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第二章

依頼人だったはずなのに

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「ハルとクーのことが気になるんだろ?」
「そのために、今日ここにきたんだろ?」

 アリスに続き山崎もそういって圭介の顔を覗きこむ。
 確かにクーちゃんとハルのその後が気になってここまで来たのだが、まさか自分もその仕事を手伝うことになるとは考えてもいなかった。

「別に無理にとはいわないぞ、たとえ圭介が持ち込んだ仕事でも、圭介の依頼はもう終わったわけだし」

 アリスが突き放すようにそういうと、

「そうだな、どうせ依頼者と請負人の関係でしかないんだし、圭介が嫌だというなら無理はいえないな」

 山崎も半分笑みを浮かべながらそう続けた。

「残念です」

 とどめとばかりに、真までがその潤んだ瞳で、ジッと圭介を見つめて、シュンとしながら小さくため息をもらした。

「やりますよ、やればいいんでしょ」
「なんだ、それでは無理やりみたいではないか」

 今の流れのどこが精神的無理強いじゃないか教えてもらいたいものだ。

「やりたいです、お手伝いさせてください」

 そう思いながら、結局はお願いする。そんな自分自身に圭介は思わずため息をもらした。

「そうか、じゃあ一緒に行こう」

 アリスが勝ち誇ったように言った。

「じゃあ、何時にします?」

 真が手を合わせてはずんだ声を出す。

「そうだな、いますぐといいたいが、今日はもう学校も終わっているだろうし」

 山崎が時計を見ながら考えるように眉間に皺をよせる。

「じゃあ明日にしますか」
「明日は土曜日で学校は休みかもしれない」

 真の言葉にアリスが言った。

「そうか、じゃあ月曜でどうだ」
「そうだな、月曜にしよう」
「月曜ですね」
「ちょっと月曜って、僕には大学が……」

 今日会いに行くと思っていたから、さっきは納得したのに、いつのまにか予定が変わっている。

「そういえば圭介さん大学生でしたね」
「なんだ、圭介いけないのか?」

 真とアリスが圭介を見つめる。しかしそこには「じゃあ、違う日にしよう」とか「圭介さんはこなくていいですよ」とかいう言葉は続きそうになかった。

「なんだ、大学なんてサボれサボれ」

 そして、山崎は二人が言葉にしなかった言葉をさらりと言った。

「えぇ」
「その日は、そんなに大切な授業があるのか」
「別に、そこまででは……」

 授業は大切だが、別に是が非でも出なくちゃいけない講義でもない。
 確かに勉強などあとで誰かにノートの写しを見せてもらえばすむことで、ハル探しのほうが、たぶん人生で二度とできない経験だろうから貴重なことのようにも思う。
 それにこの状況で大学に行っても、きっと気になって授業になんて集中できないに違いない。
 だが最終的に行くか行かないかは自分で決めることで、山崎にそういわれるのは少なからず釈然としないものがあった。

 一人あれこれ悩む圭介をよそに、三人はすでに圭介が休むものと決めて話を進めている。
 圭介は唖然としつつ、何か言おうかと思ったが、どうせ疲れるだけだろうと、あきらめにも似た嘆息をもらした。
 この人たちの基準は第一に学校や世間体なんかより、きっとぬいぐるみなのだろう。

 だからここで何を言おうが喚こうが、目の前でぬいぐるみが困っているのに、私情でそれを断るのはきっとひどい薄情者だと思われるに違いないのだ。
 圭介は世間の常識からかけ離れた神経をそう分析すると同時に、少しうらやましげにそんな三人を見詰めた。

「私も、その日は一日休んでいいんだろ」
「いやそれとこれとは話が別だ」

 圭介にはずる休みを進めておきながら、山崎が即座に却下する。

「クーがハルに会えるかどうかかかってるんだぞ」
「でも、だめだ、それにどうせ見張るのは登下校の時だけだから、アリスは学校が終わり次第来るので十分だ、それまでに俺たちがハルの居場所を確認しておく」

 至極真っ当な正論を並べる。

「それだと一人で電車に乗ることになるがいいのだな」

 一瞬眉間に皺を寄せたアリスだったが、ニヤリと笑うとそう言い返す。

「ウッ……いや、そこはマコちゃんと二人でくれば、いいじゃないか」

 山崎が騙されないぞとばかりに言い返す。

「そうだな、真と二人。ナンパを追い払いながら買い物に行くのも、最近慣れてきたし。真は強いから痴漢も撃退してくれるし」
「──っ!」

 バッと真を振り返る。

「まぁ、そんなこともあったかな」

 テレッと笑う真を見ながらプルプルと山崎が小刻みに震える。

「わかった。午前授業だけ受けて早退してきなさい。みんなで俺の車で行こう」

 ニヤリとアリスがほくそ笑むのが見えた。
 そうして話が決まってから三日後、圭介は再び店を訪れたのだった。
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