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第二章
アリスのぬいぐるみ専門店
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――カラン、コロン。
ぬいぐるみ教室を終えた最後の生徒が店を出るのを確認してから、圭介は店に入った。
あれから数週間。
店は初めてきたときとは打って変わって繁盛していた。
そのためぬいぐるみ教室も午前と午後の部になっていた。
閉店時間に合わせてきたのだが、閉店も一時間ほどのびていた。
どうやらハルを張っていた時に出会ったレポーターが、あの後本当に取材に来て一躍有名になったらしい。
「こんにちわ」
「すみませんお客さん、うちは男子禁制なんですよ」
テーブルを直している山崎の背中に声をかけたとたん、凄みを効かせた言葉でそう返された。
「えぇ?」
「聞こえませんでした? だから、ここは……」
言いかけて振り返った山崎が、そこに立っているのが圭介だとわかるとフッと鼻で笑って、またテーブルを直し始める。
「なんだ、なんか用か」
「来ちゃ悪いんですか」
圭介がすねたように口を尖らす。
「ところで、さっきのあれなんですか?」
「あぁ、男子禁制のことか、なんかテレビに出てから変な男どもがマコちゃん目当てで押しかけてくるようになったから、禁止にしたんだ」
確かに、あの姿で先生していますといえば、変な男どもが寄ってくるのもありえる話だ。
でもだからって全ての男を立ち入り禁止にしたら、商売としてやっていけるのであろうか。
それに山崎の気持ちもわからなくもないが、一方で真さんなら自分で変な男は撃退できるのではないかとも思った。
「それで、用件はなんだ。また厄介ごとか」
「違いますよ、あれからアリスちゃんの具合どうかなって」
全ての事件に決着のついたあの日。
車内で目覚めたハルは、一瞬ひどく怯えた表情で圭介を見た。
しかし──
「それは、もしかして、クーなの……」
圭介がクーを見せると。ハルは信じられてないというように目を見開きながら、震える手でクーに手を伸ばし抱きしめた。
ここに持ってくる前にほつれなどは直し綺麗にしといたが、ずっと風通しの悪い屋根裏の段ボールの中に押し込められていたぬいぐるみだ、小綺麗にはなってはいたが、年季の入った古さは否めない。でもハルにとってそんなことはどうでもよかったようだ、クーをその手に抱きしめた途端ハルの頬に涙が伝った。
まるで会えなかった時間の話をしているように、お互いをじっと見つめ合いそして何度も抱きしめた。
「クーだ。僕の大切な友達」
その後圭介がいままでの事情を話すと、ハルはうれしそうにクーを抱きしめたまま目を輝かせた。
「僕もずっと会いたかった。置いていってごめんね。でもまさか二度と家に帰れなくなるなんて知らなかったんだ」
そりゃ、小学生の子供に、夜逃げの意味なんてわからないだろう。訳も分からないまま親に手を引かれあのアパートを出ていったに違いない。
それでもハルはクーに許しを請うように何度も謝った。
圭介はそんなハルの頭をなぜながら、「クーちゃんは怒ってないよ。ずっとハル君に会いたいとだけ願っていただけだよ。だから今はとても幸せそうだ」
アリスみたいにぬいぐるみの声は聞こえないが、きっとそういっているに違いないと思った。なぜならこんなにお互いを求めあっていたのだから。
普通なら信じられないような話を、ハルも全部信じた。
そうして、先にハルとクーを両親の元にかえしにいった圭介は、そこでハルをさらったヤクザは借金取りなどではなく、実はハルの父親を狙ったヤクザであると判明した。ハルの父親はジャーナリストで原田たちがぬいぐるみを使って麻薬取引をしていることを知り、それを警察に情報提供したのだが、警察内部に原田とつながりがある人物がいて、原田たちに終われる身となってしまったのだ。
警察も頼れないハルの父は、家族の命を守るため悪事の証拠を渡す取引をしようとしたが、その矢先ハルがさらわれてしまったらしい。
警察内部にも手がまわっているのだとしたら、この事件はどうすれば解決するのだろう。圭介が悲壮な顔で頭を抱えた時、山崎から原田組が自首したという連絡を受けた。
ハルの家族と共に現場に訪れた圭介は、縄でぐるぐる巻きにされている黒服の男と、大事そうに薄汚れたぬいぐるみを抱えているの恰幅の良い老人をみた。
老人と黒服はその場で拉致監禁罪の容疑で逮捕され、その後建物を調べた警察により、麻薬密売の罪でも再逮捕された。
その後、山崎に抱きかかえられたアリスが出てくるのを見て、圭介は一瞬心臓が止まるほど驚いた。
まるで死んでいるかのように、その姿は血の気を失っていたからだ。
しかしそれは、ぬいぐるみと話すという能力よりさらに高度な特別な力を使っただけということで、数日も寝れば治るとのことだった。
原田組は組長が自首し、今までの罪を全て認め組は解散。警察内部の仲間も御用となり、今回の一連の麻薬や脅迫誘拐事件は終わりをつげた。ハルの父親の証拠も警察に無事渡され、原田からも今後一切家族に危害を加えないと書かれた謝罪の手紙も送られてきた。
圭介の悪夢のから始まった事件は、こうして全ての出来事に幕を下したのだった
「アリスは元気だぞ。その後能力を使うような依頼もないし、平和なもんだ」
山崎がニヒルに笑う。
圭介もそれはたぶん大丈夫だろうと安心していたのだが、ただふとみんなの顔が見たくなってなにか理由が欲しかっただけなのだ。
だがそれを素直にそういうのはなんだか照れくさくて、そんなことを言ったにすぎなかった。
特に話すこともなく、少し手持ちぶたさになって店内を見回した。
「あれ、こんなの売っているんですか」
その時店の片隅で、ワゴンに乗せられたウサギのぬいぐるたちが目に止まった。
「あぁ、いくつか持ってっていいぞ」
そこには、『麻薬撲滅キャンペーン中』と、いう紙と共に、『このお金は全て麻薬撲滅のために寄付します』と、書かれた募金箱が一緒に置かれていた。
「募金してくれた人に、配布しているんだ」
山崎はそういうと、そのうち一つを手にとって圭介に渡した。
「せめてもの罪滅ぼしだそうだ」
いまいち言葉の意味はわからなかったが、とりあえずそれを受け取ると、募金箱にポケットに入っていた小銭を数枚無造作に入れた。
「しけてんな」
「苦学生ですから」
「そうか」
圭介は受け取ったウサギをまじまじと見つめる。
「これ山崎さんが作ったのとは違うみたいですね」
山崎の作品はどれも今にも動き出しそうな迫力があるが、今手にしているぬいぐるみはよくデパートなどでワゴン売りされているようなカラフルなボタンを目のように見立てて作られている大量生産型のぬいぐるみだった。
「あぁ、それは、クーちゃんの事件の時助け出したやつらだからな」
「そうなんですか」
「大事にしてくれよ」
「はい」
この店の中で高級感も何もない、でもどこか愛嬌のあるそのウサギの瞳が、その時圭介に「ありがとう」と、微笑んだような気がした。
おもわず目を見開く。
「まさか、エリザベーラの毛とか入ってないですよね」
恐る恐る尋ねる。
「入れてねぇよ、だいたい圭介を監視してもなんも面白くないじゃないか、どうせならマコちゃんとか……」
「何を馬鹿なことを夢見ている、そもそも山崎にそんな能力はないだろう」
いつのまにかランドセルを背負ったアリスが、圭介の横に立って呆れたように山崎を見上げていた。
「いつか俺の愛がぬいぐるみに伝わって、心を開いてくれるかもしれないじゃないか」
「夢見る少年時代はもう終わったぞ」
「夢はいつまでも見続けても構わないものなんだよ」
変わらない二人のやりとりに、おもわず圭介の顔に笑みが浮かぶ。
「あら、皆さんお揃いですね」
声を聞きつけたのか、二階から真が降りてきた。
ちゃんとエプロンを着けたメイド服だ。
「今日はクッキーを焼いたんです、よかったら圭介さんも一緒にいかがですか?」
「立ち話もなんだ、圭介いくぞ」
アリスが圭介の手を引っ張る。
「圭介、お前まさか、用もないのに顔だしたのは、マコちゃんの手作りおやつが目当てなのか!」
嫉妬に駆られた男のような目で圭介を睨む。
「違いますよ」
ぶんぶんと大きく頭を横に振る。
「いいじゃないですか、ティータイムは沢山いたほうが楽しいですよ」
にこやかに真が微笑む。
「今日はちゃんと閉店時間まで、仕事をするのだぞ」
一緒に上がってこようとする山崎に、釘をさすようにアリスは言うと、小悪魔のように微笑んだ。
「あと一時間以上あるじゃないか、それまでお前たち俺のクッキーに手を出すんじゃないぞ!」
山崎が大人げない声をあげる。アリスはそんな山崎を鼻で笑い飛ばす。真はそんな二人をにこやかな笑顔で見詰める。
そして、店のぬいぐるみたちも彼らを暖かく見守るように微笑んでいるようだった。
ぬいぐるみ教室を終えた最後の生徒が店を出るのを確認してから、圭介は店に入った。
あれから数週間。
店は初めてきたときとは打って変わって繁盛していた。
そのためぬいぐるみ教室も午前と午後の部になっていた。
閉店時間に合わせてきたのだが、閉店も一時間ほどのびていた。
どうやらハルを張っていた時に出会ったレポーターが、あの後本当に取材に来て一躍有名になったらしい。
「こんにちわ」
「すみませんお客さん、うちは男子禁制なんですよ」
テーブルを直している山崎の背中に声をかけたとたん、凄みを効かせた言葉でそう返された。
「えぇ?」
「聞こえませんでした? だから、ここは……」
言いかけて振り返った山崎が、そこに立っているのが圭介だとわかるとフッと鼻で笑って、またテーブルを直し始める。
「なんだ、なんか用か」
「来ちゃ悪いんですか」
圭介がすねたように口を尖らす。
「ところで、さっきのあれなんですか?」
「あぁ、男子禁制のことか、なんかテレビに出てから変な男どもがマコちゃん目当てで押しかけてくるようになったから、禁止にしたんだ」
確かに、あの姿で先生していますといえば、変な男どもが寄ってくるのもありえる話だ。
でもだからって全ての男を立ち入り禁止にしたら、商売としてやっていけるのであろうか。
それに山崎の気持ちもわからなくもないが、一方で真さんなら自分で変な男は撃退できるのではないかとも思った。
「それで、用件はなんだ。また厄介ごとか」
「違いますよ、あれからアリスちゃんの具合どうかなって」
全ての事件に決着のついたあの日。
車内で目覚めたハルは、一瞬ひどく怯えた表情で圭介を見た。
しかし──
「それは、もしかして、クーなの……」
圭介がクーを見せると。ハルは信じられてないというように目を見開きながら、震える手でクーに手を伸ばし抱きしめた。
ここに持ってくる前にほつれなどは直し綺麗にしといたが、ずっと風通しの悪い屋根裏の段ボールの中に押し込められていたぬいぐるみだ、小綺麗にはなってはいたが、年季の入った古さは否めない。でもハルにとってそんなことはどうでもよかったようだ、クーをその手に抱きしめた途端ハルの頬に涙が伝った。
まるで会えなかった時間の話をしているように、お互いをじっと見つめ合いそして何度も抱きしめた。
「クーだ。僕の大切な友達」
その後圭介がいままでの事情を話すと、ハルはうれしそうにクーを抱きしめたまま目を輝かせた。
「僕もずっと会いたかった。置いていってごめんね。でもまさか二度と家に帰れなくなるなんて知らなかったんだ」
そりゃ、小学生の子供に、夜逃げの意味なんてわからないだろう。訳も分からないまま親に手を引かれあのアパートを出ていったに違いない。
それでもハルはクーに許しを請うように何度も謝った。
圭介はそんなハルの頭をなぜながら、「クーちゃんは怒ってないよ。ずっとハル君に会いたいとだけ願っていただけだよ。だから今はとても幸せそうだ」
アリスみたいにぬいぐるみの声は聞こえないが、きっとそういっているに違いないと思った。なぜならこんなにお互いを求めあっていたのだから。
普通なら信じられないような話を、ハルも全部信じた。
そうして、先にハルとクーを両親の元にかえしにいった圭介は、そこでハルをさらったヤクザは借金取りなどではなく、実はハルの父親を狙ったヤクザであると判明した。ハルの父親はジャーナリストで原田たちがぬいぐるみを使って麻薬取引をしていることを知り、それを警察に情報提供したのだが、警察内部に原田とつながりがある人物がいて、原田たちに終われる身となってしまったのだ。
警察も頼れないハルの父は、家族の命を守るため悪事の証拠を渡す取引をしようとしたが、その矢先ハルがさらわれてしまったらしい。
警察内部にも手がまわっているのだとしたら、この事件はどうすれば解決するのだろう。圭介が悲壮な顔で頭を抱えた時、山崎から原田組が自首したという連絡を受けた。
ハルの家族と共に現場に訪れた圭介は、縄でぐるぐる巻きにされている黒服の男と、大事そうに薄汚れたぬいぐるみを抱えているの恰幅の良い老人をみた。
老人と黒服はその場で拉致監禁罪の容疑で逮捕され、その後建物を調べた警察により、麻薬密売の罪でも再逮捕された。
その後、山崎に抱きかかえられたアリスが出てくるのを見て、圭介は一瞬心臓が止まるほど驚いた。
まるで死んでいるかのように、その姿は血の気を失っていたからだ。
しかしそれは、ぬいぐるみと話すという能力よりさらに高度な特別な力を使っただけということで、数日も寝れば治るとのことだった。
原田組は組長が自首し、今までの罪を全て認め組は解散。警察内部の仲間も御用となり、今回の一連の麻薬や脅迫誘拐事件は終わりをつげた。ハルの父親の証拠も警察に無事渡され、原田からも今後一切家族に危害を加えないと書かれた謝罪の手紙も送られてきた。
圭介の悪夢のから始まった事件は、こうして全ての出来事に幕を下したのだった
「アリスは元気だぞ。その後能力を使うような依頼もないし、平和なもんだ」
山崎がニヒルに笑う。
圭介もそれはたぶん大丈夫だろうと安心していたのだが、ただふとみんなの顔が見たくなってなにか理由が欲しかっただけなのだ。
だがそれを素直にそういうのはなんだか照れくさくて、そんなことを言ったにすぎなかった。
特に話すこともなく、少し手持ちぶたさになって店内を見回した。
「あれ、こんなの売っているんですか」
その時店の片隅で、ワゴンに乗せられたウサギのぬいぐるたちが目に止まった。
「あぁ、いくつか持ってっていいぞ」
そこには、『麻薬撲滅キャンペーン中』と、いう紙と共に、『このお金は全て麻薬撲滅のために寄付します』と、書かれた募金箱が一緒に置かれていた。
「募金してくれた人に、配布しているんだ」
山崎はそういうと、そのうち一つを手にとって圭介に渡した。
「せめてもの罪滅ぼしだそうだ」
いまいち言葉の意味はわからなかったが、とりあえずそれを受け取ると、募金箱にポケットに入っていた小銭を数枚無造作に入れた。
「しけてんな」
「苦学生ですから」
「そうか」
圭介は受け取ったウサギをまじまじと見つめる。
「これ山崎さんが作ったのとは違うみたいですね」
山崎の作品はどれも今にも動き出しそうな迫力があるが、今手にしているぬいぐるみはよくデパートなどでワゴン売りされているようなカラフルなボタンを目のように見立てて作られている大量生産型のぬいぐるみだった。
「あぁ、それは、クーちゃんの事件の時助け出したやつらだからな」
「そうなんですか」
「大事にしてくれよ」
「はい」
この店の中で高級感も何もない、でもどこか愛嬌のあるそのウサギの瞳が、その時圭介に「ありがとう」と、微笑んだような気がした。
おもわず目を見開く。
「まさか、エリザベーラの毛とか入ってないですよね」
恐る恐る尋ねる。
「入れてねぇよ、だいたい圭介を監視してもなんも面白くないじゃないか、どうせならマコちゃんとか……」
「何を馬鹿なことを夢見ている、そもそも山崎にそんな能力はないだろう」
いつのまにかランドセルを背負ったアリスが、圭介の横に立って呆れたように山崎を見上げていた。
「いつか俺の愛がぬいぐるみに伝わって、心を開いてくれるかもしれないじゃないか」
「夢見る少年時代はもう終わったぞ」
「夢はいつまでも見続けても構わないものなんだよ」
変わらない二人のやりとりに、おもわず圭介の顔に笑みが浮かぶ。
「あら、皆さんお揃いですね」
声を聞きつけたのか、二階から真が降りてきた。
ちゃんとエプロンを着けたメイド服だ。
「今日はクッキーを焼いたんです、よかったら圭介さんも一緒にいかがですか?」
「立ち話もなんだ、圭介いくぞ」
アリスが圭介の手を引っ張る。
「圭介、お前まさか、用もないのに顔だしたのは、マコちゃんの手作りおやつが目当てなのか!」
嫉妬に駆られた男のような目で圭介を睨む。
「違いますよ」
ぶんぶんと大きく頭を横に振る。
「いいじゃないですか、ティータイムは沢山いたほうが楽しいですよ」
にこやかに真が微笑む。
「今日はちゃんと閉店時間まで、仕事をするのだぞ」
一緒に上がってこようとする山崎に、釘をさすようにアリスは言うと、小悪魔のように微笑んだ。
「あと一時間以上あるじゃないか、それまでお前たち俺のクッキーに手を出すんじゃないぞ!」
山崎が大人げない声をあげる。アリスはそんな山崎を鼻で笑い飛ばす。真はそんな二人をにこやかな笑顔で見詰める。
そして、店のぬいぐるみたちも彼らを暖かく見守るように微笑んでいるようだった。
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