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第三章 告白をもう一度

告白1

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 まるでそのまま時が止まってしまったかのように、何か言いかけたそのままの形でユアンがメアリーを見たまま固まっている。

 クスリと思わず笑みがこぼれた。

(言ってしまった。もう後戻りはできない)

 メアリーは愛おし気にそんなユアンを見詰めたまま、いままでため込んできた思いを口にした。

「ユアン様。私はあたなが好きです。でもあなたには他に好きな人がいるのを知っています。でももう私は自分の心にこれ以上嘘はつけません」

(たとえ今の関係が壊れてしまっても──)

 一気にまくしたてる。

「私の我儘です。でもどうしても気持ちを伝えたかった。このまま、友達の振りをしてユアン様のやさしさにつけ込むような真似はできませんでした」
「なにを──」
「すみません」
「なんで謝るんですか!?」
「好きな人? 僕は生まれてから死ぬまでメアリー以外に好きになった人なんていません!」
 
 自分の言葉がおかしいことにも気が付かないほどユアンがはっきりと否定する。

「僕が好きなのは、ずっとメアリーだしこの先もメアリーしか好きになるわけない」

 心外だと言わんばかりの勢いである。

「でもッ」

 負けじとメアリーがユアンを睨みつけるように見上げる。

「嘘つかないでください! ユアン様は初めて会った時から、ずっと私の中に誰か別の人を見ているじゃないですか!」

 その言葉に明らかにユアンが動揺した。それを見てメアリーがさらに言葉を強める。

「あなたがカップケーキが欲しくて涙を流したなんて嘘でしょ。誰だかわからないけど、あの時確かに私を見てあなたは泣いていた。でもそれは私じゃないことぐらい私だってわかりました!」

 心に溜まっていた膿を出すように言葉を吐き出す。

「さっきだってそう! ユアン様はずっと私の中に誰を見ているのです!」

 メアリーは問う。

「どんなに私がその人と似ていても私はその人じゃない」

 メアリーに向けられているようで、向けられていない眼差し。メアリーの知らない話をあたかも一緒に経験したように話すユアン。疑念が確信にかわるまでそうかからなかった。

「ユアン様がやさしいのは私にじゃない。その人に本当はしてあげたいことを私にしているだけなんでしょ?」

 ついこの間まではそれでも構わないと思っていた。
 首都に住む貴族と田舎の地方貴族となんて初めからつり合いが取れるわけがない。いくら身分制度が緩くなってきた今の時代とは言え、それでも越えられない壁はまだまだ多いのだ。

 魔力があるせいで、通いたくもないこんな遠くの学園に来てしまったメアリーは、入学前に怪我をしてさらに出鼻を挫かれ、本当に学園に通うのが嫌で嫌でしかたなかった。
 それでも港のある首都にはたくさんの店や新しいものがいち早く入って来る。だから大好きな料理の研究をするんだと気持ちを切り替えて通うことにした学園。
 そこで初めてメアリーに声をかけてくれたのがユアンだった。

 貿易船で初めて東の小さな国の食べ物が入ってきた日。
 知り合いなどいないはずなのに自分の名を呼ぶ人がいた。珍しい東の小さな国の貿易船が来たのだから、もしかして知り合いも港に来たのかしら。そう思って振り返った先にいた見知らぬ少年。

 いや見知らぬ少年ではなかったことにメアリーはすぐに気が付いた。

 貴族では珍しい青みがかった黒髪。記憶にある少年とは見た目こそずいぶんすっきりと変わっていたが、その深い愛情とどこか憂いを秘めた藍色の瞳にはメアリーは見覚えがあった。

『えーと、すみません、どちら様でしょうか?』しかしメアリーには前に会った時にも思ったがそんな眼差しを向けられる覚えがなかった。だから警戒しながら尋ねた。

 すると少年は少し戸惑った後自嘲的に小さく笑うと、自己紹介をしてくれた。
 そんな表情を見せられるとまるで自分の方が悪いことをしたような気分にメアリーはなった。

 どうしてそんな眼差しを向けてくるのか、忘れているだけで本当は洗礼パーティー前に会ったことがあるのか?
 そう聞こうかと顔を上げた時、メアリーは沢山のきれいな女生徒たちに囲まれているユアンの姿を目にした。

『王都の男には気を付けるんだぞ』

 家を出て寮から学園に通うことになったメアリーに父が何度も言い聞かせた言葉が脳裏に浮かぶ。

『それではもう用件もないようですから私はここで。ごきげんよう』

(危うく騙されるところだったわ)

 その時のメアリーはそう思った。あの優しい眼差しも、どこか憂いを含んだ瞳もユアンの常套手段なんだと思ったのだ。

(クラスも違うし、もう関わることもないわ)

 そう思っていた。それなのに子猫をきっかけに再びその縁がつながってしまった時は、一瞬どうしようか本当に戸惑ったものだった。

 しかしメアリーの戸惑いとは裏腹に、次にあったユアンは相変わらず優しい眼差しを向けて来るがそれだけではなく、初めて見る回復魔法にとても素直に驚くと、子猫が助かったと無邪気な笑顔を向けきた。
 とても父がいうような女性を口説くために計算している人物には見えなかった。

 それどころか「メアリー」と言いそうになっては「ベーカー」と慌てて言いなおす表情や、どこか緊張しながら一生懸命話す姿を見ていたら、警戒している自分が逆におかしくなって思わず笑ってしまった。

 そしてメアリーが警戒を解いたのがわかったのかすごく嬉しそうな声音で話す姿を見て、メアリーは自分がずいぶんな思い違いをしているんじゃないかと気が付いたのだった。
 その後も何度か言葉を交わすうちに、ユアンがとても実直で真摯な人なんだということを感じた。そして口では文句を言いつつも結局は困った人をほっとけない優しく気づかいができる人だということもわかった。

 魔法道具研究倶楽部で出会った時は本当にびっくりした。どうしてユアンが魔具研に入ったかは、幼馴染の恋の応援のためなのではとローズマリーと意見が一致した。
 ローズマリーは「それだけの理由ではないのでわ」と意味深にほほ笑んでいたがそれは考えないようにした。
 そうしないと、くすぐったいような感情と共に日に日に不安が膨らんでいきそうになるからだ。

(ユアン様は本当に一途な人なんだわ。そしてその一途さをはきちがえてしまっている)

 メアリーは時折そんなことを思って少し悲しくなった。

 きっとユアンの想い人はすぐに会えるようなところにいない人。そうでなかったら代わりを探す必要なんてないのだから。もしかしたらもう……

 ──だから学園にいる間はその人の代わりになろう。
 ──この優しい人が笑っていられるように。

 そんな風に考えていた時もあった。
 それはなんて傲慢な考えだったのか。傍にいたのはユアンのためなんかじゃない。とっくにそんなことに気が付いていたのに、気が付かない振りをしてきた。

「私その人がうらやましい。そんなにまでユアン様の心を占めている方はいったい誰なのですか?」

 アップルパイをユアンに作った女性は。いっしょにお菓子作りをするような女性は。

 勘違いしないように。気が付かないよう。自分の心を無視して、友達でいようとした。でもダメだった。
 いつものように誰かと勘違いして話をするユアンのことを、ほほ笑んで流すことがもうできなかった。

「もう、誰かの代わりは嫌なんです!」
 
 涙と共に想いを吐き出した。刹那、メアリーは力強い腕に抱きしめられた。

 
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