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第4話 月の丘
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婚礼式がなくなったといってもまだ賑わいの覚めない町をぐるりと一周したあと、リーンはラシェルの他に供も従えず町外れの丘まで馬を駆った。
「いい月だ」
「そうですね」
町と森との境の丘で二人は馬を降りしばしその月にみとれる。
そしてこんな良い日に式を挙げれなかったことに残念なような、でも式が延期になったからこそこうしてリーンと二人馬を駆ることができたというなんとも複雑な心持ちになる。
「大丈夫か。断ってもよかったのに」
月を見上げたままリーンはそういうが、それを許してくれなかったのは誰なのか。
心の中で苦笑を浮かべながら、ラシェルの心は不思議と満たされていた。
「そうしたらリーン様は一人でもいってしまわれたでしょ。この月明かりの中を。そうして婚礼が延期になったのも、一人で夜の町に出掛けたのも、全部私の責任にしてしまわれるおつもりなのでしょ」
今度はリーンが苦笑する番だ。しかしその笑みが不意に消えた。
「どうしました?」
急に黙ってしまったリーンを心配げに覗き込む。
「ラシェル…………」
いつになくものうげな口調。
「なんですリーン様?」
出会った頃は本当に幼い子供だったのに、いつのまにこんなに精悍な青年の顔になっていたのだろう。
横顔を眺めながらそんなことを思う。
リーンはそれからしばらく黙って月を見上げていたが、やがて何かを決意したようにラシェルに振り返った。
その真摯な瞳にラシェルの心臓が撥ねた。
「このまま、一緒に国を出ないか?」
あまりのことに呆然とした。それからふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
「冗談はやめて下さい」
なぜ自分がここまで怒りを感じるのかラシェルにもわからなかった。
「まだ、結婚がいやとかいうんじゃないでしょうね」
「……結婚は王子の義務だ、だから断るつもりはない。でも、俺は本当にこのままでいいのか?俺はまだいろんなことをしてみたい、いろんな国を旅してみたい。王はまだ健在だ。いま俺がここを出て行ってもすぐには困らない、だが結婚をしたら姫を残して旅にでるなんてもうできない。一生この国からでることができなくなる。でも今なら、まだ」
「そんなことできるわけないでしょ」
間髪入れずラシェルが言い放つ。
「困らないわけないじゃないですか、あなたは次の王になる方なのですよ」
リーンはラシェルを見詰めながらまだ何かいいたげに口を開くがその口から次の言葉は出てこなかった。ただ悲しげに視線をふせる。
「姫は慈愛に溢れ、それでいて知的で美しい方たちとお聞きしました。誰を選ばれてもきっとリーン様と共にこの国をより豊かにしてくださいます。馬鹿なことは考えないでください」
「そう……だな……」
リーンは視線を落としたまま淡く笑った。
その横顔がなぜかいまにも泣き出しそうっだったのは月の光が見せた幻か。無意識にラシェルの腕が伸びた。
しかしその手が届くまえにリーンが再び馬に飛び乗る。
「いい月だ」
「そうですね」
町と森との境の丘で二人は馬を降りしばしその月にみとれる。
そしてこんな良い日に式を挙げれなかったことに残念なような、でも式が延期になったからこそこうしてリーンと二人馬を駆ることができたというなんとも複雑な心持ちになる。
「大丈夫か。断ってもよかったのに」
月を見上げたままリーンはそういうが、それを許してくれなかったのは誰なのか。
心の中で苦笑を浮かべながら、ラシェルの心は不思議と満たされていた。
「そうしたらリーン様は一人でもいってしまわれたでしょ。この月明かりの中を。そうして婚礼が延期になったのも、一人で夜の町に出掛けたのも、全部私の責任にしてしまわれるおつもりなのでしょ」
今度はリーンが苦笑する番だ。しかしその笑みが不意に消えた。
「どうしました?」
急に黙ってしまったリーンを心配げに覗き込む。
「ラシェル…………」
いつになくものうげな口調。
「なんですリーン様?」
出会った頃は本当に幼い子供だったのに、いつのまにこんなに精悍な青年の顔になっていたのだろう。
横顔を眺めながらそんなことを思う。
リーンはそれからしばらく黙って月を見上げていたが、やがて何かを決意したようにラシェルに振り返った。
その真摯な瞳にラシェルの心臓が撥ねた。
「このまま、一緒に国を出ないか?」
あまりのことに呆然とした。それからふつふつと怒りの感情が湧いてくる。
「冗談はやめて下さい」
なぜ自分がここまで怒りを感じるのかラシェルにもわからなかった。
「まだ、結婚がいやとかいうんじゃないでしょうね」
「……結婚は王子の義務だ、だから断るつもりはない。でも、俺は本当にこのままでいいのか?俺はまだいろんなことをしてみたい、いろんな国を旅してみたい。王はまだ健在だ。いま俺がここを出て行ってもすぐには困らない、だが結婚をしたら姫を残して旅にでるなんてもうできない。一生この国からでることができなくなる。でも今なら、まだ」
「そんなことできるわけないでしょ」
間髪入れずラシェルが言い放つ。
「困らないわけないじゃないですか、あなたは次の王になる方なのですよ」
リーンはラシェルを見詰めながらまだ何かいいたげに口を開くがその口から次の言葉は出てこなかった。ただ悲しげに視線をふせる。
「姫は慈愛に溢れ、それでいて知的で美しい方たちとお聞きしました。誰を選ばれてもきっとリーン様と共にこの国をより豊かにしてくださいます。馬鹿なことは考えないでください」
「そう……だな……」
リーンは視線を落としたまま淡く笑った。
その横顔がなぜかいまにも泣き出しそうっだったのは月の光が見せた幻か。無意識にラシェルの腕が伸びた。
しかしその手が届くまえにリーンが再び馬に飛び乗る。
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