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第二章 青春をもう一度
湖
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その日の朝は、久々にメイドに起こされた。寮にいるときはだいたいキールが朝のトレーニングをしている気配で自然に目を覚ますのだが、どうやら馬車の旅はそれなりにつかれていたらしい。
ユアンが食堂に入ると、すでにみんな揃っていた。
「今日からしばらくいい天気が続くようだから、近くの湖で一泊キャンプに行こうかと思う」
「もちろん。そこで魔法石の実験もするぞ」
「実験もするんですか」
「一応合宿だからな」
そう言ってアスタはにこりと天使のように微笑んだ。
強い太陽の日差しを遮るように生い茂る白樺の林を抜けた先に、対岸が見えないほど大きな湖が現れる。その水はすごく透明で澄んでいてたまにはねる魚の水を叩く音すらすべて吸収してしまうようだった。
「じゃあ、まずはボートでものるか」
アスタの一言でオルレアンの使用人たちがどこに詰め込んでいたのか、三台の手漕ぎボートを湖に浮かべる。
「アンリ乗って」
言うが早いかアスタはさっさアンリの手を引っ張って自分のボートに乗せる。
「ボートを漕ぐなどできませんわ」
眉間にしわを寄せながら、一見不機嫌そうな物言いで、しかしその目は初めて見るものに興味津々とばかりにボートに釘付けである。
「なら、俺が教えて差し上げますよ。お嬢様」
アレクがわざとらしくローズマリーの前に膝まづくと片手を差し伸べる。
「じゃあ、僕たちも──」
メアリーを振り返りながらそう言ったユアンだったが、内心は大慌てであった。なにせ、前回の人生ではボートなどのったら(体重オーバーで)転覆する恐れがあるからと乗ったことなどないのだ、もちろん漕ぎ方なんて知るわけがない。
「よろしくお願いします」
そんなユアンの胸中など知らないメアリーが無邪気に微笑みかける。それをぎこちない笑みで返す。それから先に乗り込んだアスタとアレクを凝視する。
(な、なんだ簡単そうじゃないか)
スムーズに湖に進み出た二艘のボートを観察しながら胸をなでおろす。
「さあ、気を付けて」
二人がやっていたようにユアンは先にボートに乗り込むと、メアリーに手を差し伸べたが……
「わっ!」
慌ててボートの上で向きを変えたので、グラグラとボートが揺れ、その揺れでユアンがボートの上でしりもちをつく。
「大丈夫かー?」
アレクの心配する声と、アスタのゲラゲラ笑う笑い声が耳に届いた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、アッ、アハハ」
心配げに見下ろしている若草色の瞳に笑ってごます。
「落ちなくてよかったです」
ボートの揺れが落ち着くのを見計らって、メアリーが乗り込む。
「すみません」
「大丈夫ですよ」
恥ずかしくて目を合わせられない、きっと今自分は真っ赤な顔をしているに違いない。
何度か深呼吸をして自分を落ち着かせると、名誉挽回とばかりにオールをまわす。
しかし──
「…………」
「…………」
オールは確かに水をかいているのに、みんながいる湖の真ん中になかなか近づかない、進むには進んでいるのだが、右によろよろ左によろよろまっすぐ進まないのだ。
「ユアン様!」
早くみんなのところに近づこうと必死になって、メアリーが何か話しかけているのに気が付かなかった。
メアリーの大きな呼び声で初めて驚いて顔を上げた。おずおずと目の前に座っているメアリーを見る。
さきほどからの失敗に次ぐ失敗にあきれているのかもしれない。そう思ったが、目の前のメアリーはなぜか楽しそうな笑みを浮かべながら。
「腕の力で漕ごうとするのではなく体全体を使って漕ぐのです」
そういうと少しお借りしてもいいですか、と言ってユアンからオールを受け取る。
「わぁすごい」
さっきまで右によろよろ左によろよろ進んでいたボートが、まるでレールでも引かれたかのように真っすぐに水面を進んでいく。
「わかりましたか?」
コクコクと頷く。そして教えてもらった通り、腕でなく体を全体で力も片方に偏らないよう注意しながら漕ぐ。
するとメアリーほどではないが、先ほどより真っすぐに目的の方向にボートが進む。
「慣れてしまえば簡単ですよ」
「メアリーさんはボート初めてじゃなかったんですね」
「昔よくお父様と。私も初めは今のユアン様と同じように同じ場所をぐるぐるするばかりで」
そういうと昔の自分を思い出したのか、父親との楽しい思い出に心を馳せているのか、湖の先を眺めながら懐かしむように目を細めた。
(前の人生ではボートに乗りたいなどと口にしたことはなかったが、もしかしたらメアリーはこうして二人で乗ることを夢見てたかもしれない)
「また、乗りに来ましょう!次はもっと上手に漕げるようになっとくから」
若草色の瞳が力強くそう言ったユアンを映す。
「約束ですよ。また、連れてきてくださいね」
そして花の蕾がほころぶように柔らかく微笑んだ。
ユアンが食堂に入ると、すでにみんな揃っていた。
「今日からしばらくいい天気が続くようだから、近くの湖で一泊キャンプに行こうかと思う」
「もちろん。そこで魔法石の実験もするぞ」
「実験もするんですか」
「一応合宿だからな」
そう言ってアスタはにこりと天使のように微笑んだ。
強い太陽の日差しを遮るように生い茂る白樺の林を抜けた先に、対岸が見えないほど大きな湖が現れる。その水はすごく透明で澄んでいてたまにはねる魚の水を叩く音すらすべて吸収してしまうようだった。
「じゃあ、まずはボートでものるか」
アスタの一言でオルレアンの使用人たちがどこに詰め込んでいたのか、三台の手漕ぎボートを湖に浮かべる。
「アンリ乗って」
言うが早いかアスタはさっさアンリの手を引っ張って自分のボートに乗せる。
「ボートを漕ぐなどできませんわ」
眉間にしわを寄せながら、一見不機嫌そうな物言いで、しかしその目は初めて見るものに興味津々とばかりにボートに釘付けである。
「なら、俺が教えて差し上げますよ。お嬢様」
アレクがわざとらしくローズマリーの前に膝まづくと片手を差し伸べる。
「じゃあ、僕たちも──」
メアリーを振り返りながらそう言ったユアンだったが、内心は大慌てであった。なにせ、前回の人生ではボートなどのったら(体重オーバーで)転覆する恐れがあるからと乗ったことなどないのだ、もちろん漕ぎ方なんて知るわけがない。
「よろしくお願いします」
そんなユアンの胸中など知らないメアリーが無邪気に微笑みかける。それをぎこちない笑みで返す。それから先に乗り込んだアスタとアレクを凝視する。
(な、なんだ簡単そうじゃないか)
スムーズに湖に進み出た二艘のボートを観察しながら胸をなでおろす。
「さあ、気を付けて」
二人がやっていたようにユアンは先にボートに乗り込むと、メアリーに手を差し伸べたが……
「わっ!」
慌ててボートの上で向きを変えたので、グラグラとボートが揺れ、その揺れでユアンがボートの上でしりもちをつく。
「大丈夫かー?」
アレクの心配する声と、アスタのゲラゲラ笑う笑い声が耳に届いた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、アッ、アハハ」
心配げに見下ろしている若草色の瞳に笑ってごます。
「落ちなくてよかったです」
ボートの揺れが落ち着くのを見計らって、メアリーが乗り込む。
「すみません」
「大丈夫ですよ」
恥ずかしくて目を合わせられない、きっと今自分は真っ赤な顔をしているに違いない。
何度か深呼吸をして自分を落ち着かせると、名誉挽回とばかりにオールをまわす。
しかし──
「…………」
「…………」
オールは確かに水をかいているのに、みんながいる湖の真ん中になかなか近づかない、進むには進んでいるのだが、右によろよろ左によろよろまっすぐ進まないのだ。
「ユアン様!」
早くみんなのところに近づこうと必死になって、メアリーが何か話しかけているのに気が付かなかった。
メアリーの大きな呼び声で初めて驚いて顔を上げた。おずおずと目の前に座っているメアリーを見る。
さきほどからの失敗に次ぐ失敗にあきれているのかもしれない。そう思ったが、目の前のメアリーはなぜか楽しそうな笑みを浮かべながら。
「腕の力で漕ごうとするのではなく体全体を使って漕ぐのです」
そういうと少しお借りしてもいいですか、と言ってユアンからオールを受け取る。
「わぁすごい」
さっきまで右によろよろ左によろよろ進んでいたボートが、まるでレールでも引かれたかのように真っすぐに水面を進んでいく。
「わかりましたか?」
コクコクと頷く。そして教えてもらった通り、腕でなく体を全体で力も片方に偏らないよう注意しながら漕ぐ。
するとメアリーほどではないが、先ほどより真っすぐに目的の方向にボートが進む。
「慣れてしまえば簡単ですよ」
「メアリーさんはボート初めてじゃなかったんですね」
「昔よくお父様と。私も初めは今のユアン様と同じように同じ場所をぐるぐるするばかりで」
そういうと昔の自分を思い出したのか、父親との楽しい思い出に心を馳せているのか、湖の先を眺めながら懐かしむように目を細めた。
(前の人生ではボートに乗りたいなどと口にしたことはなかったが、もしかしたらメアリーはこうして二人で乗ることを夢見てたかもしれない)
「また、乗りに来ましょう!次はもっと上手に漕げるようになっとくから」
若草色の瞳が力強くそう言ったユアンを映す。
「約束ですよ。また、連れてきてくださいね」
そして花の蕾がほころぶように柔らかく微笑んだ。
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