おはようの後で

桃華

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17.シュウ

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「シュウっ……!!」

 テルの声が聞こえたと思ったら、いきなり強く抱きしめられた。
 なんの躊躇いもなく私を抱きしめてくれる、その腕の強さに堪えていた涙が零れ落ちる。

「……大丈夫……どこにも行かないから…」

 謝りたかったはずなのに「ごめん」の言葉が出てこない。泣きながらテル君の顔を見上げた。
 いつもの強い瞳が、今は泣き出しそうに潤んでいた。

 きっと私を守れなかったことに、罪悪感を感じているんだ。

 お父様とどんな話をしたのかは分からないけれど。

(…国王からの事情聴取なんて…それだけでも嫌だよね)

 それなのに。テル君は私の頬を伝う涙を優しく拭ってくれる。

 テル君はいつも実直で…。それでいて、私に優しくしてくれる。
 それなのに私は迷惑ばかりかけて、その優しさに何も返せない。

(このままの私がそばにいることは赦されるのかな…)

 謝りたかったはずなのに。謝ったところで優しいテル君を縛りつけるだけだって思えた。

 私は…純血主義者の言う通り…。穢い存在だ。

 サキュバスの血は魔力を吸収する。体内は汚い奴の汚い魔力で満たされている。

 どんなに否定しても…身体に流れる血には抗えない。

(汚い…)

 抗って否定したところで、私は所詮『穢れ』ている。

 それに比べて真っ直ぐに私を見つめる、テル君の瞳は綺麗で…。
 やっぱりこんな私の傍にいていい人じゃないって思えた。

(私じゃテル君に何も返せないよ…)

 テル君が私の傍にいる理由が『罪悪感』になってしまうことは、嫌だった。
 でも、起きてしまった事実は変えようがない。無かったことには、お互いにできない。

(もう…やめよう…)

 気付いた途端その瞳を見つめることが出来なくなった。
 溢れてる涙を必死で堪えて、ふいっ視線を逸らした。

「……触れてくれるんだ?」

 口にした言葉にテルは目を丸くしていた。
 また身体が震えた。指先が冷たくなる…。

「…私は…汚いよ…?」

 呟いた言葉にテル君は息をのんで顔を青くしている。

(そうなるよね……)

 次の言葉を発しようと、開いた唇は情けなく震えている。

「身体中舐め回されて…吸われて…」

(穢い…)

「秘部に…指を差し込まれた…。濡れ無くて…口に無理矢理押し込まれた……」

(汚い…)

「……それで……口のナカに射精された」

(キタナイ…)

 思い出して吐きそうになった。

 歯がカチカチと音を立てて鳴る位に身体は震えて、呼吸も浅く早くなった。

「そんなことされたのに、私の身体は汚い魔力を吸収する。嫌なのに…そんな奴の魔力で私の身体は満たされてるっ…」

 話している最中だったのに。

「綺麗だよ」

 そうつぶやきながら、テル君はいきなり両頬を大きな手で包み込み、顔を近づける。
 何しようとしているのか分かって、頭の中は大混乱してしまった。

「!!だ…ダメっつ」

(私を助けたのはテル君で…今、口のナカに出されたって、話したのに…)

 震える手で必死に口を覆ったけれど、私の抵抗なんてささやかなもので。
 簡単に手首を纏め上げられて、引き寄せられるままに唇を合わせた。

「…ん……っ…」

 口内をネットリと舌が這い回る。口蓋…。頬の裏…。歯列…。ナカを堪能した後、今度は舌を絡ませた。

 激しく深い口付けに、戸惑いながらも、息をしようと口を開くと、その隙間から唾液が伝い落ちる。
 それでも深いキスは止まない。重ねた唇をなぞる舌。唇を甘噛みして、時間をかけてまた口内を貪る。

 その感触が気持ちよくて、身体からチカラが抜けていく…。濃厚なキスに思考まで蕩けていく。

(口のナカ…気持ちいい……)

 テル君とキスは何度かしたことはあるけれど。こんなに濃厚なキスは初めてだった。

 もっとして欲しいとさえ思っていたのに。その唇は銀糸を繋いでゆっくりと離れた。

 余韻に浸りながら荒い息遣いのまま、テル君の胸に崩れ落ちた。
 
「…………汚いって…言ったのに…」
「そんなこと思わない。思わないから…」

 テル君は私を包みこむように抱きしめると、大きく息を吐いて首を垂れた。

 その瞳からは涙が一筋零れ落ちる。こんな綺麗な涙は初めて見ると、ゆっくりとその涙に触れてみた。
 私の冷たい指先が、テル君に触れることで満たされていく。

 それなのに…。私はテル君を泣かせることしかできない。
 大切な人なのに。私は何もできない。

 私の存在がテル君を傷つけてしまうから。

「私の護衛…降りて?偽りの婚約者も…破棄して欲しいの」

「…シュウ……?」

「……テル君は私にずっと罪悪感を感じながらそばにいるの?」

 自分で言った言葉に堪えきれずに涙を流した。

「…『可哀想だ』って思いながら、私の傍にいて欲しくはない…」

 なんて、ことを言っているくせに…。私は震えながらテル君の腕を掴んでいる。

(もう…。行かせてあげないと…)

 ようやく決心がついた。そっと身体を離して、まだ震えている身体を自ら抱きしめた。

「迷惑ばかりかけて…ごめんなさい…。これ以上、優しいテル君を私に縛りつけていたくない……」

 何とか最後にそう呟いて膝を抱いた。テル君の顔を見ることができない。

 優しいから…。辛そうな表情をしているんだろうなって。予想がついてしまうから。

 ……そう…思っていたのに。

 いきなりベッドの上に押し倒された。


 状況が飲み込めない。涙を流したままで声も出せなかった。見上げたテル君は、いつもの優しい顔では無かった。

「…罪悪感なんて持ち合わせていない。それに…可哀想だなんて思ってもない。一番は後悔だよ?」

「後悔…?」

 さっきと違って奥歯をギリリと噛み締めながら、すごく怖い顔をしてる。

「アイツを殺しておけば良かったって…。そしたら、シュウがこんな思いをすることは無かったのにって…」

 授業の時…絡まれた時の話しだ。あの時、テル君は殺そうとしていた。

「それに…勘違いしているけど、別に優しくもないから。いつもは、猫被ってるよ?でも、それはシュウのそばにいる為だ」

 淡々とそんなことを言ってのける。

「シュウの傍にいられないなら、もう取り繕う必要もない」

 いつもと違うその表情に、ゾクリと背筋が震えた。鋭い眼光から目が離せない。
 固まっている私に、テル君は覆いかぶさりながら、耳元にゆっくりと顔を近づける。

「……アイツらに触られたところどこ…?」

 質問の意味が分からず、驚く私は声も出せない。

「俺以外がシュウに触れるなんて…許せない…」

 いつもと違う声色、テル君は多分すごく怒っている。
 気付いた時に、自分では分からなかったけれど、真っ青な顔をしていたんだと思う。

「言いたくなかったら言わなくていいよ。…あの時のシュウの姿…目に焼き付いてるから」

 そう言うと、私の服に手をかけた。
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