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5 再会も傲慢なまでに
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それから数日後僕は再びあの時のキャバクラの前に立っていた。
店の扉にはまだ準備中の札が垂れ下がっている。
手には茶封筒。
そうエリの祖父に関わる医療費、滞在日などいろいろとまとめたレポートを持ってきたのだ。
店の前で彼女が来るのを待つ。いろいろ調べて準備し終わってから初めて自分が彼女と連絡を取る方法がないことに気が付いたのだ。
今日彼女が出勤かどうかはわからない、でも店の前にいれば誰かしら来るだろうから、誰かに預けることだってできる。
そう考え大学が終わってからずっと店の前で待っているのだが。
「そういえば賢治はみんなの名刺をもらっていたな」
名刺にはプリクラやら名前の他にも、アドレスなんかも書いてあったかも、いまさらながらそのことに思い当たり鞄のポケットを探る。その時「あっ」という小さな声が聞こえた。
「?」
顔をあげる。
少し前方にまるでモデルのような体形のスレンダーな女性が立っていた。
軽くカールがかかった長い明るい茶髪の髪がふわりと風に揺れ、僕のところまで甘い花のような香りを漂わせてくる。
大きなサングラスとしているので相手の顔はわからないが、
「どこかで……」
言いかけた僕に、彼女は愛想笑いを浮かべながら少し頭をさげると早足で店に入ろうとした。
「あっ」
彼女の髪が僕の頬をかすめて撫ぜる。
「あっ、ちょっと、君」
僕は慌てて封筒を握り締め、彼女が店に入る前に呼び止めた。
「なんですか?」
振る返らずに、鼻にかかったような少し高い声音で話す。
「これを、エリちゃんに渡して欲しいんだ」
「プレゼントなら直接渡されたほうが」
「いや、そういうんじゃないんだ」
そういいながら、僕は決して僕を見ようとしない彼女に少し不信感を抱いた。
「…………」
「なるべく早く渡したいです。どうか頼まれてくれませんか?」
そういうと女性はしぶしぶという感じに振り返り、節目がちに手を前に出した。
「ありがとう」
裕介は、そういうとじゃあ頼みますといって封筒を手渡した。
「あっそれから」
「はい」
帰りかけた裕介が振り返って、「僕は安部裕介っていいます」いいかけた言葉が徐々に小さくなりそして消えた。
油断したのだろう、返事をした拍子に伏せていた顔が上がり、サングラス越しだが視線と視線が思い切りあった。
「あっ・・・」
しまったという表情、しかしもう遅かった。
「お前……久美か?」
「あなたに下の名前を呼ばれるほど親しくなった覚えはないけれど」
開き直ったのか、いままでのどこかコソコソした態度がいきなり、堂々としたそれに一変する。
サイグラスを取った彼女は、大学では全くとしていなかった化粧をばっちりと決めていた。
その立ち振る舞いは、人を見下す女王のように不遜だがそれ以上に美しかった、だが同時に思った。
(似合わない)
眉根を寄せる表情を敵意にとったのか、真っ直ぐで強い黒い瞳が、正面から裕介を睨みつける。
「ちゃんとこれは届けてあげるから感謝しなさい」
なぜか喧嘩腰で久美がそう言った。おもわず負けじと顎をあげ言い返す。
「優等生がこんなところで夜のお勤めとは聞いてあきれるぜ」
「そんな店にのこのこやってきて、女の子にプレゼント渡してる男は誰なのかしら」
女王陛下のごとくあざ笑う。
「だから、プレゼントじゃない!」
「じゃあ、家の電話番号、それともお見合い写真? たいそうに封筒なんかに入れちゃって」
「違う、それはエリちゃんのおじいちゃんの──」
いいかけて口を噤む。人の秘密を勝手に言いふらすのは良くない。
しかし彼女はそれで察したのだろう、大きな目をさらに大きく見開くと、「そうだったの」と小さく呟いた。
「…………さい」
「えっ」
「ちゃんと渡しとくから。もう帰りなさい」
不機嫌そうな顔は変わらずに、口を尖らしながらいう。でもその目にはもう敵意のようなものはなかった。
「じゃあ、お願いします」
「責任を持って渡しといてあげるわ」
と捨て台詞を吐くと店の中に消えていった。
店の扉にはまだ準備中の札が垂れ下がっている。
手には茶封筒。
そうエリの祖父に関わる医療費、滞在日などいろいろとまとめたレポートを持ってきたのだ。
店の前で彼女が来るのを待つ。いろいろ調べて準備し終わってから初めて自分が彼女と連絡を取る方法がないことに気が付いたのだ。
今日彼女が出勤かどうかはわからない、でも店の前にいれば誰かしら来るだろうから、誰かに預けることだってできる。
そう考え大学が終わってからずっと店の前で待っているのだが。
「そういえば賢治はみんなの名刺をもらっていたな」
名刺にはプリクラやら名前の他にも、アドレスなんかも書いてあったかも、いまさらながらそのことに思い当たり鞄のポケットを探る。その時「あっ」という小さな声が聞こえた。
「?」
顔をあげる。
少し前方にまるでモデルのような体形のスレンダーな女性が立っていた。
軽くカールがかかった長い明るい茶髪の髪がふわりと風に揺れ、僕のところまで甘い花のような香りを漂わせてくる。
大きなサングラスとしているので相手の顔はわからないが、
「どこかで……」
言いかけた僕に、彼女は愛想笑いを浮かべながら少し頭をさげると早足で店に入ろうとした。
「あっ」
彼女の髪が僕の頬をかすめて撫ぜる。
「あっ、ちょっと、君」
僕は慌てて封筒を握り締め、彼女が店に入る前に呼び止めた。
「なんですか?」
振る返らずに、鼻にかかったような少し高い声音で話す。
「これを、エリちゃんに渡して欲しいんだ」
「プレゼントなら直接渡されたほうが」
「いや、そういうんじゃないんだ」
そういいながら、僕は決して僕を見ようとしない彼女に少し不信感を抱いた。
「…………」
「なるべく早く渡したいです。どうか頼まれてくれませんか?」
そういうと女性はしぶしぶという感じに振り返り、節目がちに手を前に出した。
「ありがとう」
裕介は、そういうとじゃあ頼みますといって封筒を手渡した。
「あっそれから」
「はい」
帰りかけた裕介が振り返って、「僕は安部裕介っていいます」いいかけた言葉が徐々に小さくなりそして消えた。
油断したのだろう、返事をした拍子に伏せていた顔が上がり、サングラス越しだが視線と視線が思い切りあった。
「あっ・・・」
しまったという表情、しかしもう遅かった。
「お前……久美か?」
「あなたに下の名前を呼ばれるほど親しくなった覚えはないけれど」
開き直ったのか、いままでのどこかコソコソした態度がいきなり、堂々としたそれに一変する。
サイグラスを取った彼女は、大学では全くとしていなかった化粧をばっちりと決めていた。
その立ち振る舞いは、人を見下す女王のように不遜だがそれ以上に美しかった、だが同時に思った。
(似合わない)
眉根を寄せる表情を敵意にとったのか、真っ直ぐで強い黒い瞳が、正面から裕介を睨みつける。
「ちゃんとこれは届けてあげるから感謝しなさい」
なぜか喧嘩腰で久美がそう言った。おもわず負けじと顎をあげ言い返す。
「優等生がこんなところで夜のお勤めとは聞いてあきれるぜ」
「そんな店にのこのこやってきて、女の子にプレゼント渡してる男は誰なのかしら」
女王陛下のごとくあざ笑う。
「だから、プレゼントじゃない!」
「じゃあ、家の電話番号、それともお見合い写真? たいそうに封筒なんかに入れちゃって」
「違う、それはエリちゃんのおじいちゃんの──」
いいかけて口を噤む。人の秘密を勝手に言いふらすのは良くない。
しかし彼女はそれで察したのだろう、大きな目をさらに大きく見開くと、「そうだったの」と小さく呟いた。
「…………さい」
「えっ」
「ちゃんと渡しとくから。もう帰りなさい」
不機嫌そうな顔は変わらずに、口を尖らしながらいう。でもその目にはもう敵意のようなものはなかった。
「じゃあ、お願いします」
「責任を持って渡しといてあげるわ」
と捨て台詞を吐くと店の中に消えていった。
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