上 下
9 / 11

ネズミ小僧VS男

しおりを挟む
 ネズミ小僧が自分の首元を指しながらニヤリと笑う。
 男はネズミ小僧が指さした場所と同じところに手を持っていき、いつの間にかそこに小さな針が刺さっていることに初めて気がついた。

「ネズミ小僧は、殺人はしないんじゃなかったのか」

 どうせこれも麻酔針なのだろうと、くらくらする頭で威嚇する。

「ネズミ小僧はしないさ。でも女・子供を助けるのはネコ娘の仕事だろ。ここで死体が見つかれば、役人たちはどちらの仕業だと思うかな」
「何を言っているんだ……?」
「今回、協力してるんだよ。外の役人を引き連れて走り待っているのは彼女だよ」

 ニコニコと話している間にも、男の心臓は早鐘の様に早く打ち出し、呼吸も荒くなっていく。

「仲間に罪をかぶせるのか」

 さんざん人に悪事を働いている口が、仲間を語る。
 毒なんて嘘何だろうと言わんばかりに、ネズミ小僧を睨みつけた。

「仲間?」

 その瞬間ニタリと、本当に楽しそうに笑うネズミ小僧の顔を見た。
 思わず男もゾッとする。仮面をつけていてもその瞳に浮かぶものが残忍で残酷なものだとわかったからだ。

「あっしは、自分を過信するものや己の信念を疑わない真っすぐな瞳が、絶望と屈辱で歪むのを見るのが好きなんですよ」

 何を言っているのかという目で男はネズミ小僧を見詰める。

「いままでたまたま悪い奴に気が強い者が多かっただけで、あっしはその顔が見れるなら、本当に誰がどうなろうと構わないって思ってるんです」

 まともの頭を動かすことすら辛くなってきた男は、ただ、この目の前の男が、世間一般が騒いでいるような、善行で動いている人物ではないということだけが、肌で分かった。
 そんなことを考えている間にも、心臓に杭が撃ち込まれるような痛みが走る。
 
(これは麻酔なんかじゃ絶対にない)

 恐怖が男の顔にはっきりと浮かぶと、ネズミ小僧が心底嬉しそうにブルリと体を震わせて悦に入った表情を浮かべた。

「あぁ、いい表情だ」

 それから少し困ったように言葉を続ける。

「あっしの仕事は蔵にあったこの宝石を盗み出した時点で成功なんです、本当言うと、今はネコさんの信頼を得るかどうしようか迷いちゅなんです」
 
 ネズミ小僧が言わんとしていることがだんだんわかって来る。
 本当にネズミ小僧にとって男が死のうが死ぬまいが関係ないのだ。それによって世間からなんと言われようとも。
 寧ろネズミ小僧の言うように、ネコ娘に罪を擦り付け、その顔をみたいという気持ちこそ本当なのかも知れない。

「解毒剤はあるのか」

 ぜいぜいとそう訊ねる。

「まぁ、できればあっしもまたネコさんと遊びたいんで、罪を擦り付けるより、旦那に生きてもらってた方がいいですかね」

 友達に相談するように話しかけながら、懐から薬瓶を覗かせる。

「帳簿の、ありかは話す──、だから……よこせ──」
「話すのが先ですよ。早く話さないとろれつが回らなくなりますよ。旦那」

 すでに立っていられず四つん這いになり顔を伏せる男の、苦しむ姿を楽しむかのように、ネズミ小僧は男の顔を持ち上げてそう言った。

 すでに、うまく舌がまわらない。それでも男は必死に帳簿のありかを話した。

「──だ。…………」

 ニヤリと笑うネズミ小僧、男が震えながらネズミ小僧の懐に手を伸ばしたがその手は何もつかめず宙を切った。

「あぁ、間に合わなかったか……」

 無駄話はするものじゃないね。ネズミ小僧は地面に倒れている男をひょいと担ぎ上げると、女たちが閉じ込められていた牢に放り込んだ。

「まぁだいたいの場所はわかったし。どうにかなるだろ」

 牢の中でうぅと微かにうめき声をあげた男を一瞥すると。

「そこで朝まで反省してな。死ぬほど苦しいが死にはしませんよ」

 そう笑って言い捨てた。

「しかし、やっぱり男の泣き顔よりは……」

 真っすぐで力強いまるで夜空のような瞳を思い浮かべ、ホォと吐息をもらす。

「全て片付いたら、いやな顔をしながらそれでも礼をいってくれるかな」

 ネズミ小僧はフフフと小さく笑う。その光景を思い浮かべてうっとりと頬を赤らめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慶長の成り上がり

カバタ山
歴史・時代
真鍮の話です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ある同心の物語

ナナミン
歴史・時代
これはある2人の同心の物語である、 南町奉行所見習い同心小林文之進と西原順之助はお互いに切磋琢磨していた、吟味与力を父に持つ文之進は周囲から期待をされていたが順之助は失敗ばかりで怒鳴られる毎日だ、 順之助は無能ではないのだが事あるごとに手柄を文之進に横取りされていたのだ、 そんな順之助はある目的があったそれは父親を殺された盗賊を捕らえ父の無念を晴らすのが目的であった、例の如く文之進に横取りされてしまう、 この事件で文之進は吟味方同心に出世し順之助は同心を辞めるかの瀬戸際まで追い詰められる、 非番のある日ある2人の侍が道に困っている所を順之助と岡っ引の伝蔵が護衛した事からその後の順之助の運命を変える事になる、 これはある2人の同心の天国と地獄の物語である、

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

雪の果て

紫乃森統子
歴史・時代
 月尾藩郡奉行・竹内丈左衛門の娘「りく」は、十八を数えた正月、代官を勤める白井麟十郎との縁談を父から強く勧められていた。  家格の不相応と、その務めのために城下を離れねばならぬこと、麟十郎が武芸を不得手とすることから縁談に難色を示していた。  ある時、りくは父に付き添って郡代・植村主計の邸を訪れ、そこで領内に間引きや姥捨てが横行していることを知るが──

【18禁】「胡瓜と美僧と未亡人」 ~古典とエロの禁断のコラボ~

糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
 古典×エロ小説という無謀な試み。  「耳嚢」や「甲子夜話(かっしやわ)」「兎園小説」等、江戸時代の随筆をご紹介している連載中のエッセイ「雲母虫漫筆」  実は江戸時代に書かれた書物を読んでいると、面白いとは思いながら一般向けの方ではちょっと書けないような18禁ネタや、エロくはないけれど色々と妄想が膨らむ話などに出会うことがあります。  そんな面白い江戸時代のストーリーをエロ小説風に翻案してみました。  今回は、貞享四(1687)年開板の著者不詳の怪談本「奇異雑談集」(きいぞうだんしゅう)の中に収録されている、  「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」    ・・・というお話。  この貞享四年という年は、あの教科書でも有名な五代将軍・徳川綱吉の「生類憐みの令」が発布された年でもあります。  令和の時代を生きている我々も「怪談」や「妖怪」は大好きですが、江戸時代には空前の「怪談ブーム」が起こりました。  この「奇異雑談集」は、それまで伝承的に伝えられていた怪談話を集めて編纂した内容で、仏教的価値観がベースの因果応報を説くお説教的な話から、まさに「怪談」というような怪奇的な話までその内容はバラエティに富んでいます。  その中でも、この「糺の森の里、胡瓜堂由来の事」というお話はストーリー的には、色欲に囚われた女性が大蛇となる、というシンプルなものですが、個人的には「未亡人が僧侶を誘惑する」という部分にそそられるものがあります・・・・あくまで個人的にはですが(原話はちっともエロくないです)  激しく余談になりますが、私のペンネームの「糺ノ杜 胡瓜堂」も、このお話から拝借しています。  三話構成の短編です。

銀の帳(とばり)

麦倉樟美
歴史・時代
江戸の町。 北町奉行所の同心見習い・有賀(あるが)雅耶(まさや)は、偶然、正体不明の浪人と町娘を助ける。 娘はかつて別れた恋人だった。 その頃、市中では辻斬り事件が頻発しており…。 若い男女の心の綾、武家社会における身分違いの友情などを描く。 本格時代小説とは異なる、時代劇風小説です。 大昔の同人誌作品を大幅リメイクし、個人HPに掲載。今回それをさらにリメイクしています。 時代考証を頑張った部分、及ばなかった部分(…大半)、あえて完全に変えた部分があります。 家名や地名は架空のものを使用。 大昔は図書館に通って調べたりもしましたが、今は昔、今回のリメイクに関してはインターネット上の情報に頼りました。ただ、あまり深追いはしていません。 かつてのテレビ時代劇スペシャル(2時間枠)を楽しむような感覚で見ていただければ幸いです。 過去完結作品ですが、現在ラストを書き直し中(2024.6.16)

【18禁】「巨根と牝馬と人妻」 ~ 古典とエロのコラボ ~

糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
 古典×エロ小説という無謀な試み。  「耳嚢」や「甲子夜話」、「兎園小説」等、江戸時代の随筆をご紹介している連載中のエッセイ「雲母虫漫筆」  実は江戸時代に書かれた随筆を読んでいると、面白いとは思いながら一般向けの方ではちょっと書けないような18禁ネタもけっこう存在します。  そんな面白い江戸時代の「エロ奇談」を小説風に翻案してみました。    下級旗本(町人という説も)から驚異の出世を遂げ、勘定奉行、南町奉行にまで昇り詰めた根岸鎮衛(1737~1815)が30年余にわたって書き記した随筆「耳嚢」  世の中の怪談・奇談から噂話等々、色んな話が掲載されている「耳嚢」にも、けっこう下ネタがあったりします。  その中で特に目を引くのが「巨根」モノ・・・根岸鎮衛さんの趣味なのか。  巨根の男性が妻となってくれる人を探して遊女屋を訪れ、自分を受け入れてくれる女性と巡り合い、晴れて夫婦となる・・・というストーリーは、ほぼ同内容のものが数話見られます。  鎮衛さんも30年も書き続けて、前に書いたネタを忘れてしまったのかもしれませんが・・・。  また、本作の原話「大陰の人因の事」などは、けっこう長い話で、「名奉行」の根岸鎮衛さんがノリノリで書いていたと思うと、ちょっと微笑ましい気がします。  起承転結もしっかりしていて読み応えがあり、まさに「奇談」という言葉がふさわしいお話だと思いました。  二部構成、計六千字程度の気軽に読める短編です。  

処理中です...