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最終章 一度目のその先へ
エピソード2
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「これは……」
十二歳の洗礼式の時と同じように、ユアンの周りを光が包む。
その光の中に何が見えているのか。
洗礼の儀式は高位聖職者の神官しか行うことができない高度な魔法だ。だが、その内容を読み取ることはある程度の神官ならできる。
みんなが不安と期待の混ざったような眼差しで神官の次の言葉を待っている中で、クリスだけが一瞬なんともいいがたい表情をしたのをユアンは見逃さなかった。
ユアンの視線に気がついてクリスが慌てて視線をそらす。
「で、どうなんだ」
レイモンドが神妙な面持ちで尋ねた。
神官がなんとも難しい顔をした。
「その前に、一つお尋ねします」
「はい」
「あなたは、あの瞬間何を思いましたか?」
「えっ」
突然の質問に一瞬言葉に詰まる。
「死にたくない?」
そうはいってみたが、あの瞬間何を思ったのかはユアンですらよくわからなかった。
「他には?」
「みんなを守りたい、街を守りたい。メアリーは大丈夫だろうか。レオンは僕を覚えていてくれるだろうか。メアリーの笑顔が見たい。また一緒にアップルパイを作りたい。またみんなでオルレアンの別荘に泊まりたい」
聞いていたメアリーが思わず目頭を押さえる。
「他には」
「帰りたい」
「帰りたい? どこに?」
「みんなのもとに」
「誰と?」
「みんなと……」
最後の方は誘導尋問のようだったが、そのおかげでユアンが最後に叫んだ言葉を思い出す。
『みんなで帰るんだ!』
それを聞いて神官はニコリと笑顔を作った。そしておもむろにレイモンドの方を振り返ると言葉を発した。
「まぎれもなくあの奇跡を起こしたのは彼のギフトです」
ここまでくれば覚悟はしていたが、はっきりそう断言され、自然と次の神官の言葉を緊張した面持ちで待つ。
「で、どんなギフトなのですか? コントロールはできるのですか? 危険はありますか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるレイモンドを神官は手で制して首を横に振った。
「なんの問題もありません。彼は奇跡を起こした英雄ですが、この先彼を監視する必要も、そう言いだすものもいないでしょう」
安堵と共に疑問がわく。
「いったい彼のギフトはなんなのですか? どういったものなのですか?」
その質問に神官がニコニコしながら答えた。
「ギフト名は<願い>です」
「ギフト<願い>」
「なんだかすごく素敵な名前ですわ。お兄様」
ルナがキラキラした目を向けてくる。
「はい、確かにとても珍しいギフトです」
だがなぜだか神官は、少しいいずらいことでも言うように言葉を続ける。
「今回は本当に奇跡としか言いようがない。すごく良いタイミングで、それも素晴らしい方にこのギフトを授けてくださった神に感謝しかありません」
勿体ぶるように神官が言葉を飾る。
「まさにユアン殿の優しさと人柄の起こした奇跡なんです」
すごく褒められているのに、含むものを感じてユアンは眉間をひそめた。
「やはりあれは、ユアンが起こした奇跡だったんだ」
だが単純なキールはまるで自分が褒められているように、自慢げな顔をしている。
「危ないギフトではないのだな」
レイモンドの質問に神官が頷く。
「はい、もうなんの問題もありません」
その言葉に少しホッとする。
「で、このギフトはどういう風に発動させるものなのだ」
アスタが子供のようなワクワクした顔で尋ねる。
「もう、使えません」
しかし一言神官が言い切った。
「えっ?」
「使えません。このギフトはもう使えないのです」
「それはいったい……」
ローズマリーが目を見開いて神官に詰め寄る。
「ギフト<願い>は、一生に一度だけ、どんな願いでも叶えてくれるという奇跡のようなギフトなんです」
そして神官は続けた。
「ただし、そのギフトが現れる年齢や時間は全く不明。それどころか、このギフトは現れると同時にそのとき一番その人物が願っていることを勝手に実行してしまうという、ありがたいのかありがたくないのかわからないギフトなのです」
アレクがあんぐりとしたかと思うと、プッと噴き出した。
ギフト<願い>はその絶対的な能力のわりに、ほとんどその名前は知られていない。なぜならギフトが発動しても、本人ですら気がつかないことがほとんどだからだ。
夕飯にハンバーグが食べたいと思って帰ったらハンバーグだった。「願いは?」と聞かれないと人の普段の願いなど、大抵そんなささやかなものばかりなのだ。
たまに、奇跡的に病気が治った人などを調べたところ、このギフトが見つかるぐらいで、初めは病に効くギフトだと思われたぐらいだ。
「はぁ、その時たまたま思っていた願いを叶えてくれるギフトか……。それも人生で一度きりとは……」
アスタが明らかに落胆のため息を付く。
ある意味本人が知りたくなかったギフトナンバーワンである。せっかくそんなすごいギフトが発動していたのに、だいたいがどうでもよいことに使われて終わっているのだから、知ったら逆に損した気分になるのである。
クリスがあの表情をしたのはそういうわけだったのかと、ユアンが納得する。
「でも考えようによっては怖いギフトですね。もし誰かを憎んでいる時にそのギフトが発動したら」
「はい、相手を突然死させることも可能でしょう」
その言葉にユアンがゾッとする。
「そういえばユアン殿は貿易ですごい才能を発揮されているとか」
突然神官がユアンを見た。
「いやそれはギフトでなく、……統計学的推理です」
ユアンが苦笑いをしながら答えた。
「それはすごい。ではやはりあの瞬間ユアン殿が”みんなと一緒に帰りたい”そう願ったことが今回の奇跡を起こしたのに間違いないでしょう」
神官がニコリと微笑んだ。
そうしてあらかたの謎が解けたところで神官は帰された。
十二歳の洗礼式の時と同じように、ユアンの周りを光が包む。
その光の中に何が見えているのか。
洗礼の儀式は高位聖職者の神官しか行うことができない高度な魔法だ。だが、その内容を読み取ることはある程度の神官ならできる。
みんなが不安と期待の混ざったような眼差しで神官の次の言葉を待っている中で、クリスだけが一瞬なんともいいがたい表情をしたのをユアンは見逃さなかった。
ユアンの視線に気がついてクリスが慌てて視線をそらす。
「で、どうなんだ」
レイモンドが神妙な面持ちで尋ねた。
神官がなんとも難しい顔をした。
「その前に、一つお尋ねします」
「はい」
「あなたは、あの瞬間何を思いましたか?」
「えっ」
突然の質問に一瞬言葉に詰まる。
「死にたくない?」
そうはいってみたが、あの瞬間何を思ったのかはユアンですらよくわからなかった。
「他には?」
「みんなを守りたい、街を守りたい。メアリーは大丈夫だろうか。レオンは僕を覚えていてくれるだろうか。メアリーの笑顔が見たい。また一緒にアップルパイを作りたい。またみんなでオルレアンの別荘に泊まりたい」
聞いていたメアリーが思わず目頭を押さえる。
「他には」
「帰りたい」
「帰りたい? どこに?」
「みんなのもとに」
「誰と?」
「みんなと……」
最後の方は誘導尋問のようだったが、そのおかげでユアンが最後に叫んだ言葉を思い出す。
『みんなで帰るんだ!』
それを聞いて神官はニコリと笑顔を作った。そしておもむろにレイモンドの方を振り返ると言葉を発した。
「まぎれもなくあの奇跡を起こしたのは彼のギフトです」
ここまでくれば覚悟はしていたが、はっきりそう断言され、自然と次の神官の言葉を緊張した面持ちで待つ。
「で、どんなギフトなのですか? コントロールはできるのですか? 危険はありますか?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるレイモンドを神官は手で制して首を横に振った。
「なんの問題もありません。彼は奇跡を起こした英雄ですが、この先彼を監視する必要も、そう言いだすものもいないでしょう」
安堵と共に疑問がわく。
「いったい彼のギフトはなんなのですか? どういったものなのですか?」
その質問に神官がニコニコしながら答えた。
「ギフト名は<願い>です」
「ギフト<願い>」
「なんだかすごく素敵な名前ですわ。お兄様」
ルナがキラキラした目を向けてくる。
「はい、確かにとても珍しいギフトです」
だがなぜだか神官は、少しいいずらいことでも言うように言葉を続ける。
「今回は本当に奇跡としか言いようがない。すごく良いタイミングで、それも素晴らしい方にこのギフトを授けてくださった神に感謝しかありません」
勿体ぶるように神官が言葉を飾る。
「まさにユアン殿の優しさと人柄の起こした奇跡なんです」
すごく褒められているのに、含むものを感じてユアンは眉間をひそめた。
「やはりあれは、ユアンが起こした奇跡だったんだ」
だが単純なキールはまるで自分が褒められているように、自慢げな顔をしている。
「危ないギフトではないのだな」
レイモンドの質問に神官が頷く。
「はい、もうなんの問題もありません」
その言葉に少しホッとする。
「で、このギフトはどういう風に発動させるものなのだ」
アスタが子供のようなワクワクした顔で尋ねる。
「もう、使えません」
しかし一言神官が言い切った。
「えっ?」
「使えません。このギフトはもう使えないのです」
「それはいったい……」
ローズマリーが目を見開いて神官に詰め寄る。
「ギフト<願い>は、一生に一度だけ、どんな願いでも叶えてくれるという奇跡のようなギフトなんです」
そして神官は続けた。
「ただし、そのギフトが現れる年齢や時間は全く不明。それどころか、このギフトは現れると同時にそのとき一番その人物が願っていることを勝手に実行してしまうという、ありがたいのかありがたくないのかわからないギフトなのです」
アレクがあんぐりとしたかと思うと、プッと噴き出した。
ギフト<願い>はその絶対的な能力のわりに、ほとんどその名前は知られていない。なぜならギフトが発動しても、本人ですら気がつかないことがほとんどだからだ。
夕飯にハンバーグが食べたいと思って帰ったらハンバーグだった。「願いは?」と聞かれないと人の普段の願いなど、大抵そんなささやかなものばかりなのだ。
たまに、奇跡的に病気が治った人などを調べたところ、このギフトが見つかるぐらいで、初めは病に効くギフトだと思われたぐらいだ。
「はぁ、その時たまたま思っていた願いを叶えてくれるギフトか……。それも人生で一度きりとは……」
アスタが明らかに落胆のため息を付く。
ある意味本人が知りたくなかったギフトナンバーワンである。せっかくそんなすごいギフトが発動していたのに、だいたいがどうでもよいことに使われて終わっているのだから、知ったら逆に損した気分になるのである。
クリスがあの表情をしたのはそういうわけだったのかと、ユアンが納得する。
「でも考えようによっては怖いギフトですね。もし誰かを憎んでいる時にそのギフトが発動したら」
「はい、相手を突然死させることも可能でしょう」
その言葉にユアンがゾッとする。
「そういえばユアン殿は貿易ですごい才能を発揮されているとか」
突然神官がユアンを見た。
「いやそれはギフトでなく、……統計学的推理です」
ユアンが苦笑いをしながら答えた。
「それはすごい。ではやはりあの瞬間ユアン殿が”みんなと一緒に帰りたい”そう願ったことが今回の奇跡を起こしたのに間違いないでしょう」
神官がニコリと微笑んだ。
そうしてあらかたの謎が解けたところで神官は帰された。
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