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谷村圭介の災難

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「入るの、入らないの?」

 青年の目の前に立ちふさがるのは、渋い和柄の服を着こなすガタイのいい大男。
 そんないかにもあっち系の雰囲気の厳つい男に声をかけられているのは、田舎から出てきたばかりという感じの青年。

「えっ、あっ、あの……」
「冷やかしか? それとも……まさかマコちゃんのストーカー」

 青年の挙動不審な様子に、ただでさえ厳つい男の顔がさらに強面になる。

(マコちゃんて、誰です? それにストーカーって……)

 視線だけで人を殺しそうな男が、身に覚えのない勘違いをしだしたことに恐怖が増す。このままこの男に勘違いされてしまえば、家に帰ることは二度と出来ないだろう。

「ぼ、僕は! 一時から予約している、谷村圭介たにむらけいすけです! 今からこの店に入るところです。冷やかしとかストーカーとか違います!」

 考えるより先に裏返った悲鳴のような声で青年はそう叫んでいた。

「谷村……」

 何かを思い出すときの仕草なのか、男は顎に指をあてながら視線を空に向けた。そして再び谷村圭介と名乗る目の前の青年を見下ろしたときには、さきほどまでのドスの効いた低い声音から、優しい声音と愛想のいい営業スマイルに変わっていた。

「やだなぁ谷村さん、そうなら早くいってくださいよ」
「えっ?」
「だいぶ早く着いてしまったんですね、まぁ大丈夫です。中に入って少しお待ちください」
「えぇ?」
「あぁ、申し遅れました。俺はここの店長代理をやらせてもらっている山崎寛ヤマザキヒロシです、さあ、入って入って」
「えぇ! 店長さん……」

 先ほどまでの殺気だった人物とは一変、笑顔で店の扉を開けて圭介が入るのを待っている山崎を見ながら、そのあまりにミスマッチな絵柄に、軽くめまいを覚える。

『ぬいぐるみ専門店 アリス』

 看板に書かれた可愛らしい文字、ガラス張りの大きなショーウインドウには、カジュアルな服装からレースやフリルなどがふんだんに使われたゴシック調の服などさまざまなぬいぐるみたちが並んでいる。
 そんな店の店長代理と名乗る男とショーウィンドウからのぞく高級そうなぬいぐるたちを交互に見比べながら、高い壺もとい高いぬいぐるみを買わされるんじゃないかと、内心焦りながら圭介は店に足を踏み入れたのだった。
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