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笑わない彼女
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「今日も来てる」
舞台の袖からそっと顔を覗かせて彼女の姿を確認する。
僕は売れないお笑い芸人。
こうして舞台に出ているが、お目当ての芸人の出番が終わると帰っていく客も少なくない。
だから自分の出番が最後の方だと、狭い劇場内では客の数より空席の方が多い日も多々ある。
そこに常連で美人でいつも最後まで舞台を見てくれている彼女を覚えてしまったのは当たり前のことだった。
そしてそんな彼女を見ているうちに僕は一つのことに気がついた。
顔を覚えられるほどに足しげく通う彼女の笑い顔を見たことがないことに。
初め自分の芸が面白くないから彼女は笑わないのだろうと思っていたが、舞台袖から見る彼女はどの芸人に対しても全然笑っていなかった。
でもつまらなそうという感じではなく、ただじっと舞台を見ている。まるで学校の授業を真面目に聞いている優等生のように。
そんなある日いつもの劇場ではなく、デパートの屋上の戦隊モノの前振りの営業に行くことになった。
屋上は戦隊モノを見に来た親子でほぼ満席だった。もちろんそれが始まるまでの時間を繋ぐために呼ばれた僕の芸を見ている親子などほとんどいない。
皆僕の芸より携帯ゲームに夢中である。
完全なアウエーな空気の中でふと僕は視線を感じた。そしてそこに彼女の姿を見つけた。
──偶然? たまたま?
彼女だってデパートに買い物に来るだろう。屋上にはショーのほかにも飲食ができるブースもある。
そこにたまたま知っている芸人がいたから、足を止めただけかもしれない。
僕は自分の出番が終わると、控室に戻らずなぜだか彼女を探していた。
「あの、すみません」
「はい?」
エレベーターを待っている彼女が振り返る。
「あの、その、いつも舞台観ていただきありがとうございます」
まさか自分のために今ここにいるとはこれっぽっちも思っていないが、もしかしたらという期待と、バカな期待はよせという思いとで、とりあえず当たり障りのないお礼を述べる。
「あ……、はい。いつも拝見させてもらっています」
「えっと、今日は、あ、どのようなご用事で、デパートに」
どのようなご用事もなにもないだろうに。何か話を続けたくて僕はそう言っていた。
「あ。サキぴょんさんが出るって聞いて」
「えっ!」
──幻聴だろうか?
「えっ、僕を見にきたんですか?」
「はい」
──幻聴ではなかった!
言葉を失って呆然と立ち尽くす僕に彼女はペコリと頭を下げると、すでに行ってしまったエレベーターを呼ぶためにボタンをもう一度押す。
それを見て僕は慌てて言葉を発した。
「あの、どうして僕なんて! 僕なんて全然面白くないし。あなたも笑ったことないのに」
ここで面白い返しができないから僕は売れない芸人なんだと、頭の中で思いながら、そんな言葉が出ていた。
「はい。そうですね」
それに対して彼女もいつもと同じ、真面目な顔で僕にそう告げた。
「えっ?」
「はい。サキぴょんさんは本当にいつも滑ってるし、寒いです」
「あっ。はい、すみません」
反射的に謝る僕。
「でも、それでもお笑いを続けられる精神がすごいと思います」
──褒められてる? ディスられてる?
「私、会社ですごく恥ずかしい失敗をしてしまったことがあって。もう会社の人に合わせる顔がないって。でも頑張って入った好きな会社だったのに辞める勇気もなくて、でも会社に行くこともできなくて、家に引きこもったことがあるんです」
「…………」
「そんな時、たまたま深夜番組でサキぴょんさんを見て。見ている私でさえいたたまれない滑り方をしたのに、平気で話題を続けてる姿をみて。素直にすごいなっておもったんです。あの時だって、周りの先輩芸人が助けてなかったら、全部カットになってただろうに、なんであんな堂々としてられるのだろうと。全国に、自分はつまらない、バカですって放送されたのに」
彼女の真面目な表情からは、本気で僕を慕って言っていることが悲しいぐらい伝わって来た。
「私の失敗なんてたかだか数人の社員の前でのこと、それに思い返せばその場にいた先輩たちも私をフォローしてくれていたのに、それなのに私はそれにも気づかず、ただ自分の失敗が恥ずかしくて、その場から逃げてしまったんです。そのうえ会社も休んでしまって。本当に情けないと思いました」
「はぁ」
「だからどんなにスベッても誰も笑ってくれなくても、舞台に立ち続けるサキぴょんさんを見て本当に勇気をもらったんです」
「──……」
「気分が落ち込んだ時や、小さな失敗をした時、サキぴょんさんの舞台を見ると、なんて自分はちっぽけな悩みでくじけてるんだと、いつも励まされます」
「……ありがとう、ございます」
「だからサキぴょんさんもこれまで通り頑張ってください」
彼女はそういうと、満足そうに満面の笑みを浮かべた。
舞台の袖からそっと顔を覗かせて彼女の姿を確認する。
僕は売れないお笑い芸人。
こうして舞台に出ているが、お目当ての芸人の出番が終わると帰っていく客も少なくない。
だから自分の出番が最後の方だと、狭い劇場内では客の数より空席の方が多い日も多々ある。
そこに常連で美人でいつも最後まで舞台を見てくれている彼女を覚えてしまったのは当たり前のことだった。
そしてそんな彼女を見ているうちに僕は一つのことに気がついた。
顔を覚えられるほどに足しげく通う彼女の笑い顔を見たことがないことに。
初め自分の芸が面白くないから彼女は笑わないのだろうと思っていたが、舞台袖から見る彼女はどの芸人に対しても全然笑っていなかった。
でもつまらなそうという感じではなく、ただじっと舞台を見ている。まるで学校の授業を真面目に聞いている優等生のように。
そんなある日いつもの劇場ではなく、デパートの屋上の戦隊モノの前振りの営業に行くことになった。
屋上は戦隊モノを見に来た親子でほぼ満席だった。もちろんそれが始まるまでの時間を繋ぐために呼ばれた僕の芸を見ている親子などほとんどいない。
皆僕の芸より携帯ゲームに夢中である。
完全なアウエーな空気の中でふと僕は視線を感じた。そしてそこに彼女の姿を見つけた。
──偶然? たまたま?
彼女だってデパートに買い物に来るだろう。屋上にはショーのほかにも飲食ができるブースもある。
そこにたまたま知っている芸人がいたから、足を止めただけかもしれない。
僕は自分の出番が終わると、控室に戻らずなぜだか彼女を探していた。
「あの、すみません」
「はい?」
エレベーターを待っている彼女が振り返る。
「あの、その、いつも舞台観ていただきありがとうございます」
まさか自分のために今ここにいるとはこれっぽっちも思っていないが、もしかしたらという期待と、バカな期待はよせという思いとで、とりあえず当たり障りのないお礼を述べる。
「あ……、はい。いつも拝見させてもらっています」
「えっと、今日は、あ、どのようなご用事で、デパートに」
どのようなご用事もなにもないだろうに。何か話を続けたくて僕はそう言っていた。
「あ。サキぴょんさんが出るって聞いて」
「えっ!」
──幻聴だろうか?
「えっ、僕を見にきたんですか?」
「はい」
──幻聴ではなかった!
言葉を失って呆然と立ち尽くす僕に彼女はペコリと頭を下げると、すでに行ってしまったエレベーターを呼ぶためにボタンをもう一度押す。
それを見て僕は慌てて言葉を発した。
「あの、どうして僕なんて! 僕なんて全然面白くないし。あなたも笑ったことないのに」
ここで面白い返しができないから僕は売れない芸人なんだと、頭の中で思いながら、そんな言葉が出ていた。
「はい。そうですね」
それに対して彼女もいつもと同じ、真面目な顔で僕にそう告げた。
「えっ?」
「はい。サキぴょんさんは本当にいつも滑ってるし、寒いです」
「あっ。はい、すみません」
反射的に謝る僕。
「でも、それでもお笑いを続けられる精神がすごいと思います」
──褒められてる? ディスられてる?
「私、会社ですごく恥ずかしい失敗をしてしまったことがあって。もう会社の人に合わせる顔がないって。でも頑張って入った好きな会社だったのに辞める勇気もなくて、でも会社に行くこともできなくて、家に引きこもったことがあるんです」
「…………」
「そんな時、たまたま深夜番組でサキぴょんさんを見て。見ている私でさえいたたまれない滑り方をしたのに、平気で話題を続けてる姿をみて。素直にすごいなっておもったんです。あの時だって、周りの先輩芸人が助けてなかったら、全部カットになってただろうに、なんであんな堂々としてられるのだろうと。全国に、自分はつまらない、バカですって放送されたのに」
彼女の真面目な表情からは、本気で僕を慕って言っていることが悲しいぐらい伝わって来た。
「私の失敗なんてたかだか数人の社員の前でのこと、それに思い返せばその場にいた先輩たちも私をフォローしてくれていたのに、それなのに私はそれにも気づかず、ただ自分の失敗が恥ずかしくて、その場から逃げてしまったんです。そのうえ会社も休んでしまって。本当に情けないと思いました」
「はぁ」
「だからどんなにスベッても誰も笑ってくれなくても、舞台に立ち続けるサキぴょんさんを見て本当に勇気をもらったんです」
「──……」
「気分が落ち込んだ時や、小さな失敗をした時、サキぴょんさんの舞台を見ると、なんて自分はちっぽけな悩みでくじけてるんだと、いつも励まされます」
「……ありがとう、ございます」
「だからサキぴょんさんもこれまで通り頑張ってください」
彼女はそういうと、満足そうに満面の笑みを浮かべた。
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