの記憶を消すのは…エレンさんだ…)

それなら、エレンさんにお願いすれば…何とかなるんじゃ無いかって。
 思い立った瞬間に、ご機嫌で頭を撫でるエレンさんの手を取った。

「エレンさん…あの…!」

 いつもしない行動と大声。その場にいた全員が驚いて俺に注目してしまっている。

(…まずい…)

 ここで「記憶を消さないで」と、言うのはまずい。母に俺が知っていたとバレてしまう。それにユリアも、知らなくていいことを知ってしまうことになる。

(…どうすればごまかせる?)

 必死で考えを巡らせて考えついた。

「話があって…」

 そう呟いて、顔を真っ赤にしながらエレンさんの耳元に顔を近づけた。

「…今度…エレンさんにお願いしたいことがあるんだ…ユリアには内緒で…」

エレンさんは目を丸くした後に、クスッと笑った。もう「仕方ないなー」なんて言いながら、「来週また来るから、その時に聞くね…」そう、俺の耳元で囁くと、ユリアを連れて帰って行った。

「何話してたの?」

ニヤニヤしながら母が肩に手を回した。その手を払いながら「内緒」と言って、階段を駆け上がった。

 足取りが軽い。何とかなるかもしれないと、ほんの少しだけど希望が持てた。
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