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6 お礼

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「なーに、今日はずっと浮かない顔をしてるな」

 隣で教科書をしまいながら茶化すように声をかけてくる。

「別に」

 いい子なふりをして女は本当に怖い、まさかあんな店で働いてるとは。あの噂も満更嘘ではないのかもしれない。
 飯田久美が”パパ”と歩いていた。飯田久美は男に貢がせた金でホストに貢いでいる。
 別に飯田久美について根ほり葉ほり聞いて回ったわけではない。あのバナナの皮の事件後、勝手にみんなが近づいてきては、飯田久美の良い噂も悪い噂も勝手に話していくのだ。そして、最後に決まって「久美ちゃんに惚れるなよ。火傷するのはおまえのほうだからな」と意味の分からない脅しのような捨て台詞をはいていく。
 なんで僕があの猿女なんかに惚れるという発想にいたるのか、まったく意味が分からない。

 賢治も久美のファンの一人だが、いったいなにがそんなにいいのだか。確かにモデル並みのプロポーションと整った顔立ちは認めなくもないが……。そんなことを思いながら、賢治の顔をまじまじとみつめる。

「なんだ、俺の顔が美しすぎて見惚れたか」
「自分で言うかそれ」

 でも、それは完全には否定できない、賢治はまあまあ中の上ぐらいには格好いいと思う。でも図に乗りそうなのでそんなことは言わない。
 いや、いったらいったらで、『俺は上の上だ』と言い返してきそうだが。

「ほら、言えよ、本当のこと。俺の顔に見とれてたって」

 肩に手を回し賢治がぐいぐい迫る。

「あーいい男だよ、だから放して」

 面倒なからみをさけるため、心のこもっていない返事を返す。
 それでも、あと十分はしつこくされることを覚悟していたのだが、あっさりと賢治が離れた。
 不思議に思って横を見ると賢治は違う場所を見ながら、鼻の下を伸ばしている。
 その視線の先に久美がいた。
 誰かを探しに来たのか、教室の中を覗き込みキョロキョロしている。


「久美ちゃん!」

 「俺はここですよ」と言わんばかりに賢治が手を振る。その声が聞こえたのか久美がこっちをみた、そして僕と目が合うとそのまま僕たちの方に大股で歩いてくる。

「えっ、なに、俺になんか用」

 一人慌てる賢治を無視して彼女は僕に言った。

「ちょっと時間ある」

 賢治とふざけているうちに機嫌は直っていたのだが、久美の上から指図するようなその言い方に裕介は再びムッとしたような表情を作る。
 状況がつかめない賢治が「何? 二人どういう関係?」と僕たち二人の顔を交互に見る。

「賢治悪い、昼は他の奴と食べてくれ」

 そういいのこすと、久美の後をついて裕介は教室を出た。


 緑の多い大学内、外でランチをしたり授業の合間に休憩したりするにはちょうどいい場所。
 久美についてきてその中の一つのベンチに二人で腰を下ろす。
 
「で、用件は」

 わざと素気ない態度を言い放つ。
 久美は少しためらった後、口を尖らしながら、「ありがとう」と小さな声で言った。

「えっ?」

 一瞬なにを言われたかわからず聞きかえす。

「だから、エリがありがとうって」
「あぁ」

 少し頬を紅葉させながら久美がいう。
 そっちのことか。

「あと、これも渡して欲しいって」

 そういって可愛らしい封筒を渡す。

「今度お礼がしたいから、連絡して欲しいって」
「連絡先は──」

 名刺のでいいのかな?

「あれは仕事用。この中にプライベートの連絡先が書かれてあるはずだから、そっちにしてあげてね。でも、もし迷惑じゃなかったらって。でもどちらにしろ一度は連絡しなさいよね」

 言われなくてもそうしますよ。別にお礼目当てでなくても、ちゃんと誠意は伝わったことを伝えなくてはならないのだから。

「でも本当にありがとう」
「エリちゃんからね」

 僕がそういうと久美は視線をどこかにそらしながらそのまま続けた。

「私もエリちゃんのお爺さんのことは聞いていたけど、病気の説明できても、それ以上はどうすることもできなかったから、それにお爺さんの状況じゃ」

 普通なら治療は無理だろう。

「でもあなたのおかげで、日本で、それもほぼ無料で治療を受けれるようになったって彼女喜んでいたわ」

 その言葉から新薬の実験。臨床試験に参加することを選んだことがわかった。

「でも臨床試験は……」
「そこはいいのよ。だって、このままじゃどちらにせよ……ちゃんとリスクもデメリットもレポートには書いてあったし、私も相談に乗ったわ。そのうえで彼女もお爺さんもそれを選んだ」

 そういって、少し困ったような変な顔で笑った。

「だから、それであなたが気を病むことはないは。治療を受けさせれることができることが、なによりなのだから」

 僕はうつむいたまま聞いていた。
 僕もわかっていてその資料を入れたのだ。選ぶか選ばないかはそれは彼女たちが決めること。そして彼女たちはそれを選んだ。それだけだ。
 何処にも受け入れてもらえず不安を持ったまま、さまよっているより。一縷の望みをかけたのだ。

「じゃあ確かに、渡したからね」

 彼女はそういうと、ぱっと立ち上がる。

「あ、あと、バイトのことだけど……」
「別に言わないよ」

 口を尖らしながら、少しモジモジとする彼女を、僕は珍しい生き物でも見るように見つめた後そう言った。
 久美はそれを聞くと少しほっとしたように息を吐くと。

「サンキュ」

 ニカリと笑うと来た時と同じように颯爽と立ち去っていった。

 教室に帰ると、賢治がいったいなんの話をしてたんだとしつこく聞いてきたが、裕介は鼻で笑ってはぐらかした。

 その夜僕はエリに連絡をして、今度食事に行く約束をした。
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