上 下
93 / 147
第二章 青春をもう一度

ユアンの長い夜

しおりを挟む
「それにしても良く眠っているな。ただ待っているのも飽きたし──」

 男子生徒の一人が卑猥《ひわい》な笑みを浮かべて一歩メアリーに近づいた。刹那その生徒が突然部屋の中を吹き抜けた突風によって壁にうちつけられる。

「なんだ!?」

 戸惑っているもう一人も、次の瞬間には「グハッ」と呻いたかと思うと前のめりに倒れた。

「どうした!?何が起きてる」

 倒れた生徒に駆け寄ろうとした最後の一人は、すでに仲間が意識を失っていることに気が付くと

「くそ!誰だ!」

 姿の見えない敵に対し、一旦扉の近くまで戻り扉を背にして臨戦態勢を取った。

「いったい……何がどうなってる!?」
「気をつけろ!姿が見えない何かがいるぞ!」

 扉を背にした生徒が、初めに風で吹き飛ばされわしたがフラフラと頭を押さえながら立ち上がった仲間にそう声をあげた。

「ならばっ。土魔法”砂粒手”!」

 起き上がった生徒が魔法を発動させる。するとルナが訓練のために置いていた土や小さな砂くずが舞い上がり一斉に部屋の中を飛び回った。

「そこか!」

 砂の粒が何もない空間にくっついて人のような形を浮かび上がらせる、それを見た土属性の生徒が続けざまに魔法を唱えようとした。
 だがそれよりほんのちょっと早く、砂粒を身にまとったままそれが生徒にグンと迫り、生徒の腹に鋭い一撃を加えた。
 ボロボロと砂粒手が落ちていくかわりにそこから生まれてくるようにそれが姿を現した。

「おまえが、なぜ……?」

 そこにノーマークだったはずのユアンの姿を見て男子生徒が最後にそう呟いた。

「火魔法”ファイヤーボール”!」

 キール直伝の鋭いボディーブローを受けた生徒ごと、ユアンに向けて扉の前にいる最後の男が魔法を放つ。

「風魔法”暴風”」

 ユアンはとっさに男を床に投げ捨てると、素早く身を翻《ひるがえ》し魔法の言葉を叫ぶ。
 魔法の威力としては暴風の方が強いはずなのだが相性が悪かった。魔法は二人の間で相殺され消滅する。

「ウッ」

 ユアンが痛みに顔をゆがめた。強い魔法を連続で使った手から血がしたたり落ちる。

「お前は、魔法もなにも使えないやつ!?」

 ローズマリーの読み通り、気にも止めていなかったユアンが目の前に急に現れそして使えるはずのない魔法を使って攻撃をしてきたのだ、相手の生徒の狼狽ぶりはそれは滑稽だった。
 しかし、すぐに生徒はユアンを敵として認め次の攻撃を仕掛けて来る。

「火魔法”ファイヤーボール”」
「土魔法”お兄様”」

 ユアンはソファに駆け寄りメアリーを自分の胸の中に引き寄せると、相手と自分たちの間に天井まで届くような巨大な土人形を壁として作りだす。

「メアリー!」
「ユアン様!」

 メアリーはすでに目を覚ましていた。拘束していたものをすべて取り除くとメアリーは潤んだ若草色の瞳で震える声でユアンの名を叫んだ。

「遅くなってごめんメアリー」

 安心させるように穏やかにほほ笑む、そして隠密の男から渡されていた最後の認識阻害魔法が込められている魔法石をそっとメアリーの手に握らせる。

「これで姿が見えなくなるから、僕が相手の気を引いてる隙に外に逃げて。レイモンドの部下たちが近くまできてるはずだから」
「嫌です!ユアン様だけ置いいけません」

 メアリーは傷だらけのユアンの手に回復魔法をかけようと手をかざす。

「もう土魔法が消える。それにあの二人だって」

 目を覚ませばすぐに攻撃してくるだろう。そうなってはユアン一人ではもうどうしようもない。

「お願いだよメアリー、僕に君を守らせて」

 若草色の瞳から流れる涙をユアンは優しくぬぐうと、駄々をこねる子供をあやすようなやさしい口調でそう言った。

「ユアン様、……──」

 ユアンはメアリーの手に自分の手を重ねると認識阻害魔法を発動させる。

「どうした?これで終わりか、ほらもうすぐダンスパーティーは終わりだぞ」

 扉の近くにいる男子生徒は連続でユアンが作り出した壁に向かってファイヤーボールを打ち続けている。
 別に大きな魔法で相手を傷つける必要はない、こうして防御させ続けてダンスパーティーが終わるまでの時間を稼げれば勝ちになる。だからあえて魔力の消耗の少ないファイヤーボールのみを先ほどから打ち続けているのだ。
 
 その時ふわりと風が男の横を通りすぎた気がした、それと同時に扉が開く。

 「これだからおんぼろ小屋は」と舌打ちしたが、次の瞬間生徒は開かれた扉に向かって手をかざしていた。

「同じ手に引っかかるかよ!」

 生徒が扉に向かって呪文を唱えようとするのと同時に土の壁が消えた、そしてそこにいるはずないと思っていたユアンの姿を見て生徒の判断が一瞬遅れた。

「火魔法”火炎放射”!!」

 ローズマリーの魔力が込められた魔法石を握りしめ魂の限りユアンが叫ぶ。
 相殺すべくユアンの方に手を向けた時にはもう遅かった。
 生徒の体が激しい炎に包まれる。

「うわー!!」

 悲痛な悲鳴があがった。ユアンがハッと我に返る。そして慌てて土魔法を使い炎に包まれている生徒に土をかぶせて消火する。

「うぅぅ──」

 魔法の耐性が高い魔法学部の制服を着ていたおかげか、消火が早かったおかげかローズマリーの炎に焼かれた男子生徒は髪は焼けてチリチリになっていたが、命に別状はなさそうだった。戦意ももうないようで土の下で放心状態になっている。

「ユアン様!」

 その時隠密部隊と無事合流できたメアリーが扉を勢いよく開け飛び込んできた。
 狭いわりにこぎれいに片づけられていたはずの部屋は見るも無残なほど、壊され砂と土にまみれになり一部は焼き崩れていた。
 そこに転がる三人の男子生徒と一人ボロボロになりながら立っているユアンの姿を見つけ、メアリーがウッと言葉を詰まらせた。

「ユアン──さま……よかった」

 隠密部隊が三人の生徒たちを確保する中、メアリーはユアンに抱き抱きつくと安堵の涙をポロポロと流した。

「ユアン様、手、見せて」

 切り刻まれ出血していた手は、最後に使った火魔法のせいで出血面が焼かれ熱凝固作用で血は止まってはいたが、傷だらけで焼きただれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治
ファンタジー
【内容紹介の前に】  本作は『烙印騎士と四十四番目の神』を分割し、改編した作品になります。修正箇所は多々ありますが、物語の内容に変化は御座いません。分割投稿にあたりまして、運営様に許可は取っております。  まだ本作は完結に至ってませんが分割本数は全四本を予定しておりますが、もし忠告などが御座いましたら減るかもしれません。四本以上になることは御座いませんm(_ _)m 【内容紹介】  神官の罠に嵌り重罪を背負わされて処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、異世界に転生してしまう。  転生者であり、その世界ではガーディアンと称され扱われる存在となってしまったジェイクは、守護神のベルメアと共に、神の昇格試練を達成する旅に出る。  一方で、人々に害を働いた魔女の討伐を果たし、【十英雄】の称号を得たビンセント=バートンは、倒した魔女であった男性・ルバートに憑かれて共同生活をすることに。やがて、謎の多き大災害・【ゾアの災禍】を調べることを目的とするルバートと共に、ビンセントは異変を調べることになる。  英雄と転生者。二つの物語が始まる。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

処理中です...