おはようの後で

桃華

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2.テル

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 次の日の朝。お城へシュウを迎えに行こうとすると、何故か双子の妹、ユリアも一緒に行くと言って聞かなかった。

「迎えには、俺一人でいくよ。ユリアまで行くと、シュウが恐縮するし」

「そうかもしれないけど…。やっぱり心配だよ」

 伏目がちにユリアは呟いた。

「俺が傍に必ずいるようにするし。今日は、王族付きのガーディアンが養成校の門前まで送る手筈になっているから」

「それが心配なの……」

 ユリアが言うには、国王が俺を『お気に入りの婚約者だ』と、国民に向けて大々的に紹介してから、更にシュウへの当たりが強くなったらしい。

(よく分からないけど)

「…テルってさ…人当たりいいじゃん?誰にでも優しいっていうかさ…。それに、見た目もいいしさ…昔からモテてた」

 いつもは俺のことを褒めないユリアが、どもりながらそんなことを言い出した。

「……何?いきなり褒め出して。買って欲しいものでもある?」

「そうじゃなくてさ……。テルがシュウの婚約者に選ばれたって勘違いしてる人も多くて。……シュウがテルを婚約者に仕立てあげたって」

(…何だそれ…?)

 武器の入っているボックスから、大剣を取り出す手が止まった。

「はぁ…?そもそも、シュウを好きになって、しつこく言い寄っていたのは俺なんだけど?」

「うん。クラスのみんなは知ってるけど…クラスとか学年が違う人は知らないでしょ?」

「怖っ。何でクラスとか学年違う奴が俺のこと知ってるんだよ…」

「それは、テルが目立つからだよ…。だから、テルとシュウが養成校で二人きりなのも不安なの。私なんて妹なのに、色々言われたもん」

 俺には直接言ってこないくせに、みんなが事実かのように『自分の意思とは別に、シュウの一存で決められた婚約者』だと言っているらしい。
 面と向かって言ってこれば「好きになったのは俺の方だ」と、言えたのに。

(…無駄か…)

 そう言う思考の奴らは、都合のいい方を『真実』にするんだ。
 嘘でも、多数が言えばそっちが真実本当になってしまう。

(最悪だ……)

 守りたいはずのシュウは、俺のせいで余計な傷を負うことになるかもしれない…。

「……分かった。ユリアは養成校入り口で俺達を待ってて?」

 自分がユリアの案を素直に受け止めたのは、これが初めてなんじゃないかと思った。
 同じように、ユリアも驚いて目を丸くしてから首を大きく縦に振っている。

「うん!!そうするね」
「あ…ユリア」
「何?」
「…ありがとう。…そこまで気が回らなかったからさ。助かった…」

 周りの状況が見えていなかった。シュウのことばかり考えていたから、そんなことを言われていることに、俺は気付けなかったから。
 素直に『ありがとう』を言う俺に、ユリアは微笑んでいる。

「気にしなくていいよ?だってシュウは大事な友達で、テルは大切な家族だから。私が出来ることがあったら頼ってね?」

「…ああ…。そうだな。ありがとう」

 それだけ言うと、俺たちは家を出て別れた。

***

 迎えに行った城門では、いつものようにシュウ専属のガーディアンに敬礼をして名前を告げた。
 門の前で待っていると、ガーディアンに連れられて来たシュウは、いつも通りに微笑んでいた。

「おはよう。テル君」
「おはよう、シュウ。体調はどう?」
「ふふっ…。それ、毎日聞くんだね」
「普通に聞くよ。今までは病室だったし、今日は退院したばかりだからな」
「そうだね。心配してくれてありがとう」

 そうやって制服姿で笑うシュウを見るのは久しぶりで…。見慣れていたはずなのに新鮮だった。

(…前よりも線が細くなってる…)

 ブラウスの裾から覗く腕は、前よりも一回りほど細く見える。

(胸は相変わらず大きいけど…)

(…………)

(……何考えてるんだろ……)

 不思議そうに見つめるシュウの視線を遮るように、手で顔を覆った。

(…俺は欲求不満か…?)

(……)

(まぁ……欲求不満だな……)

 弱っているシュウにほど腐った人間じゃ無いけれど。欲情しない訳ではない。
 夜、二人きりの病室での添い寝も、何とか理性で耐えてみせたけれど、かなり拷問だったし。

(おかげで一睡も出来なかった…)

「どうしたの?」
「…!!何でもない。…車に乗ろうか?」

 ガーディアンが用意してくれた車に乗ろうと、その手を取り軽く引いた。
 それだけで、シュウはよろけて俺の胸に倒れ込んでしまった。
 受け止めた肩は骨張っている。天使族はカロリー消費が多いから、食べないとどんどん痩せて行くらしい。
 腕には新しい針の跡が残っているし。

(昨日も何も食べてないな…)

 「ごめん」と、離れようとするシュウの背中に腕を回して、そのまま車に乗り込んだ。

「朝食は食べた?」
「…あ……うん……」

 髪を耳にかけながら、俺から目を逸らすその仕草が「食べてない」と言っているようなものだ。
 
「嘘でしょ?」
「……うん……食欲無くて……」

 俯くシュウに、パウチのゼリーを差し出した。

「はい、いつものやつ」
「あ…、ありがとう…」

 ゼリーを受け取ったまま、シュウは顔を真っ赤にしている。このゼリーの意味に、シュウはもう気付いている。

「…分かってると思うけど…今すぐ食べないと口移しするよ?車の中とか、関係ないから」

「…っ!!自分で食べるよ!!」

 いつも通り、焦りながら蓋を開けてパクりと飲み口に口を付けた。
 このやり取り…何度目だろうと、真っ赤なシュウを横目に笑った。
 俺もシュウも、襲撃の後から変わったことも多いけれど、変わらないことも多くて。

 変わらないシュウの仕草に、ほんの少しだけ胸を撫で下ろした。

 シュウはこのまま、何も変わらずにいて欲しい。俺がそのままのシュウを守ると誓いながら、車窓から流れていく見慣れた風景を眺めた。
 養成校の高い壁が見えてきた。もうすぐ学校に着く。

 同じように外を見つめながら、不安そうな顔をしていたシュウに気が付いた。

「不安?」
「…うん。少しだけ…」

 「大丈夫」とは、言わずに「少しだけ…」と、弱さを見せたシュウの肩を抱いた。

「大丈夫。俺がそばにいるから…」
「…ありがとう」

 そんな話しをしていると、車が養成校の門前に停まった。
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