起きてください魔王様!〜過保護な宰相の日々〜

トト

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ある秘書官の手紙(下)

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 ちょうど知り合いの漫画家が体調を崩してしまい、急遽穴埋めに読み切り作品をお願いしたいと連絡を受けたのは、運命のいたずらのようにそれが書きあがった時だった。穴埋めといっても選ばれるとは限らない、他の候補者にも同じ連絡はいっているはずだ。
 でも心のどこかではこの作品は選ばれるんじゃないか、名作と言われ後世に残る作品になるんじゃないかそんな予感がした。

 しかし異色を通り越して異端。
 前代未聞、規格外。

 犬魔族は他の魔族より、異種族恋愛は盛んだったがそれでも毛皮を持たない種族との恋愛話など聞いたことがない、ましてや同性同士など、どんな漫画にも扱われたことがない、それを少女漫画の読み切りに採用されるわけがないと首を振った。
 しかしショコラの予想を裏切り、その読み切りはその週刊漫画の表紙をかざり、連載の話まで持ち上がった。

 定番の身分違いの愛が受けただけなのか、異色の異種族問題が刺さったのか。それとも衝撃的な同性愛が脳を麻痺させたのか。賛否両論、出版社には謎の宗教団体から脅迫文さえ届いたという。

 それと同時にショコラは不安の日々を送ることになった。
 種族は変えているとはいえ、白黒毛皮の犬魔族と鱗肌のトカゲ魔族。せめて犬魔族の毛色は違う色にしておけばよかったと後悔してももう遅い、ゾーン状態で一気に書き上げそのテンションのまま、ろくに見直しもしないで原稿を送ってしまったのだ。

「私以外に二人のことに気が付いている魔族が読んだら」

 そう思うと夜もおちおち眠れず、宰相に声を掛けられるたびに飛び出さんばかりに心臓が大きく跳ねた。
 しかしそんな心配はよそに、なにも変わらない日々が続いた。

「そうよね、二人が少女漫画を読むわけないし、たとえ誰かが気が付いたとしても、それを二人に話せるわけがないのだから」

 そう思っていたのに──

 ショコラは天国から地獄に突き落とされた気分だった。

『まじ、マジヤバい』
『ちょっとエリザベスも読んでみてよ』

 社員食堂にインターンシップで来ている数人の魔大学生。そのうち、エリザベスと呼ばれている牛魔族はギルガメシュの妹だということをショコラは知っていた。
 そしてその二人の会話に何気に視線を向けた時見てしまった。

「あの漫画は!」

 ショコラがペンネーム『カクテルケーキ』で書き上げ読み切りを勝ち取った。宰相とギルガメシュをモデルにした異種族同性漫画。

 思わず落としそうになった食器をすんでのところで持ちこたえる。
 それからショコラはすぐに早退の申し出をだすと家に帰り、両親と兄弟たちに向けて手紙を書き残した。
 そして、クローゼットの中から旅行鞄を引っ張り出すと旅支度を始めた。


「はぁ、まさかあの漫画がこんなに人気がでるとは」

 牛魔族は特に多種族間の恋愛には興味がない一族で有名だ。だから、犬魔族が主人公の漫画など読まないとどこかで安心していたのかもしれない。
 問題の少女漫画を手に持ちため息を付く。

「さすがギルガメシュ様の妹」

 そんな感想を勝手に持つ。
 
「でも、でもよ、まさか主人公のモデルが自分の兄とは気が付かないかもしれないじゃない」

 パラパラと漫画をめくりながらひとりごちる。

「いや仮に気が付いて、そのことを兄に確かめることができる?」

 鞄にその漫画も押し込むと、パンパンになった鞄の上に乗っかりながらよいしょと鍵をかける。

「あぁ、いい職場だったのに、そういえば来週先輩とご飯食べる約束してたんだった」

 窓を開けると昼間より少し涼しい風がショコラの毛を撫ぜた。それと同時に様々な感情が渦巻きぶつかり合いそして消えていった。

「そうよ、まだバレたと決まったわけじゃないんだよね……」

 ショコラは静かに目を閉じその爽やかな風を全身で感じた。
 このままバレなければ逃げる必要はない、そうだせっかくもらった連載はあきらめよう。それで今の職場でいままで通り仕事ができるなら、いいじゃないか。

 優しく気の合う職場仲間の顔が浮かぶ。
 でもそれと同じぐらい、あの衝撃の日から後、何も見落とさないように観察し続けた二人の姿と(脳内変換された)言葉が蘇る。
 グッとこぶしを握り締める。

「だめよ、ダメ! 私には無理」

 激しく首を振る。

「私にこの先の二人を見届けずに、逃げ出すなどできない!」

 ショコラが月に向かって吠える。

「覚悟は決まったわ。私は心行くまであの二人を観察し堪能し、そしてそれを広めるわ。それが私の漫画家としての使命なのだから」

 その瞳にもう恐れも怯えもなかった。ただ静かに使命に燃える神々しいばかりの輝きがあった。

 でも万が一宰相たちにことの真相がバレた時のためこの手紙と鞄はこのままにしておこう。
 たとえ逃げ遅れても家族がこの手紙を読めばきっと私が旅に出ただけだと思うにちがいない。
 親不孝になるかもしれない私ができる最後の親孝行。

 私は私の身の安全以上に彼らのことを愛でずにはいられないのだから。
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