魔族達の狂想曲〜愛憎・陰謀・荒唐無稽!魔族達の群像劇〜

トト

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ギルガメシュの憂鬱

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 ズズズズズ

 ドカリと魔王の寝室の一角に備えられた椅子に座ると、ギルガメシュは入れてきたばかりのお茶を一気に喉に流し込んだ。

「全く──」

 熱いお茶を入れなおせというから、持ってきてみれば、部屋には魔王の姿はなく、宰相までいなくなっている。
 一応メモ書きはあったが、それでも最近魔王の我儘に振り回されていたギルガメシュは、もうやってらんねーとばかりに、用意してきたお茶を飲み干したのだ。
 まあ今回いつでもグラグラ煮えたぎるお茶を出せるように、やかんをコンロごと運び込んでいるので、帰ってきたら新しいお茶もすぐ入れられるから問題ないだろう。

 それから窓を開け、小さくため息を付く。

 最近ようやくこの仕事が楽しくなってきたというのに、魔王が目覚めてから何か面白くない。
 親や親せきからは名誉な仕事だとほめたたえられ、友達の話を聞いても、嫌味な上司も足を引っ張る同期もなく、残業もない。やることといえば部屋の掃除と宰相の手伝い、それと魔王の身の回りのことだけなのに、給料は誰よりも高い、友達もうらやましがるほどのホワイトな職場だ。
 魔王の我儘も本当にたんなる我儘であって、陰湿ないじめとかではない、友達の話と比べてもそれは明らかだ。なのに……

 その時勢いよく扉が開かれ、宰相と魔王が帰ってきた。

「おい、ごめんって、ちょっとそう思っただけじゃないか」
「だから、怒ってないです」
「いや明らかにお前のそれは怒ってる時の顔だって」
「あーはいはい、ラエンは私の怒った顔はわかるのに、他のことなど全くわかっていないのですね。生まれた時からお仕えしてきたのに」

 初めてみる宰相の魔族らしい荒々しい態度にギルガメシュがぽかんと口を開ける。
 いつも注意する時でさえ感情を表すことなく淡々と諭すように話す宰相が、普通の魔族のように声を荒げて感情をむき出しにして怒気を含んだ声で魔王にいい返している。

 そんなことを思っていたら突然その矛先が自分向けられた。

「だいたい、リーレンが誤解されるようなことをするからいけないんだ」
「私がいつ誤解を招くような真似をしましたか?」
「こいつのこと名前で呼んでるじゃないか!」

 そういって魔王に指をさされるギルガメシュ。

「はぁ?」

 意味が分からないという顔の宰相。

「お前はずっと、自分より早く死ぬ奴の名前なんて覚えるだけ無駄だとかいって、仲間の名前すら覚えようとしなかったじゃないか! それなのになにが『ギル』だ。俺の前でいちゃつきやがって!」
「はぁ!?」

 宰相の顔が困惑の表情を浮かべる。突然喧嘩に巻き込まれる形となったギルガメシュも魔王と宰相の顔を交互に見ながらオロオロとするばかりだ。

「確かにあの時代は、どんどん仲間が死んでいきましたよ。でもラエンも見てきたでしょ。今は平和な世の中なんです。確かに私よりみな先に逝くでしょうけど、それでも長い時間一緒に働いていくのに、名前がわからないと不便でしょ」
「そんなこといって、だいたいリーレンに獣魔族の見分けがつくのかよ」
「(ラエンの髪で作った耳の房飾りがついてるから)ギルガメシュはわかります!」
「宰相様!」

 おもわず祈る乙女のようなポーズでギルガメシュが宰相の名を呼ぶ。キッとそんなギルガメシュを魔王が睨みつける。

「────っ!」

  その燃えるような瞳を見た瞬間ギルガメシュは突然悟った。
 
(そう、これは嫉妬だ)
 
 思いついた途端いままでのことが急に腑に落ちた。

(親の愛情を独占したい子供の嫉妬)
 
 宰相は言っていた。赤ん坊だった魔王ラエンの世話をして育てたのは自分だと。

 魔王とはいえ眠っている間に知っている魔族はみな年を取り死んでいったものも多いだろう、そして唯一知っている魔族は年を取ることのない育ての親である宰相だけ。それなのに目が覚めてからの宰相ときたら、魔王の世話は世話係のギルガメシュに任せっきりで宰相は同じ部屋にいるだけでずっと書類とにらめっこだった。

 それは魔王だって寂しかったに違いない、だからギルガメシュが宰相の仕事を手伝っているときに限って我儘を言ってきたのだろう。

 そんな風に思ってみたら急に目の前で恐ろしいほど魔力を膨れ上がらせている魔王が愛おしく思えてきた。
 精神年齢が若返るわけではないと言っていたが、それは宰相がそう思っているだけで、本当はまだ親に甘えたい年ごろなのだろう。

「魔王様──いえ、ラエン様、大丈夫です。あっしは宰相様を取ったりしません。宰相様が愛しているのはラエン様だけです」

 いつかみた教育テレビで愛情に飢えた子どもに言葉で愛を伝えることも大切だと放送していたのを思い出す。

「はぁ、なんだ突然!?」

 そう言いながらもラエンの魔力が明らかに動揺して揺らぐ。

「子供が親の愛を欲するのは当たり前です。恥ずかしがることはありません」
「はぁ!?」

 今度は明らかに怪訝な顔をされたが、ギルガメシュにそんな些細な人型魔族の表情などわからない。

「ほら、宰相様もちゃんと『愛してる』と言ってあげてください」

 宰相も困惑した表情でギルガメシュを見ている。

「まぁ。あっしがいたら恥ずかしくて言えないでしょうから、あっしはこれで失礼します」

 そういうとギルガメシュは満足げに部屋を出ていく。そのさりぎわにさりげなく、宰相の肩を叩いてエールを送るように親指を立てる。

 あまりの的外れ? なそれに毒気が抜かれたのか、ラエンの膨れ上がった魔力がみるみるしぼんでゆく。
 リーレンも思わず呆れたのち小さく噴き出す。

「俺は疲れたから、今日は寝る」
「はい」

 そうしてラエンは空になった湯呑みの隣にすでにぬるくなっているお茶の入った湯呑みを見つけるとそれを一飲み干し、ベッドに潜る込んだ。
 リーレンも残った仕事にとりかかったのだった。
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