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救護室の扉を開くと、イリーナ教官が廊下のベンチに座って待っていた。
「…シュウの様子は?」
俺の顔を見るなりそう問いかける教官から視線を逸らした。
「あのことを、詳細に記憶しています。…それに、正常な判断ができないくらいに追い詰められてる…」
自分の口から出た言葉に吐きそうになった。
そうだ。さっきのシュウは正常な判断が出来なかった。
アイツらと同じように、無理矢理身体を貪ろうとした俺に、抱いて欲しいとせがんだ。
そのくらい、シュウは追い詰められていた。
そして俺は…そんなシュウを…追い詰められて、心が壊れていると知っていて抱いた。
誰かに穢されるくらいなら…。いっそ俺が穢してしまいたい。そう、思ってしまってた。
(…最低だ…)
眉間に皺を寄せたままの俺の肩をイリーナ教官が叩いた。
「…そうか。それなら、シュウの為にもテルの言う通りにすることが、一番の解決策だ」
それだけ呟くと、沈痛な表情で教官は窓の外を見つめた。
わざと視線を逸らす教官の顔を真っ直ぐに見つめて、俺は強く拳を握りしめた。
「そうしようと思います。これ以上、シュウに傷を背負わせたくはないから…」
「そうだな…」
シュウに傷を負わせた張本人が、偉そうにそんなことを言うなんて…。
やっぱり俺は最低だと思いながら、教官に頭を下げた。
「はい。国王陛下にセイレーンの力を使う許可は取ってあります。ユリアにも協力の要請は行いました。あまり乗り気ではなさそうでしたが…」
「それはそうだろう。でも、忘れた方がいい事があるのも事実だ…」
「自信を持て。君の判断は正しいよ。テルの提案通り、一連の記憶をシュウから消す。あとは任せたよ?」
「……はい……」
返事をするとイリーナ教官に背を向けて、ユリアが待機している教室へと向かった。
これは…ユリアしかできないことだから…
***
「ユリア、『忘却の歌』って、もう完全に操作できる?もし、可能ならシュウに使って欲しいんだ」
そう声をかけたのは、シュウが目覚めたと連絡を受ける少し前のことだった。
王妃とユリアが、セイレーンの力を特訓している訓練場の扉を開いた瞬間、口にしたセリフがそれだった。
「……え……?……何?」
ユリアは、王妃と手を握りながら体内を流れる力を感じる訓練をしているところだった。
そこにいきなり現れて、そんなことを言うから…。二人は目を丸くして、俺のことを見つめた。
「どうしたの?いきなり。シュウの目が覚めたとか?」
やっと、ユリアから発せられた言葉はそれだった。
あれから数日経ったのに、シュウはまだ目を覚ましてはいなかった。
そもそも、襲撃後の傷は回復していなかった。
(それに加えて…あの時殴られたから…)
殴られた傷は相当深かったようだ。シュウはその傷を治す為に、自己治癒魔法を使っていたらしい。
自己治癒魔法は、普通の治癒魔法より聖力を使う…。
全身に一番重傷の傷を治す量の聖力を流すことになるから、聖力の消費が多くなると聞いたことがある。
だからこそ目を覚さない。体力も聖力も尽きてしまったシュウは、今も救護室でイリーナ教官の護衛を受けながら、眠り続けている。
「まだ目を覚ましてはいない。でも、目が覚を覚ましたシュウを苦しめたくはない…」
(だってそうだろう…)
「役に立って死にたい」…。そう言って、俺の元を去ったシュウが、ようやく自分を取り戻してきた矢先だったのに。
今まで苦しんだ分…平和に生きていけばいい。俺に甘えて生きていければいいって思ってた。
俺はシュウを『穢れた存在』だなんて思わない。シュウも、それを分かってくれた。
幼い頃から苦しんで…。投げかけられる汚い奴の汚い言葉も、全て自分のせいだって受け入れて…傷を増やして…。
最後には「役に立って死にたい」なんて言葉を吐かせた。
(もう…いいだろ…)
ようやく解けそうだったんだ。長年シュウを蝕んでいたそんな純血主義の呪いが…。
それなのに、またこんな試練なんていらないだろ?
「…テル君…」
王妃とユリアは目を合わせて、困った顔をしている。
「テル君の気持ちは嬉しいけれど、リスクもあるのよ?それに、これはシュウが自分で乗り越えていかないと…」
「…乗り越える?もう充分だろ?この国穢れた思考をようやく乗り越えたんだ。これ以上何を乗り越えれば、納得できるんだ?」
王妃に向かって声を荒げたのは初めてだった。でも止まらなかった。止めることなんて出来なかった。
「…テル!落ち着いて!…王妃の言う通りリスクもあるの」
興奮している俺の腕を押さえるように、ユリアが巻きついてきた。
「…リスクってなんだよ…」
「そもそも、私まだ歌の範囲指定ができないから、『忘却の歌』の効果が広範囲に及ぶ危険性もあるし。それに『事象』に絞れない。『時間』でしか忘れさせることは出来ないの…」
「それでいい…。全員の記憶から抹消してくれるなら、尚更いいよ」
ユリアを見下ろしながらそう呟いた。
「…それに、分かってると思うけど、テルに私の歌は効かないよ?…それでもいいの?」
「それでいい。…これは、バカな自分への戒めだよ…」
ユリアと王妃は俺が絶対に譲らないと悟ったんだろう。
「分かった」と、返事をした後でイリーナ教官からシュウが目覚めたと連絡が入った。
「…シュウの様子は?」
俺の顔を見るなりそう問いかける教官から視線を逸らした。
「あのことを、詳細に記憶しています。…それに、正常な判断ができないくらいに追い詰められてる…」
自分の口から出た言葉に吐きそうになった。
そうだ。さっきのシュウは正常な判断が出来なかった。
アイツらと同じように、無理矢理身体を貪ろうとした俺に、抱いて欲しいとせがんだ。
そのくらい、シュウは追い詰められていた。
そして俺は…そんなシュウを…追い詰められて、心が壊れていると知っていて抱いた。
誰かに穢されるくらいなら…。いっそ俺が穢してしまいたい。そう、思ってしまってた。
(…最低だ…)
眉間に皺を寄せたままの俺の肩をイリーナ教官が叩いた。
「…そうか。それなら、シュウの為にもテルの言う通りにすることが、一番の解決策だ」
それだけ呟くと、沈痛な表情で教官は窓の外を見つめた。
わざと視線を逸らす教官の顔を真っ直ぐに見つめて、俺は強く拳を握りしめた。
「そうしようと思います。これ以上、シュウに傷を背負わせたくはないから…」
「そうだな…」
シュウに傷を負わせた張本人が、偉そうにそんなことを言うなんて…。
やっぱり俺は最低だと思いながら、教官に頭を下げた。
「はい。国王陛下にセイレーンの力を使う許可は取ってあります。ユリアにも協力の要請は行いました。あまり乗り気ではなさそうでしたが…」
「それはそうだろう。でも、忘れた方がいい事があるのも事実だ…」
「自信を持て。君の判断は正しいよ。テルの提案通り、一連の記憶をシュウから消す。あとは任せたよ?」
「……はい……」
返事をするとイリーナ教官に背を向けて、ユリアが待機している教室へと向かった。
これは…ユリアしかできないことだから…
***
「ユリア、『忘却の歌』って、もう完全に操作できる?もし、可能ならシュウに使って欲しいんだ」
そう声をかけたのは、シュウが目覚めたと連絡を受ける少し前のことだった。
王妃とユリアが、セイレーンの力を特訓している訓練場の扉を開いた瞬間、口にしたセリフがそれだった。
「……え……?……何?」
ユリアは、王妃と手を握りながら体内を流れる力を感じる訓練をしているところだった。
そこにいきなり現れて、そんなことを言うから…。二人は目を丸くして、俺のことを見つめた。
「どうしたの?いきなり。シュウの目が覚めたとか?」
やっと、ユリアから発せられた言葉はそれだった。
あれから数日経ったのに、シュウはまだ目を覚ましてはいなかった。
そもそも、襲撃後の傷は回復していなかった。
(それに加えて…あの時殴られたから…)
殴られた傷は相当深かったようだ。シュウはその傷を治す為に、自己治癒魔法を使っていたらしい。
自己治癒魔法は、普通の治癒魔法より聖力を使う…。
全身に一番重傷の傷を治す量の聖力を流すことになるから、聖力の消費が多くなると聞いたことがある。
だからこそ目を覚さない。体力も聖力も尽きてしまったシュウは、今も救護室でイリーナ教官の護衛を受けながら、眠り続けている。
「まだ目を覚ましてはいない。でも、目が覚を覚ましたシュウを苦しめたくはない…」
(だってそうだろう…)
「役に立って死にたい」…。そう言って、俺の元を去ったシュウが、ようやく自分を取り戻してきた矢先だったのに。
今まで苦しんだ分…平和に生きていけばいい。俺に甘えて生きていければいいって思ってた。
俺はシュウを『穢れた存在』だなんて思わない。シュウも、それを分かってくれた。
幼い頃から苦しんで…。投げかけられる汚い奴の汚い言葉も、全て自分のせいだって受け入れて…傷を増やして…。
最後には「役に立って死にたい」なんて言葉を吐かせた。
(もう…いいだろ…)
ようやく解けそうだったんだ。長年シュウを蝕んでいたそんな純血主義の呪いが…。
それなのに、またこんな試練なんていらないだろ?
「…テル君…」
王妃とユリアは目を合わせて、困った顔をしている。
「テル君の気持ちは嬉しいけれど、リスクもあるのよ?それに、これはシュウが自分で乗り越えていかないと…」
「…乗り越える?もう充分だろ?この国穢れた思考をようやく乗り越えたんだ。これ以上何を乗り越えれば、納得できるんだ?」
王妃に向かって声を荒げたのは初めてだった。でも止まらなかった。止めることなんて出来なかった。
「…テル!落ち着いて!…王妃の言う通りリスクもあるの」
興奮している俺の腕を押さえるように、ユリアが巻きついてきた。
「…リスクってなんだよ…」
「そもそも、私まだ歌の範囲指定ができないから、『忘却の歌』の効果が広範囲に及ぶ危険性もあるし。それに『事象』に絞れない。『時間』でしか忘れさせることは出来ないの…」
「それでいい…。全員の記憶から抹消してくれるなら、尚更いいよ」
ユリアを見下ろしながらそう呟いた。
「…それに、分かってると思うけど、テルに私の歌は効かないよ?…それでもいいの?」
「それでいい。…これは、バカな自分への戒めだよ…」
ユリアと王妃は俺が絶対に譲らないと悟ったんだろう。
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