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10 久美と祐介
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「あら、あなた私のストーカーにでもなったの?」
屋上の柵に寄り掛かりながら、パックジュースを片手にボーと雲のかたちを見るでもなく眺めている僕の背中にそんな声がかかる。
「逆でしょ、僕の行く先々に現れるのはあなたのほうじゃないか」
鼻で笑い飛ばすと、僕は振り向きざまにそういってやった。
珍しく大学内では、いつも周りに誰かしらはべらかして歩いている久美が今日は一人だった。
「今日はお一人なのですか、お嬢様?」
執事喫茶でみた久美の真似をして優雅に挨拶をしながらそんなことを言ってみる。
「お坊ちゃまも、今日は可愛いお嬢様と一緒じゃなくてお寂しいですね」
一瞬ピクリと眉をあげたが、久美も爽やかな営業スマイルを作るとそう返してきた。そして大きくはぁと息を吐く。
「やめやめ、なんであなたはいつまでも私を敵視してるのよ。本当に器の小さい男ね」
いや別に敵視した覚えはないが、最初の印象が最悪だったからか、どうしても久美に対して意地悪な口調になってしまっているのかもしれない。
「それをいうなら、おまえだって、いつも僕を見るたびムッとした顔になってるぞ」
「あなたが、いつも会いたくないところに現れるからでしょ」
まぁそれはそうだな。僕はすとんと納得した。
「で、エリちゃん、真理恵とはうまくいっているの」
いつの間にか僕の隣の柵によりかかりながら、ニヤニヤとした表情で聞いてくる。
「今度、田舎に帰るって」
「えっ、もうそこまで話が」
「いや、挨拶とかじゃないから」
僕が慌てて否定する。
「田舎に帰って、お爺さんの面倒をみるんだって。お金の心配もなくなったから、あの仕事も辞めたって」
同じ職場なのに、彼女にはきいていないのだろうか?
僕の疑問はしかしすぐに判明した。
「そうなんだ。でもよかった。あの子にあの仕事は向いてかなったもの。私もクビになっちゃったから、どうなったか心配だったのよね」
どうやら彼女は僕の封筒を彼女に渡した日を最後にあの店をクビになっていたらしい。
まあいくら嫌な客でも、キャバ嬢がお客に手をあげたらそうなるか。
僕は少し憐憫の情で彼女を見た。
「そうだね。真理恵ちゃんにあの世界は似合わない、それにお前にも」
「うん。私もよくわかった。酒臭いおやじより、可愛いお嬢様を相手にしているほうが、私には合っているし、心の健康にもつながるわ」
いや、そういう意味でいったのではないが、執事の久美を思い出し、僕も大きく頷いてしまった。
「しかしお前はなんで、あんないかがわしそうなバイトばかりやっているんだよ」
「執事喫茶はいかがわしくないわよ。お客も可愛いお嬢様ばかりだし、たまにあたなたみたいなお坊ちゃまも来るけれど」
心外だと言わんばかりに口を尖らす。そしてニヤリと笑む。
「いっとくけど、本当に僕が望んで行ったわけじゃないからな」
「まあそう言うことにしとくわ。私だっていつもは普通のバイトよ、キャバ嬢は給料がいいからやってみたけど数回でクビになるし。執事喫茶は、知り合いが人手不足だっていうから、臨時で手伝っただけよ。その分給料もよかったしね。それをたまたまあなたに見られたのよ」
きっとそうなのだろう。嘘をつく必要はないのだから。
「じゃあお前は、真理恵ちゃんみたいに事情があってキャバ嬢やっていたってわけじゃないんだな?」
ズズズと残っていた飲み物を飲み干しながら、なんとなくそう呟いていた。
「…………そうね、でももし、そうだといったら、あなたは真理恵の時のように、私を助けてくれるの」
「…………」
真っすぐな彼女の黒い瞳が、まるで挑むように僕を見据えて問いかけてきた。
僕は何かを話さなくては、と口を開きかけたが、それは彼女の高笑いによって打ち消された。
「そんわわけないじゃない。ただ遊ぶお金が欲しかっただけよ」
鼻で笑い飛ばすようにそう言い放つ。
少しでも何か事情があるのではと思った僕がバカだった。やはりこの女はいけ好かない。傲慢で嫌な女だ。
僕はそれを聞いて軽蔑した眼差しを彼女に向けた。そんな僕の瞳を真っ向から彼女は受け止めた。
屋上の柵に寄り掛かりながら、パックジュースを片手にボーと雲のかたちを見るでもなく眺めている僕の背中にそんな声がかかる。
「逆でしょ、僕の行く先々に現れるのはあなたのほうじゃないか」
鼻で笑い飛ばすと、僕は振り向きざまにそういってやった。
珍しく大学内では、いつも周りに誰かしらはべらかして歩いている久美が今日は一人だった。
「今日はお一人なのですか、お嬢様?」
執事喫茶でみた久美の真似をして優雅に挨拶をしながらそんなことを言ってみる。
「お坊ちゃまも、今日は可愛いお嬢様と一緒じゃなくてお寂しいですね」
一瞬ピクリと眉をあげたが、久美も爽やかな営業スマイルを作るとそう返してきた。そして大きくはぁと息を吐く。
「やめやめ、なんであなたはいつまでも私を敵視してるのよ。本当に器の小さい男ね」
いや別に敵視した覚えはないが、最初の印象が最悪だったからか、どうしても久美に対して意地悪な口調になってしまっているのかもしれない。
「それをいうなら、おまえだって、いつも僕を見るたびムッとした顔になってるぞ」
「あなたが、いつも会いたくないところに現れるからでしょ」
まぁそれはそうだな。僕はすとんと納得した。
「で、エリちゃん、真理恵とはうまくいっているの」
いつの間にか僕の隣の柵によりかかりながら、ニヤニヤとした表情で聞いてくる。
「今度、田舎に帰るって」
「えっ、もうそこまで話が」
「いや、挨拶とかじゃないから」
僕が慌てて否定する。
「田舎に帰って、お爺さんの面倒をみるんだって。お金の心配もなくなったから、あの仕事も辞めたって」
同じ職場なのに、彼女にはきいていないのだろうか?
僕の疑問はしかしすぐに判明した。
「そうなんだ。でもよかった。あの子にあの仕事は向いてかなったもの。私もクビになっちゃったから、どうなったか心配だったのよね」
どうやら彼女は僕の封筒を彼女に渡した日を最後にあの店をクビになっていたらしい。
まあいくら嫌な客でも、キャバ嬢がお客に手をあげたらそうなるか。
僕は少し憐憫の情で彼女を見た。
「そうだね。真理恵ちゃんにあの世界は似合わない、それにお前にも」
「うん。私もよくわかった。酒臭いおやじより、可愛いお嬢様を相手にしているほうが、私には合っているし、心の健康にもつながるわ」
いや、そういう意味でいったのではないが、執事の久美を思い出し、僕も大きく頷いてしまった。
「しかしお前はなんで、あんないかがわしそうなバイトばかりやっているんだよ」
「執事喫茶はいかがわしくないわよ。お客も可愛いお嬢様ばかりだし、たまにあたなたみたいなお坊ちゃまも来るけれど」
心外だと言わんばかりに口を尖らす。そしてニヤリと笑む。
「いっとくけど、本当に僕が望んで行ったわけじゃないからな」
「まあそう言うことにしとくわ。私だっていつもは普通のバイトよ、キャバ嬢は給料がいいからやってみたけど数回でクビになるし。執事喫茶は、知り合いが人手不足だっていうから、臨時で手伝っただけよ。その分給料もよかったしね。それをたまたまあなたに見られたのよ」
きっとそうなのだろう。嘘をつく必要はないのだから。
「じゃあお前は、真理恵ちゃんみたいに事情があってキャバ嬢やっていたってわけじゃないんだな?」
ズズズと残っていた飲み物を飲み干しながら、なんとなくそう呟いていた。
「…………そうね、でももし、そうだといったら、あなたは真理恵の時のように、私を助けてくれるの」
「…………」
真っすぐな彼女の黒い瞳が、まるで挑むように僕を見据えて問いかけてきた。
僕は何かを話さなくては、と口を開きかけたが、それは彼女の高笑いによって打ち消された。
「そんわわけないじゃない。ただ遊ぶお金が欲しかっただけよ」
鼻で笑い飛ばすようにそう言い放つ。
少しでも何か事情があるのではと思った僕がバカだった。やはりこの女はいけ好かない。傲慢で嫌な女だ。
僕はそれを聞いて軽蔑した眼差しを彼女に向けた。そんな僕の瞳を真っ向から彼女は受け止めた。
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