【完結】モフモフたちは見てる〜アリスのぬいぐるみ専門店〜

トト

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職人山崎の真骨頂

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 圭介は体を起こすといつのまにかかけられていた毛布をたたみ周りを見渡した。
 少し薄暗くなった部屋の中で、コタツ机の上にはラップの掛けられたチャーハンとすっかりさめた昆布茶がおかれていた。
 とりあえず電気をつける。時間は十七時を少し回ったところだった。

「三時間も寝てしまったのか……」

 アリスの部屋からは、かすかに電気をつけるまえに光が漏れていたので、そこにいるのは間違いないだろう。

 グーとおなかがなる。

「電気がついたから、そのうち来てくれるかな」

 自分の腹を押さえながら、とりあえず誰かが来るまで机に置かれているご飯を食べることにする。
 少し冷たかったがなかなかの味だった。

「ふう」

 満腹になったおなかをなぜながら、部屋の中を再び見渡した。気がついてもよさそうだが、食べ終わってしばらくしても誰も姿を現さない。
 圭介は少し不安になって立ち上がった。
 アリスの部屋の前までいき、ノックしようと手を上げたまま、やはりもう少し待とうかと迷う。
 その時カタリと台所のほうから音がした。
 どうやら台所の隣にも、もう一つ部屋があるらしい。音はそちらのほうから聞こえてきた。
 一瞬考えた後、圭介はアリスの部屋から音のした部屋に向きを変えると、思い切ってその襖をノックした。

「はい」

 中から低い男の声で返事がかえってくる。
 圭介は「すみません」と、いいながらその襖を開けた。

「起きたか。もうすぐ終わるから、ちょっと待っていてくれ」

 振り返りもせず、椅子に座ったまま何か作業をしている山崎の姿があった。

「はい」

 圭介はそう返事をしながら見るともなく部屋の中を見渡す。
 六畳ほどの畳部屋。部屋の隅には三つ折にされた布団が置かれたままだ。それもそのはず本来布団が収納されるべきタンスには、大小さまざまな引き出し収納ケースがぎっちり詰まっている。
 収納ケースにはそれぞれ『目・黒』『目・緑』『鼻』などと書かれた紙が貼られている。
 山崎は自分はぬいぐるみ作り専門だと言っていたことから、全てぬいぐるみの材料なのだろう。
 圭介の立っている場所から斜め左側の窓に、向かい合うように置かれた作業机、その前の椅子に座り込んだまま、山崎は黙々と作業をしている。
 あのいかつい見た目で、あの店に飾られている繊細なぬいぐるみが作られているかと思うと、なんだか不思議な気がして、おもわず後ろから覗き込むようにして見る。

「へぇ~」

 そのいかつい体格ばかりに気を取られていたが、こうしてぬいぐるみを縫い上げている山崎の手は、見た目とは裏腹に長く綺麗な指をしていた。
 ぬいぐるみに糸を通すその動きも、まるで指揮者のようにリズミカルで、おもわず見入ってしまった。

「よしできた」

 山崎が仕上げに糸きりバサミで糸を切る。
 そして今まさに出来上がったばかりのぬいぐるみを持ったまま作業の様子を見ていた圭介のほうに体を向けた。
 ホームページで見たときより、店に飾られているぬいぐるみを直に見た時感じた思いより、さらに胸を熱くする何かが、圭介の胸にこみあげる。
 まるで今まさに赤ん坊が生まれた瞬間に立ち会ったかのような、そんな感動。

 クルリとした大きくつぶらな瞳。光沢さえ感じるつややかな毛並み。
 しかしそれ以上に、今にも動き出さんばかりの生命の息吹のようなものが、そのぬいぐるみにはあるような気がした。
 『専門はぬいぐるみ作り』と聞いた時には、少し疑っていたが、これを目のあたりにしては認めざる得ない。
 下の階のぬいぐるみたちも皆山崎が命を吹き込んだものなのだろう。

「それも売り物なんですか」
「売り物といえばそうだが、オーダーメイドの品だ」

 そういうと山崎は、一枚の犬の写真を見せてくれた。
 おもわず目の前のぬいぐるみと写真を見比べ、感嘆の声を上げる。

「こいつは、そいつの形見みたいなもんかな」
「形見?」
「あぁ、愛犬が死んでしまった飼い主が、よくそっくりのぬいぐるみを注文してくるんだ、もちろん形見だからもとの愛犬の毛を少しまぜて作ってある」

 いわれて思わず納得する。
 さっきアリスに愛情を持って接したぬいぐるみには、心が宿ることがあるといわれたせいかもしれない。
 だから、自分が今このぬいぐるみに感じたものは、決して勘違いではなかったんだという思いが圭介を深く頷かせていた。
 山崎の作ったぬいぐるみには、確かに飼い主とその犬の想いが宿っているように思えた。

「じゃあ、そろそろ行くか」
「あっ、はい」

 犬のぬいぐるみに見とれていた圭介が、慌てて返事をする。それから思い出したかのようにお礼を言った。

「ごはん、ごちそうさまでした」
「うまかったか」
「はい」

 山崎がニカリと笑う。そしてまるで子供にするように、圭介の頭をポンポンと叩いた。
 山崎に言ったら俺はそんな歳じゃないと怒るかもしれないが、その手は大きくてとても暖かく、圭介に田舎の父親を思い起こさせた。
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