40 / 60
第二章
そして能力は開花する
しおりを挟む
真の話を聞き終えた圭介が、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に喉に流し込む。
子供のくせにどこか冷めたような表情をしているアリスを思い浮かべ、圭介はやりきれない気持ちになった。
「私もなにかお手伝いしたかったけど、その時はまだ鍼師になったばかりで経済的にも技術的にも子供でしたから」
鍼師をしながら本格的に洋服作りの勉強もし、今の洋服教室を開いたのも、店を手伝いながら、アリスの世話ができるようになったのも本当に最近の話だという。
「いつもふざけて見えるけど、すごい人なんですよ山崎さんは」
そういって微笑む。
確かにいまの話を聞いた後では、大人気ない言動や行動さえ場を盛り上げるためにやっているように思えてくるから不思議だ。
何かというと山崎に食って掛かるアリスもあれはアリスなりの甘え方なのかもしれない。
「僕はなにかアリスのためにできますかね」
「はい。たまに店に遊びに来てください」
圭介の言葉に真が小さく微笑むとそう言った。
「ちなみに、アリスちゃんのあの能力はその事故の後に備わったみたいなんです」
先ほどまでのしんみりした口調とは裏腹に、今度は秘密ごとをこっそり話す子供のように真が言った。
「えぇ、そうなんですか?」
「はい、あのあとぜんぜん人と話さなかったんですけど、いつもアリスちゃんの部屋から話し声が聞こえるので、不思議に思った山崎さんがそっと扉を覗くと」
「覗くと……」
まるで怪談話をするかのように、真は声を潜めた。つられて圭介まで小声になる。
「アリスちゃんがエリザベーラに向かって、ぶつぶつ独り言を言ってたんです」
圭介は部屋で一人ぬいぐるみと話しているアリスを見たときの、山崎の心境を思った。
心を閉ざしてしまったアリス。
マリアや秋之助のためにアリスを立派に育てていこうと考えている山崎。
結婚だってしてないのに、いきなり小学生の娘ができた山崎は、きっと日々どうやってアリスと接していこうか苦悩していたに違いない。
そんなとき、ぬいぐるみに話している姿を見せられたら、きっとどこか打ち所が悪かったか、現実逃避をしてしまったと心配したに違いないだろう。
「山崎さんも事故のショックでどこかおかしくなったんじゃないかって、心が病んでしまっているんじゃないかって、それは心配していました」
目に浮かぶようだ。
「私はぬいぐるみと話せたらいいなと思ったこともありますし、空想して話したことはあったので子供によくあることだから、別にそこまで心配することはないと思ったんですけど」
真はアリスの行動を、あまりおかしいとは思わなかったらしい。
「その後、山崎さんが病院に連れて行こうとするから、私アリスちゃんに訊いてみたんです」
さわやかといえるぐらいあっさりとそう話した真を、圭介はしばし呆然と見つめた。
勇気あるというか、なんというか、普通もっとデリケートに扱う問題なんじゃあないだろうか。
「そしたらアリスちゃん、エリザベーラと会話ができるんだっていったんです」
「すぐに信じたんですか?」
「はい」
ここまでくるとある意味すごいというべきか。
でもこうやって疑いももたず信じてくれた人がいるから、アリスは周りの人に心を開いていけたんだろうなぁ。とも思った。
真はいたずらっ子のようにウインクすると、
「でも、山崎さんは初め信じていなかったみたいで」
その時のことを思い出したのか、真がクスクスと笑う。
「山崎さんが私の作ったクッキーを、アリスちゃんが学校から帰ってくる前に全部一人で食べてしまったことがあって」
「それを言い当てられたんですね」
「はい」
圭介もその時の山崎の慌てぶりを想像して、小さく微笑む。
「あくまでシラをきる山崎さんに、アリスちゃんが今までお店のぬいぐるみたちから見聞きして話さなかった話を全て話したらしいんです」
「そりゃあ、きついな」
なんせあの店にいては、ぬいぐるみの目の届かない場所などないに等しい。
二十四時間監視がついているようなものだ。
「山崎さん最後には観念して泣きながら謝っていました」
圭介にはその光景がまざまざ思い浮かべられて、おもわず声をあげて笑ってしまった。でも山崎の涙はきっと安堵の涙でもあったに違いない。
子供のくせにどこか冷めたような表情をしているアリスを思い浮かべ、圭介はやりきれない気持ちになった。
「私もなにかお手伝いしたかったけど、その時はまだ鍼師になったばかりで経済的にも技術的にも子供でしたから」
鍼師をしながら本格的に洋服作りの勉強もし、今の洋服教室を開いたのも、店を手伝いながら、アリスの世話ができるようになったのも本当に最近の話だという。
「いつもふざけて見えるけど、すごい人なんですよ山崎さんは」
そういって微笑む。
確かにいまの話を聞いた後では、大人気ない言動や行動さえ場を盛り上げるためにやっているように思えてくるから不思議だ。
何かというと山崎に食って掛かるアリスもあれはアリスなりの甘え方なのかもしれない。
「僕はなにかアリスのためにできますかね」
「はい。たまに店に遊びに来てください」
圭介の言葉に真が小さく微笑むとそう言った。
「ちなみに、アリスちゃんのあの能力はその事故の後に備わったみたいなんです」
先ほどまでのしんみりした口調とは裏腹に、今度は秘密ごとをこっそり話す子供のように真が言った。
「えぇ、そうなんですか?」
「はい、あのあとぜんぜん人と話さなかったんですけど、いつもアリスちゃんの部屋から話し声が聞こえるので、不思議に思った山崎さんがそっと扉を覗くと」
「覗くと……」
まるで怪談話をするかのように、真は声を潜めた。つられて圭介まで小声になる。
「アリスちゃんがエリザベーラに向かって、ぶつぶつ独り言を言ってたんです」
圭介は部屋で一人ぬいぐるみと話しているアリスを見たときの、山崎の心境を思った。
心を閉ざしてしまったアリス。
マリアや秋之助のためにアリスを立派に育てていこうと考えている山崎。
結婚だってしてないのに、いきなり小学生の娘ができた山崎は、きっと日々どうやってアリスと接していこうか苦悩していたに違いない。
そんなとき、ぬいぐるみに話している姿を見せられたら、きっとどこか打ち所が悪かったか、現実逃避をしてしまったと心配したに違いないだろう。
「山崎さんも事故のショックでどこかおかしくなったんじゃないかって、心が病んでしまっているんじゃないかって、それは心配していました」
目に浮かぶようだ。
「私はぬいぐるみと話せたらいいなと思ったこともありますし、空想して話したことはあったので子供によくあることだから、別にそこまで心配することはないと思ったんですけど」
真はアリスの行動を、あまりおかしいとは思わなかったらしい。
「その後、山崎さんが病院に連れて行こうとするから、私アリスちゃんに訊いてみたんです」
さわやかといえるぐらいあっさりとそう話した真を、圭介はしばし呆然と見つめた。
勇気あるというか、なんというか、普通もっとデリケートに扱う問題なんじゃあないだろうか。
「そしたらアリスちゃん、エリザベーラと会話ができるんだっていったんです」
「すぐに信じたんですか?」
「はい」
ここまでくるとある意味すごいというべきか。
でもこうやって疑いももたず信じてくれた人がいるから、アリスは周りの人に心を開いていけたんだろうなぁ。とも思った。
真はいたずらっ子のようにウインクすると、
「でも、山崎さんは初め信じていなかったみたいで」
その時のことを思い出したのか、真がクスクスと笑う。
「山崎さんが私の作ったクッキーを、アリスちゃんが学校から帰ってくる前に全部一人で食べてしまったことがあって」
「それを言い当てられたんですね」
「はい」
圭介もその時の山崎の慌てぶりを想像して、小さく微笑む。
「あくまでシラをきる山崎さんに、アリスちゃんが今までお店のぬいぐるみたちから見聞きして話さなかった話を全て話したらしいんです」
「そりゃあ、きついな」
なんせあの店にいては、ぬいぐるみの目の届かない場所などないに等しい。
二十四時間監視がついているようなものだ。
「山崎さん最後には観念して泣きながら謝っていました」
圭介にはその光景がまざまざ思い浮かべられて、おもわず声をあげて笑ってしまった。でも山崎の涙はきっと安堵の涙でもあったに違いない。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
お犬様のお世話係りになったはずなんだけど………
ブラックベリィ
キャラ文芸
俺、神咲 和輝(かんざき かずき)は不幸のどん底に突き落とされました。
父親を失い、バイトもクビになって、早晩双子の妹、真奈と優奈を抱えてあわや路頭に………。そんな暗い未来陥る寸前に出会った少女の名は桜………。
そして、俺の新しいバイト先は決まったんだが………。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
YouTuber犬『みたらし』の日常
雪月風花
児童書・童話
オレの名前は『みたらし』。
二歳の柴犬だ。
飼い主のパパさんは、YouTubeで一発当てることを夢見て、先月仕事を辞めた。
まぁいい。
オレには関係ない。
エサさえ貰えればそれでいい。
これは、そんなオレの話だ。
本作は、他小説投稿サイト『小説家になろう』『カクヨム』さんでも投稿している、いわゆる多重投稿作品となっております。
無断転載作品ではありませんので、ご注意ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
アララギ兄妹の現代心霊事件簿【奨励賞大感謝】
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる
春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。
幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……?
幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。
2024.03.06
イラスト:雪緒さま
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる