14 / 39
ギルガメシュの憂鬱
しおりを挟む
ズズズズズ
ドカリと魔王の寝室の一角に備えられた椅子に座ると、ギルガメシュは入れてきたばかりのお茶を一気に喉に流し込んだ。
「全く──」
熱いお茶を入れなおせというから、持ってきてみれば、部屋には魔王の姿はなく、宰相までいなくなっている。
一応メモ書きはあったが、それでも最近魔王の我儘に振り回されていたギルガメシュは、もうやってらんねーとばかりに、用意してきたお茶を飲み干したのだ。
まあ今回いつでもグラグラ煮えたぎるお茶を出せるように、やかんをコンロごと運び込んでいるので、帰ってきたら新しいお茶もすぐ入れられるから問題ないだろう。
それから窓を開け、小さくため息を付く。
最近ようやくこの仕事が楽しくなってきたというのに、魔王が目覚めてから何か面白くない。
親や親せきからは名誉な仕事だとほめたたえられ、友達の話を聞いても、嫌味な上司も足を引っ張る同期もなく、残業もない。やることといえば部屋の掃除と宰相の手伝い、それと魔王の身の回りのことだけなのに、給料は誰よりも高い、友達もうらやましがるほどのホワイトな職場だ。
魔王の我儘も本当にたんなる我儘であって、陰湿ないじめとかではない、友達の話と比べてもそれは明らかだ。なのに……
その時勢いよく扉が開かれ、宰相と魔王が帰ってきた。
「おい、ごめんって、ちょっとそう思っただけじゃないか」
「だから、怒ってないです」
「いや明らかにお前のそれは怒ってる時の顔だって」
「あーはいはい、ラエンは私の怒った顔はわかるのに、他のことなど全くわかっていないのですね。生まれた時からお仕えしてきたのに」
初めてみる宰相の魔族らしい荒々しい態度にギルガメシュがぽかんと口を開ける。
いつも注意する時でさえ感情を表すことなく淡々と諭すように話す宰相が、普通の魔族のように声を荒げて感情をむき出しにして怒気を含んだ声で魔王にいい返している。
そんなことを思っていたら突然その矛先が自分向けられた。
「だいたい、リーレンが誤解されるようなことをするからいけないんだ」
「私がいつ誤解を招くような真似をしましたか?」
「こいつのこと名前で呼んでるじゃないか!」
そういって魔王に指をさされるギルガメシュ。
「はぁ?」
意味が分からないという顔の宰相。
「お前はずっと、自分より早く死ぬ奴の名前なんて覚えるだけ無駄だとかいって、仲間の名前すら覚えようとしなかったじゃないか! それなのになにが『ギル』だ。俺の前でいちゃつきやがって!」
「はぁ!?」
宰相の顔が困惑の表情を浮かべる。突然喧嘩に巻き込まれる形となったギルガメシュも魔王と宰相の顔を交互に見ながらオロオロとするばかりだ。
「確かにあの時代は、どんどん仲間が死んでいきましたよ。でもラエンも見てきたでしょ。今は平和な世の中なんです。確かに私よりみな先に逝くでしょうけど、それでも長い時間一緒に働いていくのに、名前がわからないと不便でしょ」
「そんなこといって、だいたいリーレンに獣魔族の見分けがつくのかよ」
「(ラエンの髪で作った耳の房飾りがついてるから)ギルガメシュはわかります!」
「宰相様!」
おもわず祈る乙女のようなポーズでギルガメシュが宰相の名を呼ぶ。キッとそんなギルガメシュを魔王が睨みつける。
「────っ!」
その燃えるような瞳を見た瞬間ギルガメシュは突然悟った。
(そう、これは嫉妬だ)
思いついた途端いままでのことが急に腑に落ちた。
(親の愛情を独占したい子供の嫉妬)
宰相は言っていた。赤ん坊だった魔王ラエンの世話をして育てたのは自分だと。
魔王とはいえ眠っている間に知っている魔族はみな年を取り死んでいったものも多いだろう、そして唯一知っている魔族は年を取ることのない育ての親である宰相だけ。それなのに目が覚めてからの宰相ときたら、魔王の世話は世話係のギルガメシュに任せっきりで宰相は同じ部屋にいるだけでずっと書類とにらめっこだった。
それは魔王だって寂しかったに違いない、だからギルガメシュが宰相の仕事を手伝っているときに限って我儘を言ってきたのだろう。
そんな風に思ってみたら急に目の前で恐ろしいほど魔力を膨れ上がらせている魔王が愛おしく思えてきた。
精神年齢が若返るわけではないと言っていたが、それは宰相がそう思っているだけで、本当はまだ親に甘えたい年ごろなのだろう。
「魔王様──いえ、ラエン様、大丈夫です。あっしは宰相様を取ったりしません。宰相様が愛しているのはラエン様だけです」
いつかみた教育テレビで愛情に飢えた子どもに言葉で愛を伝えることも大切だと放送していたのを思い出す。
「はぁ、なんだ突然!?」
そう言いながらもラエンの魔力が明らかに動揺して揺らぐ。
「子供が親の愛を欲するのは当たり前です。恥ずかしがることはありません」
「はぁ!?」
今度は明らかに怪訝な顔をされたが、ギルガメシュにそんな些細な人型魔族の表情などわからない。
「ほら、宰相様もちゃんと『愛してる』と言ってあげてください」
宰相も困惑した表情でギルガメシュを見ている。
「まぁ。あっしがいたら恥ずかしくて言えないでしょうから、あっしはこれで失礼します」
そういうとギルガメシュは満足げに部屋を出ていく。そのさりぎわにさりげなく、宰相の肩を叩いてエールを送るように親指を立てる。
あまりの的外れ? なそれに毒気が抜かれたのか、ラエンの膨れ上がった魔力がみるみるしぼんでゆく。
リーレンも思わず呆れたのち小さく噴き出す。
「俺は疲れたから、今日は寝る」
「はい」
そうしてラエンは空になった湯呑みの隣にすでにぬるくなっているお茶の入った湯呑みを見つけるとそれを一飲み干し、ベッドに潜る込んだ。
リーレンも残った仕事にとりかかったのだった。
ドカリと魔王の寝室の一角に備えられた椅子に座ると、ギルガメシュは入れてきたばかりのお茶を一気に喉に流し込んだ。
「全く──」
熱いお茶を入れなおせというから、持ってきてみれば、部屋には魔王の姿はなく、宰相までいなくなっている。
一応メモ書きはあったが、それでも最近魔王の我儘に振り回されていたギルガメシュは、もうやってらんねーとばかりに、用意してきたお茶を飲み干したのだ。
まあ今回いつでもグラグラ煮えたぎるお茶を出せるように、やかんをコンロごと運び込んでいるので、帰ってきたら新しいお茶もすぐ入れられるから問題ないだろう。
それから窓を開け、小さくため息を付く。
最近ようやくこの仕事が楽しくなってきたというのに、魔王が目覚めてから何か面白くない。
親や親せきからは名誉な仕事だとほめたたえられ、友達の話を聞いても、嫌味な上司も足を引っ張る同期もなく、残業もない。やることといえば部屋の掃除と宰相の手伝い、それと魔王の身の回りのことだけなのに、給料は誰よりも高い、友達もうらやましがるほどのホワイトな職場だ。
魔王の我儘も本当にたんなる我儘であって、陰湿ないじめとかではない、友達の話と比べてもそれは明らかだ。なのに……
その時勢いよく扉が開かれ、宰相と魔王が帰ってきた。
「おい、ごめんって、ちょっとそう思っただけじゃないか」
「だから、怒ってないです」
「いや明らかにお前のそれは怒ってる時の顔だって」
「あーはいはい、ラエンは私の怒った顔はわかるのに、他のことなど全くわかっていないのですね。生まれた時からお仕えしてきたのに」
初めてみる宰相の魔族らしい荒々しい態度にギルガメシュがぽかんと口を開ける。
いつも注意する時でさえ感情を表すことなく淡々と諭すように話す宰相が、普通の魔族のように声を荒げて感情をむき出しにして怒気を含んだ声で魔王にいい返している。
そんなことを思っていたら突然その矛先が自分向けられた。
「だいたい、リーレンが誤解されるようなことをするからいけないんだ」
「私がいつ誤解を招くような真似をしましたか?」
「こいつのこと名前で呼んでるじゃないか!」
そういって魔王に指をさされるギルガメシュ。
「はぁ?」
意味が分からないという顔の宰相。
「お前はずっと、自分より早く死ぬ奴の名前なんて覚えるだけ無駄だとかいって、仲間の名前すら覚えようとしなかったじゃないか! それなのになにが『ギル』だ。俺の前でいちゃつきやがって!」
「はぁ!?」
宰相の顔が困惑の表情を浮かべる。突然喧嘩に巻き込まれる形となったギルガメシュも魔王と宰相の顔を交互に見ながらオロオロとするばかりだ。
「確かにあの時代は、どんどん仲間が死んでいきましたよ。でもラエンも見てきたでしょ。今は平和な世の中なんです。確かに私よりみな先に逝くでしょうけど、それでも長い時間一緒に働いていくのに、名前がわからないと不便でしょ」
「そんなこといって、だいたいリーレンに獣魔族の見分けがつくのかよ」
「(ラエンの髪で作った耳の房飾りがついてるから)ギルガメシュはわかります!」
「宰相様!」
おもわず祈る乙女のようなポーズでギルガメシュが宰相の名を呼ぶ。キッとそんなギルガメシュを魔王が睨みつける。
「────っ!」
その燃えるような瞳を見た瞬間ギルガメシュは突然悟った。
(そう、これは嫉妬だ)
思いついた途端いままでのことが急に腑に落ちた。
(親の愛情を独占したい子供の嫉妬)
宰相は言っていた。赤ん坊だった魔王ラエンの世話をして育てたのは自分だと。
魔王とはいえ眠っている間に知っている魔族はみな年を取り死んでいったものも多いだろう、そして唯一知っている魔族は年を取ることのない育ての親である宰相だけ。それなのに目が覚めてからの宰相ときたら、魔王の世話は世話係のギルガメシュに任せっきりで宰相は同じ部屋にいるだけでずっと書類とにらめっこだった。
それは魔王だって寂しかったに違いない、だからギルガメシュが宰相の仕事を手伝っているときに限って我儘を言ってきたのだろう。
そんな風に思ってみたら急に目の前で恐ろしいほど魔力を膨れ上がらせている魔王が愛おしく思えてきた。
精神年齢が若返るわけではないと言っていたが、それは宰相がそう思っているだけで、本当はまだ親に甘えたい年ごろなのだろう。
「魔王様──いえ、ラエン様、大丈夫です。あっしは宰相様を取ったりしません。宰相様が愛しているのはラエン様だけです」
いつかみた教育テレビで愛情に飢えた子どもに言葉で愛を伝えることも大切だと放送していたのを思い出す。
「はぁ、なんだ突然!?」
そう言いながらもラエンの魔力が明らかに動揺して揺らぐ。
「子供が親の愛を欲するのは当たり前です。恥ずかしがることはありません」
「はぁ!?」
今度は明らかに怪訝な顔をされたが、ギルガメシュにそんな些細な人型魔族の表情などわからない。
「ほら、宰相様もちゃんと『愛してる』と言ってあげてください」
宰相も困惑した表情でギルガメシュを見ている。
「まぁ。あっしがいたら恥ずかしくて言えないでしょうから、あっしはこれで失礼します」
そういうとギルガメシュは満足げに部屋を出ていく。そのさりぎわにさりげなく、宰相の肩を叩いてエールを送るように親指を立てる。
あまりの的外れ? なそれに毒気が抜かれたのか、ラエンの膨れ上がった魔力がみるみるしぼんでゆく。
リーレンも思わず呆れたのち小さく噴き出す。
「俺は疲れたから、今日は寝る」
「はい」
そうしてラエンは空になった湯呑みの隣にすでにぬるくなっているお茶の入った湯呑みを見つけるとそれを一飲み干し、ベッドに潜る込んだ。
リーレンも残った仕事にとりかかったのだった。
0
第一章にあたる作品
・起きてください魔王様!~勘違い群像劇コメディ~
ライト文芸大賞 参加作品
「ばなな姫 ~最悪な出会い~」
考察
・色々な小説投稿サイト使った感想や考察や収益
・アルファポリス 消える24hポイントの謎 考察 2021年
BLライト・BL?
・紅い月〜私を見ないでください。あなたを殺してしまうから〜
・屈強な兵士たちの受難
・起きてください魔王様!~勘違い群像劇コメディ~
ライト文芸大賞 参加作品
「ばなな姫 ~最悪な出会い~」
考察
・色々な小説投稿サイト使った感想や考察や収益
・アルファポリス 消える24hポイントの謎 考察 2021年
BLライト・BL?
・紅い月〜私を見ないでください。あなたを殺してしまうから〜
・屈強な兵士たちの受難
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く


RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる