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第7話 魔族
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「リーン様!」
湖のほとりに王子と屍たちの姿を見つけそのまま駆け寄る。だが後少しで手が届くと思ったところで見えない壁がラシェルの行く手を阻んだ。
「――っ!」
刹那声がした。その声は耳ではなく直接頭の中に語りかけてきた。
「誰だ!」
用心深く辺りを見渡しながら叫ぶ。それに応えるように風が唸り声をあげた。
舞い上がった一陣の風に一瞬目を瞑る。
「なんと甘美な匂いだこと。あぁ、やっと、やっと会えた……」
次に目を開けたとき、夜の闇をそのまま凝縮したような漆黒の髪の女がリーンの前に立っていた。
「お前かこんなことをしたのは!リーン様を返せ。さもなくば」
女が振り返る。
「っ!」
そのとき月の光が女のその顔を照らした。
透き通るような白い肌。闇をまとわせたような漆黒の髪。その髪から覗く瞳は血のような深紅だった。
どの種族の人間とも違う瞳の色にラシェルが驚きの声を漏らす。
「魔族──」
初代の人間の王が神の使者である月の姫と共に封印したとされている種族。
その力は絶大で神と人とが力を合わせても完全に命を絶つことはできなかったとされる存在。今でも封印から漏れ出る魔障により、魔物が生れると言われているほどだ。
「そなたもこの甘美な匂いに誘われて、迷いこんできたのか?」
しかし女はラシェルを警戒するでもなく、まるで友人にかけるようにそう語りかけてきた。
「なにを言っている。私はリーン様に仕える者。お前からリーン様を助けにきた!」
それを聞くや否や、女は実におかしそうにコロコロと鈴が鳴るような声で笑った。
「なにがおかしい!」
「おかしいさ人間を助けるだって」
軽蔑を含んだようにそう言い放つと、ラシェルを頭の天辺から足の爪先までねめつけた。
「そういうことか」
女が納得したように頷くと、その顔に妖艶な笑みを浮かべた。なにか嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
「お前、半魔だね」
「!?」
聞いたことのない響きに、でもなぜかストンとその言葉が心に落ちるのを感じた。
「なんだそれは」
「言葉のままさ、お前は我々魔族と人間の間の子供さ」
そして女は汚らわしいものでも見るように軽蔑の眼差しをラシェルに向けてくる。
「噂には聞いていたが、本当にいるとは──いくら魔王様の力が弱まっているとはいえ」
「なにを、言っているんだ……」
一刻も早くリーンを助けなくてはならないのに、あまりのことに動くことができない。
「それでも半分は我らと同じ。その血に刻まれた記憶を忘れたわけではあるまい」
「だから、お前はさっきからなにを訳の分からないことを言っている!俺は魔族でも半魔でもない人間だ!」
ラシェルの叫びを嘲るように女が手をかざす。
「そうか人間に飼いならされて忘れてしまったか。なら思い出すがいい。我らの受けた屈辱を。怒りと悲しみを!」
細くしなやかな腕が円を描く。すると今宵の月と同じような煌めく美しい水鏡がそこに現れた。
それがスクリ-ンのように目の前にいつかの光景を浮かび上がらせる。
湖のほとりに王子と屍たちの姿を見つけそのまま駆け寄る。だが後少しで手が届くと思ったところで見えない壁がラシェルの行く手を阻んだ。
「――っ!」
刹那声がした。その声は耳ではなく直接頭の中に語りかけてきた。
「誰だ!」
用心深く辺りを見渡しながら叫ぶ。それに応えるように風が唸り声をあげた。
舞い上がった一陣の風に一瞬目を瞑る。
「なんと甘美な匂いだこと。あぁ、やっと、やっと会えた……」
次に目を開けたとき、夜の闇をそのまま凝縮したような漆黒の髪の女がリーンの前に立っていた。
「お前かこんなことをしたのは!リーン様を返せ。さもなくば」
女が振り返る。
「っ!」
そのとき月の光が女のその顔を照らした。
透き通るような白い肌。闇をまとわせたような漆黒の髪。その髪から覗く瞳は血のような深紅だった。
どの種族の人間とも違う瞳の色にラシェルが驚きの声を漏らす。
「魔族──」
初代の人間の王が神の使者である月の姫と共に封印したとされている種族。
その力は絶大で神と人とが力を合わせても完全に命を絶つことはできなかったとされる存在。今でも封印から漏れ出る魔障により、魔物が生れると言われているほどだ。
「そなたもこの甘美な匂いに誘われて、迷いこんできたのか?」
しかし女はラシェルを警戒するでもなく、まるで友人にかけるようにそう語りかけてきた。
「なにを言っている。私はリーン様に仕える者。お前からリーン様を助けにきた!」
それを聞くや否や、女は実におかしそうにコロコロと鈴が鳴るような声で笑った。
「なにがおかしい!」
「おかしいさ人間を助けるだって」
軽蔑を含んだようにそう言い放つと、ラシェルを頭の天辺から足の爪先までねめつけた。
「そういうことか」
女が納得したように頷くと、その顔に妖艶な笑みを浮かべた。なにか嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
「お前、半魔だね」
「!?」
聞いたことのない響きに、でもなぜかストンとその言葉が心に落ちるのを感じた。
「なんだそれは」
「言葉のままさ、お前は我々魔族と人間の間の子供さ」
そして女は汚らわしいものでも見るように軽蔑の眼差しをラシェルに向けてくる。
「噂には聞いていたが、本当にいるとは──いくら魔王様の力が弱まっているとはいえ」
「なにを、言っているんだ……」
一刻も早くリーンを助けなくてはならないのに、あまりのことに動くことができない。
「それでも半分は我らと同じ。その血に刻まれた記憶を忘れたわけではあるまい」
「だから、お前はさっきからなにを訳の分からないことを言っている!俺は魔族でも半魔でもない人間だ!」
ラシェルの叫びを嘲るように女が手をかざす。
「そうか人間に飼いならされて忘れてしまったか。なら思い出すがいい。我らの受けた屈辱を。怒りと悲しみを!」
細くしなやかな腕が円を描く。すると今宵の月と同じような煌めく美しい水鏡がそこに現れた。
それがスクリ-ンのように目の前にいつかの光景を浮かび上がらせる。
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