94 / 147
第二章 青春をもう一度
メアリーの長い夜
しおりを挟む
「痛ッ──」
改めて自分の手の惨状を見たユアンが、そこで初めて痛みを覚えた。人生初めての戦闘で感覚がどこかに吹っ飛んでいたらしい。
「ごめんなさい、私にもっと魔力があれば」
痛みを消し去るほどの魔力がないと言っていたメアリーは、それでもユアンの手に回復魔法をかけ続ける。
床にメアリーの涙がポタポタと落ちる。
「ありがとう、もう大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃありません!」
ユアンの手がさらに眩いばかりの光で覆われる。
「いや、でも本当に、……もう痛くないんだよ」
やさしい声音にメアリーが顔をゆっくりと上げてユアンの藍色の瞳をじっと覗き込む。
「本当だよ、さっきより痛みが引いた気がする」
全く痛くなくなったわけではない、でも確かにドクドクと心臓がそこにあるのではないかと思うほど痛みを伝えてきていた手のひらは、少しづつではあるが痛みが和らいだいる気がする。
「でも、まだこんなに痛々しい……」
「本当だよ、完全に痛みがなくなったわけではないけれど、本当にはじめより痛くなくなってるんだ」
不安げに若草色の瞳を揺らすメアリーに、ユアンが手のひらをグーパーをして見せる。
「あぁ、でもやっぱり動かすとちょっと痛いかも」
ホラと言って見せといて次の瞬間には再び顔をゆがませたユアンに、思わずメアリーがプッと噴き出す。
色々な感情がごっちゃまぜになりすぎてもう訳がわからない。メアリーの泣き笑いの顔を見て、ユアンもようやく色んな感情が押し寄せてきたのか、その頬にツーと涙が流れた。
「ユアン様、無理しないで」
「いや、これは痛いんじゃなくて……──」
言葉がうまく出てこない。
「ハーリング様、ベーカー様。ありがとうございます。後はこちらで処置します。二人は一度王宮で手当てを」
ユアンに魔法石を渡してくれた隠密の一人がそういってユアン達を促した。
「そうだ、マリーたちは」
「大丈夫です」
その時外でヒューと空を割く音が聞こえたと思ったら、ドドドという爆裂音が鳴り響いた。
「なっなんだ」
ユアンが無意識にメアリーを守るように自分の胸の中に抱き寄せる。
「メアリー様が無事救出されたことを知らせる花火です」
隠密の男がそんな二人にニコリとほほ笑みながら説明してくれた。
「これで、全て片が付いたことが伝わったはずです」
「これで……全てが終わった……」
ローズマリーとレイモンドは学園長と生徒たちの前で婚約発表をして今夜のダンスパーティーは円満に終わりを迎えるだろう。
「だから、ハーリング様たちは医務室へ」という隠密の男の言葉は最後まで言えなかった。
「メアリー行こう!」
「えっ?」
「約束しただろ。僕にエスコートさせてくれるって?」
そういってメアリーの体を引き離すと一歩下がり、メアリーに向けてボロボロになった手を差し伸べた。
「はい、確かに約束しました」
メアリーは満面の笑みでそう答えると、ユアンのボロボロの手に自分の手を重ねる。
「じゃあ、すみません、僕らは」
隠密の男がやれやれという顔で首を振ると何かを呟く。
するとユアンとメアリーの体が一瞬ふわりとした浮遊感に包まれた。
「これくらいしかできませんが、少しはましに……」
キールと一緒に仕立てた、おろしたての一張羅《いっちょうら》。今の魔法で煤《すす》と泥は払い落とされたが、それでもところどころ破けたり焦げた個所は直しようがなかった。
隠密の男は「うーん」とうなると、自分の身に着けている黒いマントを取り外すとユアンの肩にかけた。
「うん、まあこれで幾分ましになったでしょう」
「すみません、これは後で──」
「大丈夫です。今回の報酬とでも思ってください」
「でも」
「こんな汚いマントじゃ割りに合わないでしょうけどね」
そう言って隠密の男がハハハと笑う。その横で今度はメアリーがハンカチを取り出してユアンの顔を丁寧にふく。
「メアリーハンカチが汚れちゃうよ」
「大丈夫ですから大人しくしてください」
と、まるで小さな子供にいいきかすようにやさしく、だがぴしゃりと言う。
「完璧です」
そうしてメアリーもニコリと微笑んだ。
「それじゃあ行こうか」
「最後の曲までに間に合うかしら?」
「大丈夫」
そういうとユアンはひょいとばかりにメアリーをお姫様にするように抱き上げる。
「落ちないようにしっかりつかまって」
「重いですから下ろしてください。私も自分で走れますから」
「大丈夫ですよ。このために鍛えてきたんですから」
冗談か本気だかわからない真顔でユアンがメアリーを見る。顔を真っ赤にしてメアリーが恥ずかしそうにそっぽを向く。
そんなメアリーを見てニコリと笑むとユアンが魔法の言葉をつぶやく。
「風魔法”疾走”」
キャッ!とメアリーがユアンの首に慌ててしがみつく。
「よかったメアリー。本当に──」
ユアンが何かを呟いたが風を切る音でメアリーの耳には届かない。
ただメアリーを抱えて疾走するユアンの表情はすごく晴れやかなものだった。
改めて自分の手の惨状を見たユアンが、そこで初めて痛みを覚えた。人生初めての戦闘で感覚がどこかに吹っ飛んでいたらしい。
「ごめんなさい、私にもっと魔力があれば」
痛みを消し去るほどの魔力がないと言っていたメアリーは、それでもユアンの手に回復魔法をかけ続ける。
床にメアリーの涙がポタポタと落ちる。
「ありがとう、もう大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃありません!」
ユアンの手がさらに眩いばかりの光で覆われる。
「いや、でも本当に、……もう痛くないんだよ」
やさしい声音にメアリーが顔をゆっくりと上げてユアンの藍色の瞳をじっと覗き込む。
「本当だよ、さっきより痛みが引いた気がする」
全く痛くなくなったわけではない、でも確かにドクドクと心臓がそこにあるのではないかと思うほど痛みを伝えてきていた手のひらは、少しづつではあるが痛みが和らいだいる気がする。
「でも、まだこんなに痛々しい……」
「本当だよ、完全に痛みがなくなったわけではないけれど、本当にはじめより痛くなくなってるんだ」
不安げに若草色の瞳を揺らすメアリーに、ユアンが手のひらをグーパーをして見せる。
「あぁ、でもやっぱり動かすとちょっと痛いかも」
ホラと言って見せといて次の瞬間には再び顔をゆがませたユアンに、思わずメアリーがプッと噴き出す。
色々な感情がごっちゃまぜになりすぎてもう訳がわからない。メアリーの泣き笑いの顔を見て、ユアンもようやく色んな感情が押し寄せてきたのか、その頬にツーと涙が流れた。
「ユアン様、無理しないで」
「いや、これは痛いんじゃなくて……──」
言葉がうまく出てこない。
「ハーリング様、ベーカー様。ありがとうございます。後はこちらで処置します。二人は一度王宮で手当てを」
ユアンに魔法石を渡してくれた隠密の一人がそういってユアン達を促した。
「そうだ、マリーたちは」
「大丈夫です」
その時外でヒューと空を割く音が聞こえたと思ったら、ドドドという爆裂音が鳴り響いた。
「なっなんだ」
ユアンが無意識にメアリーを守るように自分の胸の中に抱き寄せる。
「メアリー様が無事救出されたことを知らせる花火です」
隠密の男がそんな二人にニコリとほほ笑みながら説明してくれた。
「これで、全て片が付いたことが伝わったはずです」
「これで……全てが終わった……」
ローズマリーとレイモンドは学園長と生徒たちの前で婚約発表をして今夜のダンスパーティーは円満に終わりを迎えるだろう。
「だから、ハーリング様たちは医務室へ」という隠密の男の言葉は最後まで言えなかった。
「メアリー行こう!」
「えっ?」
「約束しただろ。僕にエスコートさせてくれるって?」
そういってメアリーの体を引き離すと一歩下がり、メアリーに向けてボロボロになった手を差し伸べた。
「はい、確かに約束しました」
メアリーは満面の笑みでそう答えると、ユアンのボロボロの手に自分の手を重ねる。
「じゃあ、すみません、僕らは」
隠密の男がやれやれという顔で首を振ると何かを呟く。
するとユアンとメアリーの体が一瞬ふわりとした浮遊感に包まれた。
「これくらいしかできませんが、少しはましに……」
キールと一緒に仕立てた、おろしたての一張羅《いっちょうら》。今の魔法で煤《すす》と泥は払い落とされたが、それでもところどころ破けたり焦げた個所は直しようがなかった。
隠密の男は「うーん」とうなると、自分の身に着けている黒いマントを取り外すとユアンの肩にかけた。
「うん、まあこれで幾分ましになったでしょう」
「すみません、これは後で──」
「大丈夫です。今回の報酬とでも思ってください」
「でも」
「こんな汚いマントじゃ割りに合わないでしょうけどね」
そう言って隠密の男がハハハと笑う。その横で今度はメアリーがハンカチを取り出してユアンの顔を丁寧にふく。
「メアリーハンカチが汚れちゃうよ」
「大丈夫ですから大人しくしてください」
と、まるで小さな子供にいいきかすようにやさしく、だがぴしゃりと言う。
「完璧です」
そうしてメアリーもニコリと微笑んだ。
「それじゃあ行こうか」
「最後の曲までに間に合うかしら?」
「大丈夫」
そういうとユアンはひょいとばかりにメアリーをお姫様にするように抱き上げる。
「落ちないようにしっかりつかまって」
「重いですから下ろしてください。私も自分で走れますから」
「大丈夫ですよ。このために鍛えてきたんですから」
冗談か本気だかわからない真顔でユアンがメアリーを見る。顔を真っ赤にしてメアリーが恥ずかしそうにそっぽを向く。
そんなメアリーを見てニコリと笑むとユアンが魔法の言葉をつぶやく。
「風魔法”疾走”」
キャッ!とメアリーがユアンの首に慌ててしがみつく。
「よかったメアリー。本当に──」
ユアンが何かを呟いたが風を切る音でメアリーの耳には届かない。
ただメアリーを抱えて疾走するユアンの表情はすごく晴れやかなものだった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
世界一の怪力男 彼は最強を名乗る種族に果たし状を出しました
EAD
ファンタジー
世界一の怪力モンスターと言われた格闘家ラングストン、彼は無敗のまま格闘人生を終え老衰で亡くなった。
気がつき目を覚ますとそこは異世界、ラングストンは1人の成人したばかりの少年となり転生した。
ラングストンの前の世界での怪力スキルは何故か最初から使えるので、ラングストンはとある学園に希望して入学する。
そこは色々な種族がいて、戦いに自信のある戦士達がいる学園であり、ラングストンは自らの力がこの世界にも通用するのかを確かめたくなり、果たし状を出したのであった。
ラングストンが果たし状を出したのは、生徒会長、副会長、書記などといった実力のある美女達である、果たしてラングストンの運命はいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる