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プロローグ
しおりを挟むーー夢を見ていたーー
まだ母が生きている頃の夢。
違う…これは私が子供の頃の記憶だ。
子供と言っても…10歳位だったかもしれない。オレンジ色の光が差し込む部屋で、私は母のエレンと双子の兄のテルと微睡んでいた。
明け方だったか夕方だったかはよく覚えていない。母は歌を口ずさんでいたような気がする。
母はセイレーンだったから、歌を歌う時には何か意味があるはずだったけれど、それもよく覚えていない。
母の優しい歌声に微睡んで眠ってしまった。何分だったか、何時間だったかは分からないけれど、隣りのテルも一緒に眠っていた。
母の「起きて」と言う声で、2人は同時に目を覚ましたのだから。
いつの間にかかけられていたブランケットからのそのそ這い出して、背伸びをした。テルはまだその場に座り込んで目を擦っている。
窓辺に座った母は、大きなあくびをしている私に手招きした。
大好きな母に呼ばれた私は、微笑みながら抱きついた。
陽だまりの中にいる母の膝に顔を乗せた。温かい手が私の長い髪を撫でる。
顔を上げると、優しく見つめる母と目が合った。
「ユリア…シンデレラの話…知ってる?」
唐突に誰でも知っている童話のことを聞かれた私は困惑して目を丸くした。
戸惑いながら知ってるよ?と言う私に、母は微笑みながら「どんな話しだったかしら?」と独り言をいいつつ話しを続けた。
シンデレラは魔法使いの魔法で、わずかな時間だけ辛い日常から抜け出して…。
それから限られた時間、王子様と夢のようなひと時を過ごして、12時の鐘の音と共にまた辛い日常に戻る。
そして、辛い暮らしに戻ったシンデレラは「あの時間は幸せだったな…」って思って暮らすっていう話しよね?と、言って笑った。
「……違うよ」
「違うだろ?」
兄妹が口を揃えてツッコミを入れた。そんな夢も希望も無い話しじゃない。
「それじゃあ物語の最後が『めでたしめでたし』にならないだろ」
テルはとぼける母にそう言って、ため息を吐いた。母は「確かにめでたくはないね」と、笑いながらテルを抱き寄せた。
最近は昔みたいに一緒に眠ったり、母に甘えたりすることも無かったテルだったけど…。
今日はこうやって2人で母の腕の中にいることが珍しい。
照れて顔を赤くするテルを見て私はクスッと笑った。
「ママ、シンデレラはガラスの靴を持って探しに来た王子様と幸せに暮らす話しだよ?」
「そっか…王子様がいるんだった」
わざとらしく母は驚いて、両手に抱えた私達をさらに強く抱き寄せた。テルは「離せって…」なんて言いながらも、嬉しそうだ。
「…ユリアのおかげで思い出した。シンデレラは王子様に救われたって話しね?」
「何か違うよ…。救ったのは魔法をかけた魔女でしょ?」
「違わないわ?魔女の魔法じゃ、シンデレラは救われてない。きっかけを与えただけ…」
そう呟いて、なぜか悲しそうに私とテルを交互に見つめた。
母はよく笑い、よく泣く表情豊かな人だったけれど、今日は何となく変だと思った。
「…王子様がシンデレラを探したから、辛い日常から救われたのよ?王子様が迎えに来たから…シンデレラにかけた魔法は永遠になったの」
王子様はどこの誰かも分からない、舞踏会に現れただけの『シンデレラ』に、もう一度会いたいって思った。
少ない手がかりで必死になって探してくれた王子様がいないと、シンデレラは「夢のような時間」を過ごしただけで終わる。だから救ったのはやっぱり王子様よね?と、母は熱く語った。
そう言われると一理ある気がしてきた。
「…どうでもいいけど…、何でシンデレラの話をそんなに熱く語るんだよ?」
テルも母の様子がいつもと違うことに気がついていたのかもしれない。
訝しげに聞くテルに、母は満面の笑みを浮かべて「聞きたい?」と、もったいぶった。
私は「聞きたい!」と目を輝かせて、母に詰め寄った。
「…私を『辛い日常』から救い出してくれた王子がパパだったの…」
母の口から飛び出した発言で、一気にテルの表情が死んだ。
私もまさか『シンデレラ』が惚気に繋がるなんて思って無かったから、呆気に取られてしまった。
私達のことなんて全く気にして無い母は「きゃー言っちゃったー!」なんて言いながら、両手を口元に当てている。
少女のように目をキラキラさせながら、もう何度も聞いた「かっこいいパパ」との馴れ初めを話しだした。
いつものことだけど…こうなったら止まらない。
(…何だ…いつものママだ…)
ホッとしてる私の隣りで、テルは「はぁ!?」と声を上げた。
「…ただ惚気たかっただけかよ…」
やっぱりテルも、母の様子がおかしいことに気が付いていたみたい。
話しをひと段落させた母は「ごめん」と咳払いをした。
言いたかったことはね?と、母は私の顔を覗き込んだ。
「…ユリアの魔法が解けた時にさ…王子様がそばにいてくれたらいいなって。…そう願わずにはいられないの」
「…へ…?」
またまた訳のわからないことを、少し悲しそうに呟く母に私は何も言えなかった。
確かにセイレーンの能力は、イーターから狙われているし、制限も多いけれど…。それを「辛い日常」だなんて思ったことは無かったから。
母の言いたいことの本質がわからない。うーんと眉間に皺を寄せて考えた。
「…テルもさ…『王子様』になって、救い出してあげられたらいいなって思うの…」
今度は隣りのテルに向かって、母が呟いていた。
「俺は王子様なんて柄じゃ無いから無理だな。王子様は、シュウみたいなヤツのことを言うんだ。俺はアイツにはなれないよ」
テルが『シュウ』と言う名前を出した途端に母の顔色が険しくなった。
(シュウ…?シュウって誰…?テルの友達かな?)
その名前に覚えがあるような無いような…不思議な感覚に陥った。
何かを思い出そうとするけれど、頭に霞がかかったように思い出せない。
「うーん」と、頭を抱えながら唸ってしまった。
「…やっぱりテルは一筋縄じゃいかないか…」
そう呟く母の声を聞いた気がした。じっと見つめていると、母がその視線に気付いて微笑んだ。
困ったように「何でもないよ?」と、私に笑顔を見せると時計を見上げた。
「もうこんな時間だ!二人とも、ご飯の支度を手伝って?パパが帰って来ちゃう!」
慌てて私達の手を引いて、キッチンに3人で走って行った。
***
大きくなる目覚ましの音で目が覚めた。
ーー何でだろう。今さらこんな昔のことを夢に見るなんて…。
(…緊張してるからかな…?)
そんなことを思いながら、ベッドから立ち上がる。
今日は編入試験を受ける日だ…。憂鬱な気分が更に憂鬱になって、大きくため息を吐いた。
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