3 / 11
共闘
しおりを挟む
「はぁ。ねぇ、何考えてるのナルシストさん」
月明かりの下。寝静まった屋根の上に若い男女の影が二つ。
一人は猫の仮面をつけた、ネコ娘。その横に立つのは目元の周りだけ面で隠しているネズミ小僧。
猫娘は険のある目つきでネズミ小僧を睨みつけながら、棘を含んだ口調でそう言った。
「いやぁ。奇遇ですね」
睨まれたネズミ小僧はしかし悪びれた様子もなく、どこか楽し気にネコ娘に笑いかける。
「なに笑ってるのよ、あんたが予告状なんてだすから、警備が倍になってるじゃない」
眼下に提灯を片手に沢山の部下たちに指示を出す犬飼の姿が見える。
「だいたいなんであんたがここを狙ってるのよ?」
今二人の眼下にあるのは江戸一番の賭博場だった。
「あれ、ネコさんはこの賭博場が、安久田《アクダ》大名の管轄のものだと知らないんですか?」
「えっ……? 知ってるわよ、それぐらい」
もごもごと口ごもる様子に、ネズミ小僧が小さく笑いをかみ殺す。
「じゃあ、驚くことでもないでしょう。で、ものは相談なんですが」
すました顔でネズミ小僧が続ける。
「いつもは一匹狼のあっし達ですが。今夜はひとつ協力しませんか?」
「はぁ?」
明らかに嫌そうにネコ娘が返事を返す。
「ほら、ここって広いでしょ。身売りされた娘さんたち探すだけでも一苦労ですよ。それに今夜は役人の数も倍以上いますし。用心棒も沢山いますよ」
それはあんたが予告状をだしたからでしょ。と怒鳴りつけたかったが、悪気のなさげなネズミ小僧の笑みに毒気を抜かれネコ娘は嘆息する。
「あっしはすでにだいたいの目星はついていますが、ネコさんはどうなのですか?」
そう言って懐から、何やら座敷の図面らしきものが書かれた紙をチラリと見せる。
「あんた、まさか初めから……」
いいかけたがやめた。それを認めたら協力なんて絶対無理だ。
「本当にネズミはずる賢わね」
「それは誉め言葉としてありがたくいただきましょう」
やっていることは泥棒と同じなのに、どこか気品めいたものを感じるネズミ小僧の物腰は、ネコ娘をさらにイラつかせる。
不正な取引で売り飛ばされる娘を助ける英雄。世間はそういうが、自分がやっていることは人さらいと同じ、法が通じないなら自分も法を犯してでも助ける。ネコ娘は自分の正義を信じているが、またそれは誰かにとっては決して正義と呼べないものだとわかっている。
それなのにこのネズミ小僧ときたら、金持ちの屋敷からのみ金品を盗み、貧しい人に配る、確かに貧しい人達からしたら義賊だろう。しかしそのやり方が気に食わない。わざわざ予告状を出し。相手の警戒をあおり、同心たちを走り回らせている。華麗に盗む。笑わせるな。ネコ娘からしたら単なる目立ちたがりのナルシストだ。よほど自分に自信があるのだろう、なんて傲慢なのか、日々町の治安を守る同心たちからしたら単なる愉快犯である。
自分だって同心に迷惑をかけているのは同じだが、このいかにもこれから楽しい遊びでも始めるかのような子供のような目が気に食わない。
同じ英雄だ義賊だとさんざん騒がれていたのでもしかしたらと思っていたが、彼の目を見て確信した。
(こいつとは決して仲間になれない)
ネコ娘はカリッと爪を噛む。口元は笑ってるが、自分に向けられる底冷えするような冷たい眼差しは、これっぽっちも自分を受け入れようとしていない。
しかしネコ娘だって一人でさらわれた娘たちを助け出すには、この役人の多さでは困難だということはわかっている。だからといって今日を逃せば、明日やって来る南蛮船に娘たちは乗せられてしまうだろう。そしたらいくらネコ娘でも助けようがない。
「わかったわ。今夜だけよ」
ネコ娘が今にも引っかきそうな勢いでネズミ小僧から地図を奪う。
「そう来なくては、では役人たちの引きつけ役は頼みましたぜ」
「えっ! あんた私を囮にするきだったのね」
月夜にこだます怒号もなんのその、クスリと笑った残像を残しネズミ小僧の姿は屋敷の闇に溶けていく、それと同時に、二人がいた屋根の瓦が一枚地面に落ちた。
「あそこに誰かいるぞ!」
落ちた瓦に気がついた岡っ引きが、笛を鳴らす。
「あのネズミ野郎! わざと落としていったわね」
もう姿も見えない闇に向かって、ギリっと唇を噛みしめた。
「覚えてなさいよ」
どんどん集まって来る岡っ引きに捕まらないように、ネコ娘は屋根から屋根へ飛び移っていった。
月明かりの下。寝静まった屋根の上に若い男女の影が二つ。
一人は猫の仮面をつけた、ネコ娘。その横に立つのは目元の周りだけ面で隠しているネズミ小僧。
猫娘は険のある目つきでネズミ小僧を睨みつけながら、棘を含んだ口調でそう言った。
「いやぁ。奇遇ですね」
睨まれたネズミ小僧はしかし悪びれた様子もなく、どこか楽し気にネコ娘に笑いかける。
「なに笑ってるのよ、あんたが予告状なんてだすから、警備が倍になってるじゃない」
眼下に提灯を片手に沢山の部下たちに指示を出す犬飼の姿が見える。
「だいたいなんであんたがここを狙ってるのよ?」
今二人の眼下にあるのは江戸一番の賭博場だった。
「あれ、ネコさんはこの賭博場が、安久田《アクダ》大名の管轄のものだと知らないんですか?」
「えっ……? 知ってるわよ、それぐらい」
もごもごと口ごもる様子に、ネズミ小僧が小さく笑いをかみ殺す。
「じゃあ、驚くことでもないでしょう。で、ものは相談なんですが」
すました顔でネズミ小僧が続ける。
「いつもは一匹狼のあっし達ですが。今夜はひとつ協力しませんか?」
「はぁ?」
明らかに嫌そうにネコ娘が返事を返す。
「ほら、ここって広いでしょ。身売りされた娘さんたち探すだけでも一苦労ですよ。それに今夜は役人の数も倍以上いますし。用心棒も沢山いますよ」
それはあんたが予告状をだしたからでしょ。と怒鳴りつけたかったが、悪気のなさげなネズミ小僧の笑みに毒気を抜かれネコ娘は嘆息する。
「あっしはすでにだいたいの目星はついていますが、ネコさんはどうなのですか?」
そう言って懐から、何やら座敷の図面らしきものが書かれた紙をチラリと見せる。
「あんた、まさか初めから……」
いいかけたがやめた。それを認めたら協力なんて絶対無理だ。
「本当にネズミはずる賢わね」
「それは誉め言葉としてありがたくいただきましょう」
やっていることは泥棒と同じなのに、どこか気品めいたものを感じるネズミ小僧の物腰は、ネコ娘をさらにイラつかせる。
不正な取引で売り飛ばされる娘を助ける英雄。世間はそういうが、自分がやっていることは人さらいと同じ、法が通じないなら自分も法を犯してでも助ける。ネコ娘は自分の正義を信じているが、またそれは誰かにとっては決して正義と呼べないものだとわかっている。
それなのにこのネズミ小僧ときたら、金持ちの屋敷からのみ金品を盗み、貧しい人に配る、確かに貧しい人達からしたら義賊だろう。しかしそのやり方が気に食わない。わざわざ予告状を出し。相手の警戒をあおり、同心たちを走り回らせている。華麗に盗む。笑わせるな。ネコ娘からしたら単なる目立ちたがりのナルシストだ。よほど自分に自信があるのだろう、なんて傲慢なのか、日々町の治安を守る同心たちからしたら単なる愉快犯である。
自分だって同心に迷惑をかけているのは同じだが、このいかにもこれから楽しい遊びでも始めるかのような子供のような目が気に食わない。
同じ英雄だ義賊だとさんざん騒がれていたのでもしかしたらと思っていたが、彼の目を見て確信した。
(こいつとは決して仲間になれない)
ネコ娘はカリッと爪を噛む。口元は笑ってるが、自分に向けられる底冷えするような冷たい眼差しは、これっぽっちも自分を受け入れようとしていない。
しかしネコ娘だって一人でさらわれた娘たちを助け出すには、この役人の多さでは困難だということはわかっている。だからといって今日を逃せば、明日やって来る南蛮船に娘たちは乗せられてしまうだろう。そしたらいくらネコ娘でも助けようがない。
「わかったわ。今夜だけよ」
ネコ娘が今にも引っかきそうな勢いでネズミ小僧から地図を奪う。
「そう来なくては、では役人たちの引きつけ役は頼みましたぜ」
「えっ! あんた私を囮にするきだったのね」
月夜にこだます怒号もなんのその、クスリと笑った残像を残しネズミ小僧の姿は屋敷の闇に溶けていく、それと同時に、二人がいた屋根の瓦が一枚地面に落ちた。
「あそこに誰かいるぞ!」
落ちた瓦に気がついた岡っ引きが、笛を鳴らす。
「あのネズミ野郎! わざと落としていったわね」
もう姿も見えない闇に向かって、ギリっと唇を噛みしめた。
「覚えてなさいよ」
どんどん集まって来る岡っ引きに捕まらないように、ネコ娘は屋根から屋根へ飛び移っていった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

ある同心の物語
ナナミン
歴史・時代
これはある2人の同心の物語である、
南町奉行所見習い同心小林文之進と西原順之助はお互いに切磋琢磨していた、吟味与力を父に持つ文之進は周囲から期待をされていたが順之助は失敗ばかりで怒鳴られる毎日だ、
順之助は無能ではないのだが事あるごとに手柄を文之進に横取りされていたのだ、
そんな順之助はある目的があったそれは父親を殺された盗賊を捕らえ父の無念を晴らすのが目的であった、例の如く文之進に横取りされてしまう、
この事件で文之進は吟味方同心に出世し順之助は同心を辞めるかの瀬戸際まで追い詰められる、
非番のある日ある2人の侍が道に困っている所を順之助と岡っ引の伝蔵が護衛した事からその後の順之助の運命を変える事になる、
これはある2人の同心の天国と地獄の物語である、
異・雨月
筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。
<本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています>
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。
※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
籠中の比翼 吉原顔番所同心始末記
紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
湯飲みの中に茶柱が立つとき,男は肩を落として深く溜息をつく ――
吉原大門を左右から見張る顔番所と四郎兵衛会所。番所詰めの町方同心・富澤一之進と会所の青年・鬼黒。二人の男の運命が妓楼萬屋の花魁・綾松を中心に交差する。
男たちは女の肌に秘められた秘密を守ることができるのか。
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
銀の帳(とばり)
麦倉樟美
歴史・時代
江戸の町。
北町奉行所の同心見習い・有賀(あるが)雅耶(まさや)は、偶然、正体不明の浪人と町娘を助ける。
娘はかつて別れた恋人だった。
その頃、市中では辻斬り事件が頻発しており…。
若い男女の心の綾、武家社会における身分違いの友情などを描く。
本格時代小説とは異なる、時代劇風小説です。
大昔の同人誌作品を大幅リメイクし、個人HPに掲載。今回それをさらにリメイクしています。
時代考証を頑張った部分、及ばなかった部分(…大半)、あえて完全に変えた部分があります。
家名や地名は架空のものを使用。
大昔は図書館に通って調べたりもしましたが、今は昔、今回のリメイクに関してはインターネット上の情報に頼りました。ただ、あまり深追いはしていません。
かつてのテレビ時代劇スペシャル(2時間枠)を楽しむような感覚で見ていただければ幸いです。
過去完結作品ですが、現在ラストを書き直し中(2024.6.16)
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる